十之巻:ぬう、手練れにござるな
某が頭を下げた際を狙い、飛びかかり振り下される兇刃。この体勢が隙と思うたか!
「甘い!畳がえ……!」
畳が無いでござる!某は地に手をつき、全身をばねにし飛び退った。
追撃、幾重にも白刃が振られ、それを避け、避ける。疾い。某がひらひらした服を着ているとは言え振り切れぬとは。
「死ねい!」
「くっ!白刃取り!」
両の掌を拝むように合わせ、某の脳天へと振り下ろされた刃をおさえる。
「何だと!」
「ぬう、手練れにござるな。何奴か」
剣を持つのは銀髪赤眼の痩身の男、細身からは想像もつかぬ膂力で某を両断せんとする。
膂力では敵わぬ。某は奴の膝を蹴り押し、ふわりと跳んで距離を取った。
奴は剣を担ぐように構え直し、名乗りを上げた。
「魔王軍、四天王が一、風のヒューイ!」
「魔王だと!」「バカな!」「数百年前に封印された筈では!」
某はちらりと殿下の方を見る。前に出ようとし、近衛に抑えられておるな。
「魔王と言えばかつて魔族を束ねた伝説の王、だが封印された筈であり、その封印が解けてはいない!」
殿下の言葉にヒューイと名乗った魔族はにやりと笑みを見せる。
「ふはは、間抜けどもめ!貴様らがそうして安穏と過ごしている間に我等は魔王陛下の元に結集しているわ!」
場が騒然とし、扉より逃げ出さんとする者も。
一方、皇帝に仕える近衛たちは長柄の武器を持ってヒューイを取り押さえんと襲いかかる。
「雑兵が相手になるかっ!」
奴は担ぎ上げていた剣を叩き付けるように振り下ろすと、剣は無数の刃で出来た旋風となり、近衛たちを切り刻んだ。
「ぐぁっ……!」
血煙が巻き上がる。なんと、あの刃は風で出来ているでござるか!
風の刃は再び束ねられ、剣の形を取り手の中へ。奴が再び此方を見るが、時間は稼いでもらった。もう遅いでござる!
某は複雑な印を組んで叫んだ。
「臨兵闘者皆陣列在前!忍法光遁の術!」
「……瘴気の衣!」
ヒューイなる魔族は全身より黒き霧を放つ。
広間は聖なる光に包まれ、白く染まった。だがその光の中、まるでさらしに墨をこぼしたかのように、その霧は消し去ることは出来なかったのでござる。
光が収まり、霧が晴れ、銀髪の魔族は額より滂沱の汗を流しながらも健在であった。
「……恐るべき聖女の力よ。瘴気の衣を纏えぬ中位以下の魔族であれば戦いにもならぬであろう」
なるほど、上位の魔族とやらは聖女の光が耐えられるのでござるか。
「その命、貰い受ける!」
ヒューイは剣を構え、突進してきた。




