第二章 約束の証
「なんだよ……これ」
やっと口から出せた第一声は、精々これが限界だった。
頭の中には居た、いや居たはずだった部屋の記憶が確かに残っている。
だが、この光景はいったい何なのか。
「夢……」
この言葉で片付けられたなら――どれほど楽か。
頬をつねるなど無意味なことをして元の世界に戻ることができるなら、引きちぎるまでやり抜く覚悟はあるものの、実際はそんなことで帰る保証もないだろう。
仕方なく、座り心地の悪そうな石の上にゆっくりと重い腰降ろしてあたりを見渡してみる。
周囲に広がる若草色の草原、ゆっくりと流れる心地いい風は右から左へと草原を揺らす。
上を見上げれば空は澄み渡るような青い空で快晴――とは少し違うものの、真っ青な空を悠々と進む白い雲はどこへ行くのかと、何時間も眺めていられるものだった。
時間にして五分位が経つだろうか、一つだけ分かったことは――――この土地がとても綺麗であることだった。
よく田舎町に行けば空気が綺麗だとか、心が癒されるなど謳い文句がいくらでも出てきそうだが、こればっかりは信じないわけにはいかない。
間違いなくこれまで住んでいたどの街よりも空気は澄んでいるだろうし、何よりこんな光景は田舎、それもドが付くほどのものじゃないと体験することはまずないだろう。
できればここに横たわり自然を感じながらお昼寝、といければ中々贅沢なものだと考えずにはいられなかったが、いつまでもここにいても仕方がないというのは百も承知だった。
「とりあえず、少しでも動かないとな」
座り心地の悪かった石も住めば都の原理と同じく、時間がたてば気にならなかったものだと、どうでもいいことを思いながらその場を後にする。
「さてと、どこへ行けばいいものやら」
当然、この場所がどんな地形をしていてどこに町があるのか全く見当もつかないわけで、人に聞けば教えてくれると安易な考えもあるが、人がいる雰囲気は微塵も感じない。
実際、親切に教えてくれるかどうかも考え物だ。
ただ歩くだけ――――それでは無駄に体力を使うだけになり、町を見つけられなければ最悪の場合、野宿というのも考えなければならない。
また、いつ天候が変わるかも分からない状態では危険が多い。
そうなってくると雨風を完全にとは言わないが多少防いでくれる場所、そして一番大事な食を確保できる場所となってくると――――
「森……」
丁度良いのか悪いのか今自分がいる場所から右の方角、およそ二、三キロといったところだろうか、ぼんやりと緑が広がっているのが見える。
町を探す選択肢は消えてしまうものの、見えないものを探すよりは遥かに効率が良いだろう。
目的地まで歩いている時にふと、自分で何故こんなに冷静になれるのか疑問に思った。
正直、心臓は今でも激しく鼓動を繰り返して必死になっているのがわかる。
でも、頭の中は自分が何をしたらいいのか、どうすればいいのか、答えが勝手に流れ込んでくる。
まるで…誰かに教えてもらっているかのように。
これも人が成せる本能なのだろうか。
人間物事にふけっていれば時間が経つのも早いもので、それと同時であっという間に目的地の森への距離は数メートルとなっていた。
遠くで見た景色は小さな緑の塊だったものが、近くに来てみれば中々のもので、眼前に広がる木々は堂々と空に向かってそびえていた。
「お…大きいな」
高さはゆうに何十メートルの話ではない、こんなに大きな木は普段ならまず見ることは無いだろう。
森の入り口から奥、中の様子は薄暗く全てを見ることは出来ない。
「これは…下手したら迷子だな」
最初は深くまで探索しておこうと冒険心を駆り立てた考えも、この光景を見ればあっという間に消えていくと言うもので、逆にある最悪な考えが頭をよぎる。
「熊…とか出ないよな」
思わず唾を呑み込み、背中を冷たい汗が流れる。
冷静とは何だったのかと自分で自分にツッコミを入れたいほどの焦りが次々とイメージとして流れてくる。
しかし、何故か怖いモノほど観たくなるとはこういうことなのかもしれない。
自然と足は森の入り口へと進んでいき、遂にその境界へと踏み入れてしまった。
でもこれが、この行動が、良くも悪くも俺自身の運命を分けた初めての分岐点だったのかもしれないことに、まだ気づくことは無い。
仕事が更に忙しくなってくる時期が来ちゃいました!
少しでも時間が空けばネタを考える、終いには仕事中も考えてしまいます…
集中しないとって思うんですけどね。