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第一章 聖なる夜に幸せを6

辺りはすっかり暗くなり、太陽の代わりにネオンの灯が点いて綺麗な色彩を見せる。

ふと前を見てみれば、仲良さそうに歩く家族が自分の横を幸せを振りまきながら通り過ぎていく。

――――雪

それはひらひらと落ちていき、肌に触れた瞬間溶けて儚く散る。

気付けばみんな立ち止まって白い奇跡に目を輝かしていた。

「約束……か」

口からこぼれた言葉はこの白い雪と共に街の中へ消えていった。



「ただいま」

 暗いアパートの玄関口で、更に暗い部屋に虚しく響く声にもちろん返答は無い。

 いつも通りの空間、ただ帰る場所があるだけで幸せなのに、今日はやけに虚しくて、入る事に躊躇ってしまう。

 電気を付け、部屋の中に色が付く。

 必要最低限のものだけ揃えた全く面白みのない部屋、その角に置かれたベットに制服をきたまま身を投げる。

 ポケットに入れてある携帯を見ると、普段画面を遠慮なく歩き回るマスコットからメッセージが届いていると報告を受ける。

「なんだ瞬の奴か」

 メッセージを開くと、おまじないやれよ――と短くまとめられた文章と、ご丁寧にサイトへ飛ぶURLが添えられていた。

「どうやっても俺を罠に掛けたいのか」

 そう思わざるを得ない配慮に、運良く機嫌が良かったこの時は、たまには引っかかるのも悪くないと思い半信半疑ながらも見てみようとサイトへ入って行く。


 そのサイトには最初プロローグみたいな甘ったるい冒頭の文章が書いてあり、中にも可笑しかったのは、

 あなたには守りたい人がいますか――という訳の分からない一文が記され、如何にもその手の妄想者が書いたものだと思ってしまう。

 守る――確かに守りたいものはあった、でも自分の一番近くにあってもこの手からこぼれ落ちていく瞬間を目の当たりにしていただけに、自然とそういった類のものは作らないようにしていた。

「そうだな……」

 今自分の正直に浮かんだ言葉をサイトのメッセージに書き、ありったけ悪意を込めた顔を添えてサイトの主に送り返してやった。

 何故か清々しい気分になって、風呂に入って疲れを癒そうと洗面所に向かう途中に着信音が鳴る。

 まさかと思い、メッセージを開けると予想通り――サイトの主からの返答だった。


 ――おめでとう! 君の願いちゃんと受け取ったよ。

 でも、その願いを届けるには君の誠意を見せてもらわなくちゃいけない、きちんと出来れば願いを届けに向かうよ! なぁに心配はいらない、君なら出来ると信じているよ――早乙女輝君。


「なんでそんな上から目線なんだ」

 まるで仕事が出来る部下を持った上司が立場を無くして潰しにかかるような様子を想像できる文章に、思わず携帯を投げ捨てる。

 すると、すぐさま着信音が鳴り仕方なく拾って見てみると、その誠意とやらを遂行する内容が書かれていた。


 ――まず始めに君は一人で無くてはいけない、あぁ家に一人という訳じゃない、親も兄弟もペットだってダメだ、本当の一人じゃないといけないよ。


 なるほど、これは白旗を上げる人が続出するわけだ。

 こんなことは余程の特殊ではない限り無理があるだろう。


 ――次に部屋の真ん中に鏡を置いて部屋の四隅に自分の名前と方向を書いておく、そうして夜中の12時に鏡に対して願いを心の中で念じるんだ、あぁ勿論、強くイメージするんだよ?

 そうすれば目の前にはその人の願った通りの出来事がそのまま写っているはずさ――あとは、やってからのお楽しみにってわけだよねぇ。


 メッセージの最後を見終わった自分にあるのはたった一つの思いだけだった。

 おちょくっている――コイツは、この文章を考えた妄想野郎は本当に気でも狂っているのだろうか?

 もし、本当にやった奴が居たとして出来なかった後の自分の姿を想像したら…と思うと悲しくてきっと泣いてしまうだろう。

「まぁ…とりあえず――やってみるか」


 そうして、風呂という至福の時間を削り、一人黙々と準備をして掛かった作業は二十分弱という余りに簡単な作業に対して、自分は何をしているのか――という自己嫌悪に陥ることの方が苦痛で仕方なかった。

 時計の針は予定よりかなり早い八時を指しており、この間待たなければいけない微妙な空気すらサイト主の思惑では無いかと疑わずには居られない。

「風呂……入ってこよ」

 早くも精神が折れそうな体をなんとか持ち上げて、ふらふらと洗面所へと向かう。

 結果がどうであれ、もうどうでもよくなっていたの確かだった。


 そして――――睡魔に襲われつつも、すべてが分かる五分前には不思議と眠気が消えていることに気づき、驚きつつも鏡の前に立つ。

 部屋の電気を消し、再び訪れる真っ暗な世界

 自然と感覚も冴えわたり、蛇口から落ちる音にさえ敏感に反応してしまう。


 あと二分――――とうとう時計の針の動く音がうっとおしくなってきて、冬だというのに首筋から背中にかけてじんわりと汗を感じ、手にも力が入る。

 何に抵抗しているのか、もう何も感じまいと力いっぱいにまぶたを閉じるという無駄な行動をとってみる。


 ――――ん?

 そこで何故か頭の中に浮かぶのはあの日の出来事、あの日の景色、二度と感じることは無いと思っていたあの時のイメージが浮かび上がってくる。

 知らずのうちに自分でも考えてしまっていたのだろう、今日のことも関係するのかもしれないと目を閉じたまま口元を緩める。



 そういえば、もう五分以上立っているのではないのか――――とすぐさま冷静になりながらも、やはり何も感じることのないことに少し物憂げな気持ちも覚えつつ、恐る恐る目を開けた先には――――あたり一面に高原が広がっていた。





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