第一章 聖なる夜に幸せを3
騒がしい朝を過ぎれば皆いつも通りの時間、いつも通りの日常へ戻っていく。
そして一、二時間もすれば新しい出来事に頭は切り替わり、朝起きたことなどとっくに忘れ去ってしまう。
まぁ、かくいう俺自身も忘れているのだが――――。
――――ん?
ふと、右肩を二回、音をたてずに叩いてくる。
これは瞬がいつも紙にメッセージを書いて渡しだけてくる合図で、決まって昼休みどこで食べるか、購買に行くかのどちらかになる。
だが、今日は少し違っていた。
屋上で話さないか――――とだけ書いて後は何も書いていない紙を放り込まれていただけだった。
普段ならば、くだらない絵や適当なことを書いて俺の振り向きざま消しカス弾を喰らわしてやるところなのだが、どうも調子が狂う。
――――せっかく準備したのに。
――――そして、俺は授業のチャイムが鳴り終わると同時に屋上の階段へと足を向けていた。
「いっやー考えることは皆同じだな! 隣のクラスの鈴木なんかもう並んでたぜ」
と、何故かどうでもいいことを意気揚々と語る瞬をよそに、弁当を開けながら気になるフレーズを口にする。
「んで、話ってなんだよ」
蓋に付いていた水滴が落ちると同時に瞬は口を開ける。
「お、おぅ……別に大した用事じゃないんだけど、よ」
瞬は下を向いたまま、パンを包んでいるビニール袋の端を爪でカリカリと引っ掻きながら、話を続ける。
「今日の輝――なんか元気ないように見えてさ、もしかしてあのこと引きずってたんじゃ……って思っちゃって」
そうやって瞬は顔をゆっくりとこちらに向ける。
「だったら、俺……凄い嫌なこと言っちゃったんじゃないかって思ったんだよ」
その顔は、いつも明るい瞬には似つかないもので、気を遣わせてしまった自分に少し怒りを感じた。
「ばか、あれはもう十年も経つし、もう引きずることなんて何もねぇよ」
「でも――――」
「だとしても、なんでお前が気にしてんだ? 俺は平気だよ、大丈夫だからそんな顔すんな気持ち悪いから」
「なっ――」
一気にいつもの顔に戻った瞬はパンを片手に思いっきり詰め寄ってくる。
「せ、せっかく人が心配してるのに……キモチワルイは無いだろっ」
「あーはいはい、飯が不味くなるから喋るな」
コノヤロー――――とギャーギャー騒いでいる瞬を見て、いつまで経ってもこいつはこいつのままで、お人よしのお調子者が似合うと改めて思った。
「あ、そーいや女子が話してんのをちょいと耳にしたんだけどよ」
叫んだと思えば急に大人しくなったりと忙しいやつだ、再び手に持っているパンをかじり始める。
「あるおまじないの話なんだけどな」
「おまじないって……」
おまじない――――瞬が言うところによれば、今女子の中で流行っているサイトの中に何とも胡散臭いまじないのコーナーがあるらしい。
そいつは自分が書いた願い事と顔写真をサイトの主に送り、返事が返ってくるのを待つというもの。
「おいおい、個人情報駄々洩れじゃねぇか……誰がどう見ても悪用するためのサイトだぞ」
「まあまあ、話は最後まで聞けって、これからなんだよ」
「はいはいっと」
そういいながら、ほんの少し気になりだしていた自分に少し敗北感を感じながらも、渋々聞くことにした。
続きはこうだ――――返事が返ってくるのは何も全員ではなく、サイト主が決めて返信しているのだという。
その返事には願いを叶える条件が書いてあり、その内容がかなりの難易度だそうで大半はあきらめてしまうそうだ。
「おい、これは明らかに悪質サイトだ、信じる方が馬鹿馬鹿しい」
「やっぱそう思うかー」
そう言って、顎に手を当て考えるポーズをとる姿に、貴重な睡眠時間を取らされた挙句、気になってしまったとはいえガセネタを聞かされた仕返しをどうするかを考えていると、後ろで屋上のドアが開く音がして二人同時に振り向く。
「おい、あれって確か……生徒会にいる地味子じゃなかったっけ?」
「あぁ、確かにいたなそんな奴」
地味子――――確か名前は……。
「櫻木……舞よ」
――――え?
こっちも向かず急に名前を言ったことに対して瞬は驚いているようだが、それよりもなぜ俺の考えていることが分かったのか――――と、思わずツッコみたくなるほどピンポイントに狙った答えに対して驚いていた。
「別に……聞かなくても分かるわよ、そんな顔してればね」
腰に手を当てぶっきらぼうに答える地味…いや、櫻木舞はとても堂々たる態度で、俺たちは一言も喋ることもできないでいた。
「はぁ…もっと言えば本来屋上は立ち入り禁止よ、隣はともかく――早乙女君、あなたはまずいんじゃない?」
「――――あ、あぁ…悪かったな、もう出るよ」
まだポカンとしている瞬を必殺の鼻フックで現実に引き戻し、早々にその場を後にする間――――櫻木はフェンスの向こうに広がる景色を見つめたまま一度も俺たちの方へ振り向く事はなかった。
まぁ、黙っていたわけでは無いらしく、めでたく放課後に反省文というプレゼントを頂くことになったわけだが――――反論なんて出来るわけもなく、この場は瞬に対するお仕置き三コンボで我慢することにした。