第一章 聖なる夜に幸せを
――はぁ、とため息をつけば、今日の曇り空に負けないくらいの白い煙がゆっくりと空に向かって吸い寄せられる。
きっとあの雲たちも人の息で出来ているのだろう、なんて呑気ことを考えていられるほど今が平和なのだと、今時の高校三年生が考えないであろう想像を浮かべながら、学園へ向かうバスを待つ。
あぁ――冬は嫌いだ、いやただ単に寒いのが嫌いという訳じゃない。
もっと細かく言えば今日、十二月二十四日有名なクリスマス・イブというやつだ。
辺りを見渡してみれば、広告塔にはイベントの告知、おまけに女子ときたら朝から男の話ばかり……街も人も全てが浮足立っているように感じて仕方なかった。
「おは~…ってなんつー顔してんだよ、朝から幸せ逃げ
だすような顔してんぞ」
冬真っただ中だというのにコートも着ず、ましてやブレザー片手にひょいひょい自分のもとへと近づいてくる人物を横目に口元に寄せたマフラーを更に鼻元へと寄せる。
「…こんな寒い日に元気なのはお前くらいのもんだよ…瞬、幸せもんだよなホント」
「なぁに、鍛え方が違うんだよ、こんくらいで負けてられ――――」
「れ?」
――――ぶわぁっっくしゅ!
と、これまた盛大で見事なくしゃみの矛先はもちろん真正面を向いていた俺自身であるわけで、そういや、くしゃみで飛ぶスピードは新幹線並みだったようなと思っている間に奴の鼻と口から解き放たれた水分は見事顔面にクリーンヒットをかましやがっていた。
「――――――で? 言い訳があるなら聞くが?」
「あぁー悪い悪い、なんか鼻がムズムズしててさぁあっはっは」
「あ、そっかそっかぁームズムズしてたもんな、仕方ないよなぁ」
「そーそー、最近ひどいよねー、あ! もしかしてあれかな、花粉かな」
俺は終始にこやかに接しているつもりでいたが、さすがに限界だった。
※※※
「そ……そういぇば、今年のクリスマス・イブは…な、なんだか違うみたいだぜ」
事を済ましてから、持っていた本を読んでいると、後ろのほうから切れ切れの声がした。
地面にキスをしたまま喋る友人を尻目に、そうか、とだけ返し再び視線を本へと落とす。
「そうかじゃねえよ! 久々のホワイトクリスマスだぞ、十年ぶりだぞ!」
なんという生命力か、いきなり目の前に現れ、本と視線の間に割り込んでくる。
「あー、近い近い! わかったから、お前が雪が降って喜んでいる犬並みの頭しかないことはよーくわかった」
「ひどいっ!」
――――それからギャーギャーと何やら言っていたんだろうが、俺は目の前にある本に集中していた、ただ、考えていたのはもっと別の事で、ちっとも話の内容なんかは頭に入ってくることは無かった。
そうこうしているうちに、いつに間にかバスが近づいてきていた。
「バス来たぜー輝、大丈夫か?」
余程ぼけっとしていたのだろう、顔を覗き込むように近づけてくる。
「視界一杯にお前の顔を見たいとは誰も言っていないんだが」
「はいはい、ぼけっとしてないでしゃきっとしろよ、ったく」
そんなことを言いながらバス停の列に混ざり、その結果女子たちにギャーギャーと口論になっているのはもう見飽きた光景だった。
※※※
――――ぐぅ、と隣で多分のんきにくだらない夢を見ているのだろう、よだれを垂らしながら幸せそうに寝ている友人を横目に、ふと昔のことを思い出す。
きっと幸せだったであろう、昔のはなし。
思い出に浸っていた最中、この時期になればよく耳に残る告知のフレーズが流れ込む。
――――聖夜の夜に幸せを。
「うるせえな」
と、聞こえるか聞こえないかのギリギリで言った言葉を隠すように、垂れて首元まで落ちたマフラーをそっと上げる。
――あぁ、やっぱり冬はきらいだ。