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第二章 約束の証7

 ――――――――リムの朝は早い。


 その理由は毎日毎朝決まった時間に農園場から村全体に新鮮なモーニングコールならぬモーニング合唱が届けられるからである。

 始めそれは誰かの叫び声のように聞こえ、深い眠りから強引に現実へ引き上げられたために完全に寝ぼけているところを、元気いっぱいに叫びながら自分の胸に全力でショルダータックルをかます三人娘によって再び暗い意識の中に叩き落されそうになったのはもう五日も前の話だ。


 ベッドから身を起せば真っ先に視線に入ってくる何をモチーフとしているのかわからない翼の生えた彫刻のと目と目が合ってしまう。

 これも朝から中々衝撃を与えてくれたのだが、今となってはたかが彫刻――――どんなに熱い眼差しを向けようともこちらには一ミリも何も感じないわけで、俺の視線は早くもその隣にある古びた茶色の時計にいく。


 針が差し示す時間は朝の四時、壁にかけられた時計は規則正しく振り子によって時を刻んでいる。

 この日はハスキ鳥による大合唱より早く起きれたらしく、まだ静けさとともに部屋全体は薄暗く影をまとっていた。

 今更だが、始めてベッドに寝る経験をしたのがまさか異世界であることに正直、何とも言えない複雑な気持ちを抱いたのは理解されないかもしれないが、いつも冷たい布団に身を預けていた身からすればここの暮らしは正に楽園だった。


 人間が生きていくための衣・食・住は元の世界であっても最小限ではあったが不自由なことはなかった。

 しかし、家族の居ない家で一人――――孤独というものは中々慣れるものではない。


 家に誰もいない、一人だけの空間。

 気楽と言ってしまえば確かにその通り、余計なことを考えないで済むかもしれない。

 だが、ふとした時に現れる孤独――――これは忘れたころに思い出してしまうものだ。



「――――はぁ」


 だからこそ、思わず口から洩れてくるため息の理由は嫌でも想像できるもの。

 ここ数日でほんの少しだけ抱いてしまったある感情。


 それは――――――――元の世界よりも、今いる世界の方が良いかもしれないと感じてしまった事だ。


「くそ…………」


 はっきりと言えばこれは裏切りと同じものだ。

 元の世界にいた自分自身を否定しているようなもの。


 確かに、すぐ元の世界に戻れるという甘い考えなんてものは最初の時点で捨てていた。

 もちろん帰りたいという気持ちはある、しかし、そのためには圧倒的に情報が足りていない。


 まあ、その点においては詳しい人物に巡り合えたと思えるが…………


 だが、自分が一日一日を過ごしている間にも無情に時間は流れていく。

 ここでの暮らしが元の世界でどのように経過しているのか全く分からない以上、何の手掛かりも得ていない状況で、無駄に過ごしてしまっている自分自身に言いようのない焦燥感を感じずにはいられない。


 あの日から夜が明けた次の日に村長…………もとい、おやっさんは村の人たちを集めて俺の事情をサクラの言葉を交えながら説明してくれた。


 正直、歓迎されることは無いと思っていた。


 現代ならば見ず知らずの人間など怪しみ、観察され、最悪の場合疎まれても仕方のない存在だろう。

 それはある意味大切なことだ、どんな問題を抱えているのかわからない以上、厄介者は早々に切り捨てるのが賢い選択だと思う。


 そんな思惑とは裏腹に俺の想像とは違うことが起きる。


 村の中にそんな人物は一人たりとも居なかったのだ。

 逆に快く受け入れ、労い、訪ねてきたことに心から感謝の言葉をかけてくれた。


 村長やサクラがいてくれたこともあると思うが、この村に隔たりという概念が感じられない。

 それは昔、自分が受けたからこそ分かるもので、冷たい目ではない温かさを持った優しい目をしていた。


 その優しさこそが、居心地の良さとは違う元の世界ではなく、この世界で新しい生活を過ごすことも悪くはないと思ってしまった一つの理由。

 居場所ができてしまったことによる罪の意識が知らないうちに芽生えてしまっていた。


優香(ゆうか)…………」


 妹の名前を呼んでしまうのは一人だけ苦しい思いをさせてしまっている罪悪感からなのか、孤独の穴を埋める為なのか、今はもう分からない。

 残るのは虚しい響きが部屋全体に広がるだけで、一層気分は青一色に染まっていく。


「よっと……」


 再び横になれば、さっきまで体を包んでいた柔らかい感覚が戻り、自然とまぶたは重たくなる。


 眠ることで嫌な気持ちを忘れる――――この時は迷信であっても何かに頼りたくなるほどに精神は疲れていたのかもしれない。

 少しづつ意識は薄れていき、俺は初めての二度寝を堪能したのだった。


 ※※※※


 ――――――――グワーーーーーーッ!!


 けたたましく鳴り響く目覚ましと共に一日は始まる。


「ッ!?」


 突然に響き渡る音に飛び起き、意識が定まらないまま早朝の出来事が頭の中で高速に回転している。

 普段ならばそろそろ来る頃だと身構えることができるのだが、どうも二度寝というのはあまりに人を堕落させてしまうらしい。


「あたまが…………」


 耳鳴りは未だに消えることなく続き、頭はクラクラする。

 これならばどんな寝坊助でもたちまち早起きが身に付く事だろう。


 頭を振りながら無理やり意識を覚醒させようと試行錯誤していると丁度五日前の記憶が蘇り、急激に頭は冷静になる。


「そういえば…確かこの後は――――」


 言うが時すでに遅し――――。

 部屋の扉は壊れたのではないかと思うくらい豪快に音をたてながら、物凄い速さで開かれる。


『おっきろーーー!!』


 そう…………中から飛び出してきた三人は迷うことなく俺めがけて突進を繰り出してくるのだ。


 このままでは――――命が危ない!!


「やらせるかッ!」


 俺はベットに身を屈ませて布団と枕を手に取り、頭の上に構えて防御の姿勢をとる。

 これならば腹に一撃喰らうことなく安全に奴らを抑えることができるだろう。

 幼い彼女たちには残念だが人というものは常に成長していく生き物なのだ、君たちと俺とでは過ごしてきた差がありすぎる。

 そうそう何度も同じ轍は踏まん。


『それーー! とつげきだーー!』


 頭を低くしているために何をしているのか見当もつかないが経験上、彼女たちは無邪気に飛んでくるだけ、そして突撃という合図と同時に突っ込んでくる。

 なら姿勢を低くしている俺のベットにダイブしてくるだけになる。

 最悪乗りかかっても子供三人の体重、重たいかもしれないが、その上にクッション材を挟んでいるところに飛んできても受け止めれれる自信はある。

 その隙を見計らって布団に丸め込めば即時解決、一気に終戦を迎えるだろう。


 だが――――――――時に無邪気というのは人の予想を遥かに超える力を持つ、この時ばかりは俺自身も斜め上を行く結果となるとは想像もつかなかった。


『いっけーー! ブレス!!』

「ん? ぶれす?」


 聞きなれない単語に思わず顔を上げる。

 視線の先には顔を真っ赤に染め、今にもはち切れんばかりに口を膨らませ必死に我慢しているピピ・ミミ・キキの姿があった。

 朝だというのに首筋に流れる嫌な汗、どうしても結果は悲惨なモノしか思い浮かばない。


「な、なにして――――」


 必死に閉じていた口も我慢の限界が来たのか、息を止めていた後に思いっきり呼吸をするかのように勢いよく溜めていたものを吐き出した。



 ――――――――――――ワアァァァァァァァァァァア!!!



 意を決して尋ねた言葉は余りの爆音にかき消され、代わりに出たのは恐怖の叫び声だった。


「ぐっ!!」


 部屋のありとあらゆるものは宙を舞い、ベットはひっくり返り、かくいう自分自身は壁に激しく叩きつけられて思わずうめき声が漏れる。

 酷いというよりは目の前で何が起きているのか全く分からない。

 まるでこの部屋だけに竜巻が起きているかのような光景、助けを呼ぼうにも爆音と風に押し負けて声など出せるはずもない。


「も、もうだめだ……」


 子供のいたずらに意識を飛ばすなんてなんと情けないことか、いや正直これはいたずらなのか?

 自分の意識が徐々に遠くなってきて、もうどうしようもない――――そんな時だった。


「コラーーー!!」


 突如として鳴り響く一喝の号令、薄れていた意識も一気に復活を遂げる。


 激しく荒れ狂っていた部屋の物たちはその場に落ちて落ち着きを取り戻す。

 俺自体も体の自由を取り戻したが上手く立てずに思わず膝をつく。


「あっママ! おにいちゃんおきたよ!」

「おきたよー」

「おきたおきた」


 その表情に一点の罪の意識などなく、誇らしげに胸を張っている姿を見れば怒る気持ちなど失ってしまう。

 だが、メアリさんはそんなことは知らないとばかりに三人にゲンコツを振り落とす。


「おきた! じゃ……ないでしょうっ!! ブレスをつかってはいけませんと何度言えば分かるんですか!!」


 しばらく三人とも痛みに耐えているのか、頭を押さえながらうつむいている。

 正直この光景はいたたまれない。


「だって……だってはやくおきてほしいもん!!」

「いっぱいおはなししたいもん!!」

「ひっく……はやぐあそびたいもん……」


 母の怒りとは裏腹に目に一杯涙を浮かべて猛抗議を続ける三人を見ていればいてもたってもいられず、

 両陣営の間に入って三人と向き合う。


「そ、そうだったのかー、あっはっはっは! ありがとう三人とも、おかげで元気いっぱいになったよ」


 その一言で嬉しくなったのか、さっき見せた涙は引っ込み代わりに満面の笑みを見せてくれる。


「ほんとうっ!?」

「あぁ、ほんとだよ、だから早く顔洗って着替えて外いこうか」


『うん!!』


 ――――――――バタバタバタと、慌ただしい足音を響かせながら三人は部屋を後にする。


「ヒカルくん…………本当にごめんなさい」


 さっきまでとは打って変わって萎んでしまったメアリさんは深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「そんな、いいですよ子供は元気が一番ですし…………」

 その無邪気さに殺されかけて言うのも気が引けるのだが…………


「あの子たち…急にお兄ちゃんが出来たと言ってはしゃいるんだと思うの」


 そう言ってメアリさんは悲しそうに眼を背ける。

 俺自身も信じられないような話、それはどの世界でも起きておかしくはない悲しい現実だった。


仕事の関係で遅れました…………

しばらくは連続投稿むずかしいかもです。

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