第二章 約束の証5
今に至る現状、サクラが話してくれる内容はそれに直接結びつくことはなかったものの、自分にとってかなり有力なものと言えると思う。
ましてや、この世界を知らない人物が目の前に現れて普通の対応が出来るとも思えない。
村にたどり着くまでに知り得たのは大きく三つだった。
まずはこの世界について――――といっても、国やここにおいての常識といえる場所についてだ。
この世界は大きく分けて東西南北、四つの国に区別されるのだという。
一つ目はセントアリア――人間が住む北の大地、この世界においては一番面積が大きい大陸だそうで、そのほとんどは央都と呼ばれる国によって管理されているらしい。
二つ目はイーリアス、東の大地――周辺は様々な山脈によって連なっており、その真ん中に一つの国が存在するという。
しかし、国というよりは一つの部族が周囲の民族を武力によって統治しているというだけで治安という概念はほぼ皆無であるという。
度重なる血で血を洗う戦闘が繰り広げられ、ようやく一つにまとめられたその国はいつしか魔獄――メギドと呼ばれるようになる。
「その国にトップと呼ばれる存在はいるのか?」
「さぁね、ただ言えるのはあの場所を統治したのだからかなりの実力を持った人物でしょうね」
「そうか……」
「まぁ、いずれその兵を見ることにはなると思うけど」
「どういうことだ?」
「私と一緒にいれば分かるわよ」
――――話を続けていい? と再び話し始めていく。
三つ目――――西の大地ウストア、広大な砂漠の大地がその半数を占めている。
そこだけを聞くと国なんてものは成り立たないように感じるが実際は大地にあるのではなく、空に存在する。
そこはそもそも争い、犯罪など全く縁がないような正に理想郷が広がっているのだという。
だが、実際に見ることはあっても中に入ったものは誰一人としていない。
伝わっているのは数々の書物によるものであり、第一空にあるものをどうやって確認できるのかと疑問ではある。
最後に四つ目、サリアと呼ばれる広大な自然によって囲まれている大地だ。
ここには妖精、元の世界で言うエルフと呼ばれる種族が存在する
もっとも、世間に知られたのはごく最近のことであり、それはこの政治状況がもたらされた悲しい事実によりものだった。
「なんで最近になって国があることが分かったと思う?」
「わかるわけないだろう、だが、想像はできるが」
「どうして?」
「発見された……もしくはそうせざるを得ない危機的状況があったんだろう」
その通り――といわんばかりに表情を暗くするということはあまり良いことではないのだろう。
「ご名答――――本来なら知られたくはないはずの存在が公に顔を出すということはかなり苦渋の選択だったと思うけど、正直仕方の無いことだったかもしれない」
「どういうことだ」
「戦争――――」
彼女が放った言葉は重く、そして深く心に響くように伝わってくる。
戦争――――今まで聞くことがあってもその言葉の重みを感じることは無かったが、どの人物よりも重いものだった、まるで経験したことがあるといわんばかりに。
「今の世の中は混乱を極めているの、その存在が本当だったがために狙われた」
「だとしたら……戦いの最中に見つかり、攻撃を受けたというのか」
「その通りよ、そしてその火種は各地に飛び大きくなっていく」
そう語るサクラの目は細く、だが明らかに悲しみをみせている。
「なら、仕掛けたのはどの国なんだ?」
素直に疑問を投げかけるが、向こうは静かに頭を振る。
「メギド――――東の国だといわれているけれど、ウストアも聖戦という名の戦火広げている――――そして、居場所を失うエルフは北に助けを求めた……ならその矛先が央都に向けられるのは必然」
「まさか……」
状況は最悪と言えるものだった、正に大戦中の世界に身一つで飛ばされたということになる。
サクラに会っていなければ確実に巻き込まれていただろう、正に生と死――――ギリギリのところで明暗を分けたといえる。
「狙いは分かるのか?」
「エルフは優れた知識と医療を持つ高度な文明を持っているの、噂では死者すら蘇生ができるとか……それが狙いね」
「死者を……蘇生」
耳を疑うべき言葉だが、侵略されているのもまた事実、そんな技術があれば手に入れたいと思うのも納得がいく。
実際に不老不死を求めて侵略をする国があったのだから。
「十年前まではこう着状態が続いていたけれど、最近になってまた動きをみせたの」
「そうか……」
そこからはただ地面を鳴らす二人の足音のみが頭に入ってくる。
考えていたのは自分が知らない世界、身近になって初めて感じる死の恐怖――――とてもじゃないが良いものではない。
でも、一つだけわからないことがある。
――――何故ここまで分かる?
詳しくないとはいえ、国の特色、政治状況、戦火の兆し――とてもじゃないが普通に公開されているとは言い難いものばかりだ。
最初の出会いで普通の人間ではないことは想像できるが、しかし、それはあくまでも想像の世界だ。
「一つ……聞いてもいいか?」
「答えられる範囲なら、でも私もこれ以上はわからないわよ?」
手をヒラヒラと泳がせながら歩く姿はどうみても考えているモノとはかけ離れている存在、普通の女の子――だからこそ確かめておきたい事実がある。
「詳しくない割には結構な情報量だな、まるでその目で見てきたかのようだぞ?」
これが自分自身の精一杯の軽口だった。
この返答で全てが分かる。
サクラはその歩みをピタリと止めゆっくりとこちらを向く。
笑顔でもなく、怒りでもなく、悲しみでもないその表情は夕日の影に遮られ上手く読み取れない。
しばらくの沈黙の後、やがて静かに沈黙を破る。
「わたしは通りすがりの旅人よ、放浪するのが趣味なの」
そう残して再び歩き始める彼女はあの鼻歌を口ずさむ、出会った森の出来事を思い出させるように。
数秒ののち、後に続こうと右足を出すが――踏み出せない。
動きたくても動かせない金縛りのような感覚。
この日――――俺は生まれて初めて目で殺されるという経験をしたのだった。