第二章 約束の証3
サクラ・マイ――――確かに彼女はそう口にした。
服装等はさておき、顔立ちや声などは元の世界の人物と瓜二つと呼べるもので、さっきの出来事に拍車をかけるようにますます頭は混乱していく。
――――何故同じ人物が違う世界に存在しているのか。
頭の中で考え点くことは色々と浮かぶものの、実際となれば話は別のものになる。
髪を掻きむしりながらもう一度視線を合わせるが間違いない――――彼女は櫻井舞だ。
「ん? サクラ……?」
ふと頭に浮かんだ名前に少し違和感が芽生える。
確か元の世界で聞いた苗字は――――櫻井
だが、今目の前にいる人物はサクラと言った。
ならば顔、声がたまたま似ているだけで実際は俺自身が考えすぎということになる。
しかし、そんなことがあり得るのだろうか?
「あの~聞こえてる?」
「――――え?」
急に聞こえた声に思わず顔を上げるが、彼女――――サクラは疑問符が頭の上に見えるくらいの表情を見せる。
「いや――え……? じゃなくて、アンタ血だらけになっちゃったから……大丈夫?」
そう言ってサクラが指さす先、自分の姿を見てみればなかなかのモノだった。
服に血が付いていたのは知っていたものの、あの時は見た目よりも強烈な匂いに参ってしまい迂闊に目も開けられない状態だった為に、詳しく見てはいなかった。
少し気に入っていた青ラインのTシャツは言うまでもなく赤く染まり、ズボンはこれまたグシャグシャになって見る影もない。
「あー、うん、大丈夫だと思うけど……匂いが中々」
「だよね……ゴメン悪く思わないでね、あのままだったら死んでただろうし」
手のひらを合わして謝る仕草をとる彼女だが、俺がどうこう言える立場ではないことは明らかで、確かにあのまま行けばあと数センチであれは俺の喉を串刺しにしていただろう。
「いや……こっちこそありがとう、おかげで助かったよ」
「ううん、別に構わないんだけど――――なんでこの森なんかに?」
「メイデン?」
こちらの知らない情報に思わず聞き返してしまうが、あちらによれば常識に当たるもらしい、あからさまに呆れた表情に変わる。
「ハァ――――アンタ、央都のボンボンか何かなの?」
「そんな身なりに見えるのか?」
「見えないわよ……私てっきり自殺願望者かと思っちゃったじゃない」
「そこまで追い詰められてはいないが……まぁ、できればこの土地について詳しく聞きたいんだが」
「あたしも知らないわよ」
先ほどとは打って変わってつんけんな態度に変わっている彼女は顔を背けてしまう。
森の名前まで知っていながら他も知らないということは無いだろう――――少し、試してみる。
「そっか、なら話を変えようか――――この世界について教えてくれないか?」
そう言った瞬間、わずかに肩が正直に反応する、これは当たりの予感だ。
「今――――何て言ったの?」
「この世界――――だ」
振り向いた彼女の顔は驚きを隠せないようで、目を見開くようになっていた。
「嘘――――こんなところで、だってあの場所で……じゃぁ、あの任務は――――」
目は泳ぎながら、なにやらブツブツと呪文のように語り始める姿に、少々ヤバいところに足を踏み入れてしまった――と後悔の念が押し寄せ焦り、焦りを感じずにはいられない。
「お、おい……大丈ぶ――――」
「――――っ!」
それは一瞬だった。
彼女の放った一撃は耳に残る轟音と共に振動が身体の中をすり抜けていく。
目標は大きくうめき声を上げ、落ち葉をまき散らしながら地面に倒れこむ
「………」
しばらく声を上げることがなく、いや、多分口は空いていると思う、ただ、あまりの衝撃に息をすることさえ忘れてしまう事実が目の前に起きている。
そう、時すでに遅し――少々どころか、かなりヤバい状況だということに今更ながら気づく。
彼女が倒したもの、それは熊でもなく、化物でもない――――さっき彼女が降りてきた一本の樹木だった。
「……」
「……」
互いに一言も喋らず、静寂が辺りを包みだしたころ、サクラさんはゆっくりとこちらを振り返る。
「――ねぇ」
「はい」
「私と一緒に来てくれない?」
「よろこんで」
彼女は満面の笑みを浮かべていたが、俺には悪魔が微笑んでいるようにしか見えなかったというのは本人には絶対口にできないと思っている。
違う意味で命の大切さを噛みしめた瞬間と言えるだろう。