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あの日

「やった!やってやった!やってやったぞ!!!」

「……貴方」


 曇天の夜に一台の車が山道を猛スピードで走っている。

 運転席の男は青白い顔に脂汗を浮かべせつつ、指が白くなるまでハンドルを握り込んでいた。


「ねぇお願い、考え直して」

「五月蠅いぞ!これ以上あの男に付き合っていれば待っているのは破滅だ!!」


 後部座席からの泣くような訴えに、男は貸す耳を持たない。血走った眼は唯前方だけに固定されている。


「ママ、パパはどうしたの」

「五月蠅いぞ楓!大人しくしていろこのガキが!!」

「ひぅ!!」

「貴方!楓に当らないで!」

「喧しい!これも貴様が!」


 男が後部に気を取られた瞬間だ、ヘッドライトに浮かぶ人影に、男は反射的にハンドルを切った、そして……。





「君のご両親は事故で亡くなった事になっているね」


 それまで、ニコニコと笑みを絶やさなかった小泉が、急に真面目な顔をして、トーンを落として話し出した。


「けど、それは違う、それは違うんだ。君のご両親は小泉源三に殺されたんだ」

「え……あ……?」


 いきなり、そんな事を言われて戸惑っている私に、彼は構わずに話を続ける。


「始まりは、そう、始まりは、君のお父さんのミスからだった。弁護士をやっていた君の父は些細なミスを犯した、真面目な方だったんだろうね、それに気を病んでいる彼に源三は付け込んだ、そして取り込んだ。おかしいとは思わなかったかい、唯の弁護士であったはずの君のお父さんの遺産が莫大なものだったことに」


 そう、父の遺産は生命保険も含めて莫大なものだった、その大半は自称親戚たちにむしられて行ったものの、私が大学に出るくらいの金額は余裕で残っていた。


「そのお金は、源三と付き合ってから得た裏金だよ。だが、彼はお金と引き換えに全てを失った、弁護士としての誇りも、人としての正義も、そして家族でさえも」

「……家族?」


 お父さんの裏の顔なんて知らない、幼い私には父の仕事なんて全く分かっていなかった。だけど、ごく普通に仲の良い家族だと思っていた。


「そう、家族だ。君のお父さんと源三が取引をしていることに気が付いた君の母が、不信感を抱いたことに不満を抱き……」


 いやだ、聞きたくない。


「口止め代わりに、君の母親をレイプした」

「いやだ!!」


 聞きたくない!聞きたくない!

 遠い遠い、今では陽炎の向うの家族の思いでを、これ以上汚されたくなく私は耳を塞ぐ。だが彼の声は、塞いだ耳の隙間から水の様に染み込んできた。


「そして、生まれて来たのが君だ、君は僕の別腹の妹と言う事になる」

「い、や……」





 ハンドル操作を誤った楓の父が運転する車は、崖へと激突。轟音を響かせながらもその慣性は殺しきれず、スピンしながら人影へと進む。

 車が、人影に衝突した瞬間、更に轟音鳴り響く。それは柔らかい人体が鋼鉄の塊と月突した音では断じてなかった。

 鉄と鉄がぶつかり合ったような、激しく重い音が鳴り響いたのだ。その衝撃で車は更に回転を増し、ガードレールを突き破り崖下へ落ちていった。



 


「君の父は、真面目な人だった。それ故にかつて抱いていた理想と、汚濁にまみれた現実に耐え切れなくなっていた。そんな時に、彼は事実を知ってしまった。彼の妻が汚されていたと言う事実を。

 それが臨界点だった、彼は組の金を持ち逃げし海外に高飛びしようと考えた。誰も知らない海外で一からやり直そうと考えたんだ。

 計画の半分は予定通りに行った、金を塗す事には成功したが……。

 結果は君の知る通りだ、君たちの乗った車は組の追手に合い、君の両親は死亡した」


 あ、ああ、あ、あ。

 そうだ、思い出した、思い出した。

 深夜のドライブ、母に怒鳴る父。

 曲がり角、走る衝撃。

 人影、フードを被った人。

 廻る車、フード……


「……おっちゃん」


 スローモーションの揺れる視界の中で、フードが取れたその人の顔を私は思い出した。

 いつもとは違い、無表情な仮面の様な顔だったけど、それは間違いなく……。


「そう、指示をしたのは源三で、実行犯は鞍馬武彦、君がおっちゃんと慕うその人だ」





 武彦は走る、走る。

 かつての過ちを繰り返さないために。

 水底へと沈みゆく町を、楓を探し走り続ける。

 彼の鉄拳により弾かれた車、その後部座席に座っていた幼子と彼は目が合ってしまった。その時から運命は結ばれていた。

 堅気の人間は巻き込まない、それが血と暴力の世界の中で、気弱な彼を守っていた安全装置だった。

 かれは、自動車を追い、崖下へと駆け落ちた。燃える車内の中から奇跡的に救えたのは楓だけだった。

 決して脱がない彼の上着の下には大きな火傷があった。それは楓を助け出した時に負った火傷だった。

 その傷がうずいた、降りしきる冷たい雨に反する様にその傷が熱を持ったのだった。



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