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魔王

 コンクリート造りの殺風景な部屋、そこに設えられた高級な革張りの椅子に座る男がる。

短く刈り揃えた頭に、太い首、太い眉、眉間に深く刻まれた皺、何もかも太く鋭利な男だった、一目で力の世界で生きて来た人間だと言う事が分かる人物だった。


「やれ」


 その男が、深く静かに命を下す。


「はい」


 それを受けた男が拳銃を抜き――


「んっ!んー――」


 猿轡をされた男のくぐもった懇願は一発の銃声で無残に掻き消える。ここは広大な私有地の中にある、巧妙に隠された地下室。銃声も悲鳴も、そして秘密も決して外部に漏れることは無い場所だ。

 ここでは日本の法律は機能しない、ここを支配する法は組長である小泉源三(こいずみ げんぞう)の意思ただそれだけだ。

 

 ここは、広域指定暴力団園山組(そのやまぐみ)組長の別荘である。

 園山組は、日本、いや世界有数の裏組織、山王会(さんのうかい)の下部組織であり、その中でも最も狂暴かつ凶悪と言われる組織だ。

 

「ふん」


 源三は眉間に刻まれた皺を更に深めながらため息を吐き、吸っていたタバコを地面に広がる赤に投げ捨てる。

 暴対法が改正され幾年、源三の様な暴を持って生きて来た人間には多少は生き辛い世の中になって来た、だがそれは所詮世の中の上澄み部分だけである。深く暗い場所に閉じ込められた暴力は密度を増し、より強固に、より黒くなっていた。


「次だ」

「ん!ん!!」


 目の前で知人の頭部が柘榴と化した、その恐怖に男は小便を漏らしながら懇願するが、その声もまた銃声にかき消された。





「お疲れ様でした」

「ふん、これで暫くは大人しくなるだろう」

「そうですね。問題はその暫くが何時まで続くかですが」

「裏は取れなかったのか」

「……恐ろしく慎重な奴です。海外組織も含め十重二十重と仲介を挟んでいます」

「……暫くはモグラ叩きか。園山組も嘗められたもんだな」

「申し訳ございません」

「ふん、まぁいい。久しぶりの敵だ。精々楽しめ」

「はっ!」


 源三は報告に来た部下を下がらせ、部屋には源三と若頭だけが残った。


「で、貴様の報告とは?」

「それが、竜也さんの事なのですが」


 若頭は少し言いにくそうに話を切り出す。本妻との間に男子が生まれなかった故、妾からの養子だが、竜也は源三の実の息子だ。その彼の行動について報告することに躊躇があった。


「奴がどうかしたか?」


 だが、源三にとって実の息子であろうとも、己の手足の1つ、唯の道具に代わりない。

金と力それが源三の全てだ。そこに肉親の情などは存在しなかった。

 

「は。竜也さん、最近妙な行動をしているそうで……」


 若頭のその言葉に、源三は獰猛な笑みを浮かべたのであった。





 カチャ、カチャとチェスの駒を進める硬質な音が部屋に響く。


「ふふ、ピンは刺したよ、お義父(とう)さん。さてこれからどう動くかな?」


 竜也はいつもの様にニコニコと笑いながらそう呟く、その時だ。ノックも抜きに執務室のドアが乱暴に開け放たれた。


「竜也さん、大変だ!頭の奴がオジキにタレこみやがったってチクリが入った!」

「あははは。そんなに慌ててちゃ折角の名前が台無しだよ、虎」


 竜也は慌てふためく虎とは対照的に、笑みを崩さずそう言った。


「けどよ……」

「大丈夫だよ、彼は僕の有能性を良く知っている。金の卵を産む鶏をそう簡単に殺さないのが彼の手口だよ」

「それはそうだが、裏切者に容赦しないのもあの人のやり口だぜ」

「まったく虎は心配性だなぁ。猫は虎の心を知らずって故事があるでしょ。逆を言うと虎は猫の心を知っちゃいけないんだよ?それとも君は猫なのかい?」

「……馬鹿を言っちゃいけねぇぜ、竜也さん。俺は虎だぜ。臆病風になんか吹かれはしねぇ」

「そうそう、虎は僕の言う通りシンプルに動けばいいんだ。

確かに彼の力と意思はとてもとても強固だ、だがそこがねらい目でもある。硬いと言う事は脆いと言う事でもある、それを僕が彼に教えてあげるよ」

「…………」


 虎は必死に不安を抑え込みながら、沈黙をもって答えとする。きっかけはどうだったか、始まりは何処だったか、誰にも知られずに誰にも気づかれず、それこそ自分でも気づいていないうちに、いつの間にか魔王と畏怖される小泉源三に反旗を翻していた。

 確かにそこには自分の求める全てがある、竜也の言う事に従えばそれを超えられる実績もある。今までも絶望的な逆境を、竜也の機転で乗り越えて来た。そう、今回も同じこと、そう思いたかった。だが、敵は小泉源三。殺し屋の自分から見ても暴力の権化のような男だ。

 一筋縄ではいかない、そのあまりにも高い山に肌が泡立ち――


 頬がひり付くほど曲がる。

 粘ついた涎が口の中に纏わりつく。


 「あは♪」


 竜也が笑っている、気が付くと自分も笑っている。

 そうだ、求める物がそこに在る以上、進むより他は無い。虎とはそう言う生き物だ。闘争を求め、血を求め、殺戮を求め、金を求める。考えてみれば、虎は何時も憎んでいた、自分と似た存在、小泉源三を。自分と同じ魂を持ち、自分より遥かな高みにいる奴を。時が来た、それだけの話だった。



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