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落ちた歌

 

 はい、次、君の番


 当然の様に渡すと、彼女は戸惑った顔をした。弾けないとは言わせない。俺には確信があった。



 大学の入学式、新入生サークル勧誘を声を枯らしてやっていた時、俺たちが持っている手作りの看板を食い入る様に見ていた子がいた。俺はぴぴんと来てすぐさまチラシを強引に渡す。


 来週水曜昼休み、集まりがあるから、来て!


 戸惑うような顔、でもチラシも食い入る様に見ている。


 よし、一人確保。


 彼女は絶対来る。沖縄が好きな子だ。



 小さな会議室程度の部屋に集まった今期最初の活動日、彼女は恐る恐る入って来た。

 自己紹介、沖縄の何が好き、というお題でそれぞれ聞いた時、彼女は三線が好きです、と言った。


 沖縄の音楽が好き、ではなく、三線。


 弾ける。


 俺はまたぴぴんと来て新歓に絶対弾かせようと思った。

 俺の親父が沖縄生まれな事もあって、小さい頃はよくおじいの家に遊びに行った。

 おじいはよく三線を爪弾いてくれて、子供心に三線の明るい音が好きだった。

 あの音に誘われて、見よう見まねで踊ったものだ。



 新歓、宴もたけなわ。

 俺はおじいの音を想い、軽い気持ちで三線を渡した。彼女は下手なので、と固辞した。

 そこは求めてないって。


 踊れる曲は弾けないので、と言ったので店長に目配せしてボリュームを下げてもらった。


 何でもいいのだ、三線の音が聞けたら、我ら沖縄サークルは満足なのだ。

 同志達が口々に安心させる様、声をかける。

 お前ら、分かってるじゃないか。

 俺たちは渇望していた。三線の生音に。


 彼女は散々前置きをして、一曲だけ、と言うと、すっと正座した。



 調弦が始まった。

 ゆっくりと、男弦、女弦、中弦と合わせて行く。その乾いた音に、俺はざわりと鳥肌がたった。


 調弦の仕方で、彼女が三線に慣れ親しんでいる事が分かる。耳で合わせていっている。

 店内の音楽が無くなり、喧騒が静まる。

 皆心得ていた。彼女の紡ぐ音を聞いて。


 俺は間違ったかもしれない。

 これは、他の奴らに聞かせる歌では…



 一つ、深呼吸をした彼女は軽く目を瞑った。


 本来よりもゆったりとした調子で始まった伴奏に、彼女の歌が…


 上に下にと流れる旋律に、細くゆったりと沿う歌声。爪弾かれる音色と共に、皆に向けている訳ではない声。

 安里屋あさとやの歌。



 ざわり


 ざわり ざわり


 俺は間違った。




 二次会に行かない彼女を何とか確保すべく新人を送る体で同じ方向に歩く。

 俺の必死の目配せで一人、また一人と生温かい視線を投げて離れて行ってくれた。


 二人になったとき、もう大丈夫だから、と彼女自身に離されそうになり、そうじゃないと踏ん張った。



 月明かりの中、二人歩く。



 ーーあの歌さ、

 俺は声が掠れそうになって二度言った。

 あの歌を俺だけに歌って欲しい。

 俺以外に歌って欲しくない。



 佇んだ彼女は何も言わなかった。

 それはそうだ、会って、まともに喋ってもいないかもしれない。

 俺が三線を渡した事さえ気付いてないだろう。


 でも、彼女は俺の言った事を正確に理解したと思う。茶化す事もしなかった。笑う事もしなかった。ただ、顔を赤らめて、戸惑っていた。



 俺は強引に手を繋いで言った。

 勝手に約束をした。

 彼女は黙って手を繋いでいてくれた。



 まあ、とりあえずこれでいい。

 俺と同様に落ちた奴らの牽制になったし。

 握った手を離さないでいてくれるから、このままそうゆう事しよう。



 俺が見つけたのだ。

 この歌は、俺のものだ。











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