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四話 「憶測」

「これが、あなたのおすすめ……?」


「そうだ。安いのにうまい。安いのに量が多い。他にもおすすめの理由は無限にあるんだけどそこは省略させていただくわ」


「そうなのね……。それでこれは何の肉なの?」


 二人が会話を繰り広げているのはミズキがいつもお世話になっている食堂だ。六時を回ったせいで、客の様相は昼よりも荒々しくなり酔っ払いの割合が極端に増えている。


 喧騒に包まれながらアカリが訝しげな目で見つめるのはゴブリンの肉だ。見た目だけなら普通の肉と変わらないそれを、なぜアカリは不安げな目で睨むのか。理由は見当もつかなかったが、ミズキは彼女の疑問に答えた。


「ゴブリンの肉だよ。案外、普通の肉だよな。あのいかにも魔物ですっていう肌の色とは違って」


「ゴブリンの肉!? いっつもそんなもの食べてるの!?」


 反射的に口に手を当て、アカリは大声をあげた。ゴブリン定食は中央地区にあるここの食堂にしかない名物——ではない。世間ではごく一般的に食べられている肉の種類だ。


「そんなに驚くことか? 別に普通だろ」


「そうね、普通だったわ。うんうん、普通普通」


「明らかに様子が普通じゃないんだけど」


 言い聞かせるように「普通」と繰り返すアカリの姿はどう見たって異常だった。確かに異世界に初めて来た時にゴブリンの肉と聞いたときは驚きもしたが、この世界の住人でミズキと同じ反応をする人がいるとは思わなかった。そこに何となく親近感を覚えて、


「まぁまずは一口だけパクッといってみな。おいしいから」


「……騙してないでしょうね」


「断じて」


 ミズキの勧めでアカリは目の前の肉とにらめっこを始める。見た目上は何の変哲もないただの肉。むしろ肉汁が滴り、断面から見て取れるようにしっかりと中まで焼かれているそれはアカリの大好物だった。それでもその背景に目を向ければゴブリン。抵抗は消えない。


「しょうがないな……」


 ミズキはそうやって呟きながらアカリの手元で役割を果たせず鎮座していたナイフとフォークを手に取る。そうしてゴブリンの肉をナイフで切り分け、フォークを突き刺す。


「はい。口開けて」


「なによ」


「食べられないなら食べさせてあげようかと」


 平然とした顔で言ってのけたミズキにアカリは赤面する。なぜ目の前の男はこんなにも歯の浮くような言葉を吐けるのだろうか、と。しかしそれがミズキの性格なのだから仕方ないのだが。依然、歯の浮くような台詞は続く。


「どうした? 食べないのか?」


 追撃の一言がミズキから放たれたことで、ようやくアカリはミズキが自分のことをからかっていることに気がついた。目の前の肉に目をとられていたアカリはミズキの満足げな顔を見据えて、


「自分で食べられるわよ!」


 と、ミズキから強引にナイフとフォークを奪い取り、ゴブリンの肉を口の中に突っ込んだ。瞬間、アカリの顔が輝く。


「おいしい!」


「だろ? カート定食屋にハズレはないんだよ」


 自分が作った料理でもないのにミズキは自慢げに鼻を鳴らす。そんな彼に見向きもせず、ゴブリン定食を食べ進めるアカリはすでにカート定食屋の虜だ。


 なんだかんだ言って結局素直になるアカリのツンデレに嘆息して、ミズキもゴブリン定食に手をつけ始めた。そうしてそれから十数分。まだ十七歳のミズキと同じくらいの歳だろうアカリは、酔っ払いどもの怒声やら笑い声やらに囲まれて夕食を終えた。


 お盆に全ての食器を乗せて定食屋のカウンターに返して、二人は部屋の隅の階段——宿屋につながる階段を上がる。


「よしそれじゃあ部屋に戻るか。……アカリの部屋をどうするかとか考えなきゃいけないし、色々と準備も必要だし、今日は忙しいな」


「ミズキ」


 これからの予定を無意識につぶやいていたミズキに声がかけられた。その声がいつもの少し高圧的なものとは違ってしおらしい声だったからか、ミズキはついついからかってしまう。


「ん? もしかして愛の告白とか?」


「——なんでもない」


 予想していたものとは真逆の反応にミズキは内心驚き、その驚きを意識して表には出さなかった。そのあと無言は部屋に着くまで続き、ようやく会話が発生したのは部屋の前で待っていたケンジードのおかげだった。


「やっと帰って来たな。中に入れ。話がある」


「あ、はい」


 いつもの気さくな雰囲気とは違い、どこか深刻なものを含んだ雰囲気に戸惑いながらミズキはケンジードの部屋に入った。それにアカリも続き、部屋の隅のソファにケンジードと、ミズキとアカリに分かれて腰をかけたところで話が始まった。


「まぁお前らも色々と忙しくて俺の話に付き合わせるのも悪いんだが、ちょっと付き合ってくれ」


 前置きは穏やかなものだ。ただしミズキにとって問題なのは本題の方だった。思い出せば——というより当たり前ではあるが、ミズキの郵便屋は宿屋の主人であるケンジードに許可を取って営業している。となればミズキはあくまで店長であり、社長はケンジードなのだ。いくら店長といえど、社長の意見も仰がずに社員を採用など言語道断だ。


「わかりました」


 背筋を正して、ミズキは怒られる準備をした。想像していた未来は確定的なものだからだ。その証拠にアカリもケンジードの部屋に招かれている。


「——アカリさんっていったか? あんたの出身はどこなんだ?」


 それは突飛で不自然な質問だった。いや、出身が気になることは別に突飛でも不自然でもない。ただ今の状況でその問いが出ることが不自然なのだ。なぜ深刻な顔でそれを聞くのか、が。


「……中央地区よ。ここからは少し離れてるけど」


「そうか……それならいいんだ」


 アカリの当たり障りのない答えにケンジードはほっとため息をついた。そのため息にどんな意味が込められていたのか。それを聞く権利はミズキにはなかった。——少なくともミズキには。


「どうかしたの? 私の出身なんか聞いて」


 アカリは臆することなくケンジードに詰め寄った。明らかに含みのある物言いだったケンジードの言葉に、どうして不躾な質問ができるのか。それがミズキにはわからなかったが、含みの部分を聞きたいという気持ちがなかったわけではない。ミズキは続くケンジードの言葉に耳を傾けた。


「なんでもないんだ。ただあんたに似た人を昔に見かけたことがあってな。それで気になって聞いただけだ」


 目を細めて話すケンジードはどこか懐かしげだった。しかしそれも数秒のことで、またもケンジードによって沈黙が破られる。


「まあそれは置いておくとしてだ。問題はアカリさんの部屋だろう。俺は一向に構わんが、ミズキの部屋に住まわせるというのもな?」


「まぁそうですね」


 尻上がりの疑問を投げかけられてミズキは曖昧に返事をした。絶対にからかわれているからだ。


「そこで、だ。ミズキの正面の部屋を貸し出そうと思ってるんだが、どうだ? 俺の宿屋もそこまで大繁盛ってわけでもないからな」


「本当に!?」


 テーブルに手をついて目を輝かせるアカリに既視感を覚えながら、ミズキは少し不満に思った。この光景はちょうど今日の午前、アカリが雇ってと頼んできた時と同じだ。それなのに相手が違えばこうも態度は変わるものなのか。


「ああ。悪くない話だろ?」


「うんうん! ぜひ、住まわせていただきます!」


 ツンデレのツンはどこへ行ったのか。アカリはその美しい容貌通りの振る舞いでケンジードの提案を喜んで受け入れた。そのまま蚊帳の外のミズキを置いてけぼりにケンジードとアカリは部屋を出て行き、二人の話し声が遠ざかっていく。


「あれ、俺いなかったことにされてんの?」


 虚しい呟きが一人ぼっちの部屋に寂しく響いた。響いてミズキの元へ帰ってきてさらに寂しさが増していく。


「そういえば何気にケンさんの部屋に入ったのって初めてだよな」


 茶色に統一された室内を見回して、ミズキは感慨深げに呟いた。特段、ケンジードに入室を禁じられていたわけではなかったが、ケンジードがあまりそれを好んでいなかったのは事実だ。その証拠に何か話しをするときはいつでもミズキの部屋だった。だというのに——、


「そんなにアカリの出身が大事だったのか? 自分の部屋で話すほど」


 邪推が無意識に口からこぼれる。あの質問がふとしたもので、この部屋で話をしたのもただの気まぐれだったのだろう。そうだろうに、ミズキは違和感を拭えなかった。あの深刻な顔はなんだったのか。


「まあ別にあえて俺が関わることでもないんだろうけど——ん?」


 ふと目に入った「それ」は部屋の中で唯一、異質なものだった。元の世界のほとんどの人は使ったことのあるだろう「それ」は表紙がオレンジ色で英語が表記されている。何かを書き留めておくのには最適で、マス目が描かれている「それ」は——、


「なんでケンさんがこれを?」


 ノートだった。異世界でのノートではない。紛れもなく、日本でも使われていた一般的なノートだ。


「俺が持ってきたのか? いや違うよな。それなら……」


 一つの憶測が生まれる。それはこの一年間求め続けていたもので、出会うことのできなかったものだ。


「ケンさんも異世界人……!」


 頭の中の全てが繋がり、確信へと近づいていく。思えば異世界に来た時に助けてくれたこと自体からして不思議だった。なぜ見ず知らずの人を助けるのか。それもケンジードが異世界人ならば理由に説明がつく。同じ異世界人だったから、という理由だ。


 我を忘れ、ミズキはノートをめくった。一ページ、もう一ページとめくり進めていくが文字は現れない。ところどころ破られた箇所はあるが、使われた形跡は見られなかった。


「見つけたか……」


 不意に背後から声をかけられた。しゃがれた声、ケンジードだった。


「ケンさん、これって……」


「俺が王城で騎士をやっていた時に拾ったものだ。やっぱりミズキには見覚えがあるんだな」


 ケンジードの表情は言い表せないほど悲しそうだった。その顔を向けられてミズキは戸惑う。


「はい……」


「——そうか。それじゃあお前は部屋に戻れ。俺も仕事が忙しいからな」


「あの! このノートって……」


「また今度だ」


 強制的に話を打ち切られ、ミズキは口を紡ぐしかなかった。そしてそのままケンジードの言うとおり自室に向かう。足取りは重かった。


「もう九時か……」


 部屋に戻ってすぐに時計を確認し、初めて就寝時刻が迫っていることを知った。いつもなら眠気がやってくる時間だが、忙しすぎたせいか体はまだ起きている。


「————」


 またケンジードの部屋にあったノートと、彼の言葉が頭の中を駆け巡る。あのノートの持ち主は誰で、ケンジードは何を知っているのか。いくら考えても答えは出てこない。そうして頭を回して思い出したことは、


「あ、アカリの着物」


 記憶が途切れる前の記憶——心臓の疲労によってもたらされた気絶の前の会話が蘇る。着物を買いに行くだとか行かないだとかの話だ。


「まぁ頑張るか」


 ミズキは寝息を立てるルーナを一瞥して、押入れの中から布と裁縫道具を取り出した。


 ——それから七時間後。結局、ミズキが寝たのは朝の四時だった。

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