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二話 「唐突な幕切れ」

「何をぼーっとしてるのよ。早く私を雇いなさいよ」


 まるで郵便屋の店主の役割を果たしていないミズキを急かしながら、少女はカウンターを力任せに叩く。花柄の髪留めで横流しでまとめられた前髪が揺れ、その美貌を主張していた。


 ぱっちり二重の可愛らしい目は少女らしからぬ強さを秘めていて、小ぶりな鼻と口が可愛らしさを助長している。健康的な白い肌は育ちの良さを感じさせていて、彼女の容貌は誰の目から見ても美少女と評価されるものだ。——ただし胸に関しては控えめではあるが。


 だというのに細めた赤眼から鬼気迫るものを感じた。


「えーっと、多分やることないし意味ないと思うんですけど……」


「いいのっ! それで返事は!」


「……それに僕、女の人が苦手で……」


「嘘でしょ! あなたのいやらしい目を見ればわかるのよ」


 言下に少女の要求を否定するが、あらぬ罵倒を受けスイッチが切り替わる。


「誰がいやらしい目だって? こちとら爽やか系で売ってるんだよ!」


「爽やか系ですって? 笑わせてくれるわ。あなたが爽やかならあのゴブリンだって爽やかだと言えるわよ」


 ゴブリンの方が自分より爽やか。冗談なのか本気なのかわからない少女の言葉に心を浅く傷つけられながらも、負けじと反論する。


「ゴブリン可愛いだろ。なぁ? それと一緒だなんて光栄だな。それはそうと、あんた随分と自分が可愛いご様子で。ナルシストですか?」


「なるしすと? それはあなたの方でしょ! 女装なんてしちゃって!」


 和製英語を片言で話す彼女を見て、勝った気分になり少しだけ頬が緩む。もちろん意味など知らないようで文脈から想像するに女らしいという意味で使っているらしい。全くの見当違いだが。


「はぁ……女装じゃねぇよ! れっきとした、はぁ……仕事着だわ!」


「あなたも……変な仕事をしてるのね。はぁ……それが仕事着だなんて」


「————」


 利益のない論争はお互いの酸素不足で幕を閉じた。一人は仕事中に飲むために、と用意しておいた水で喉を潤し、もう一人はそれを羨ましそうに見つめていた。


 そしてステーキを食べるのに夢中のルーナを除いた部屋中の全員が、二人のやりとり遠巻きに見つめていた。


「……とりあえずこちらへ」


 基本的には人の目を気にしないミズキでも、さすがに今の状況では分が悪い判断し、少女をカウンターの内側に案内する。はたから見れば可愛らしい女性の要求を突っぱねる意地悪な男にしか見えまい。


「————」


 肩で息をしながら少女は近づいてきた。近くで見ると、美少女という評価はさらに盤石なものになる。そしてその美少女が自分の飲んでいる水を小動物のような目で欲しているのだ。分けてあげないわけにはいかない。


「飲みたいんだろ」


 あえてぶっきらぼうに水を渡し、反応を伺う。しかし少女に恥じらうような素振りは全く見られない。別にそういうことが恥ずかしくない、というよりは気づいていない様子だ。だからあえて教えてやる。


「それ、俺が口つけたやつだけど?」


「あっ……」


 ミズキの言葉で少女は硬直した。それでも目だけは必死に動かしてコップとミズキの口を交互に見比べていた。数秒後、


「べっ、別に、わたっ、私は気にしないからっ! お、男の人とだって、その、き、き……」


「大丈夫だ。その反応で君の今までの男性遍歴は伝わった」


「——っ!」


 声にならない呻きを上げ、少女は両手で顔を覆った。その仕草が予想以上に可愛くて、やりすぎたかなと自分の行動を反省する。そしてそのお詫びと言ってはなんだが、


「よし一旦部屋に行こうか。お互い名前だって知らないし、聞きたいことだってたくさんあるだろ?」


 と、周囲の視線から逃がしてやることにした。——ミズキ自身も逃げたかったというのは心の奥底に閉じ込めておく。


「…………」


 少女の沈黙を肯定だと捉えて、彼女を郵便屋に残してルーナの元へ。ステーキに夢中になっていたルーナもようやく食べ終えるといった様子だ。そんなルーナの頭を撫でながら、


「ちょっとケンさんのところで遊んでおいで。俺はちょっとやることあるから」


「あそんでいいのー?」


「もちろんだ」


「やったー!!」


 両手を挙げて喜ぶルーナの頭から手を離して、少女を迎えに行く。そしてそのまま無言で部屋の奥の階段を上がった。背後では大きな靴音を立てて少女がついてきている。あえて一度も振り返らずに部屋の前までたどり着き、少女を自室に案内した。


「……本題に入ろうか。なんでいきなり雇ってほしいだなんて無茶ぶりを?」


 部屋の真ん中に置かれた座布団に座って、ミズキは話を切り出す。テーブルを挟んで同じく座布団に座り込んだ少女はゆっくりと口を開いた。


「……私の名前はアカリ。あなたは?」


「……ミズキ。で、俺の質問に答えてくれない? なんで雇ってほしいなんて言ったんだ? 俺の記憶に間違いがなければアカリは一度も郵便屋に来たことないだろ」


 そう言いながら過去一年間の記憶を手繰り寄せる。顔を覚えるのは得意ではないが、少なくとも赤髪という特徴的な見た目ならば覚えているはずだ。それにアカリ、なんていう日本人らしい名前ならば忘れるはずがない。


 それでも覚えていないなら初顔ということだ。


「ないわよ。来たことがなかったら雇ってくれないわけ? あなたの郵便屋っていうのはとっても薄情な店なのね」


 この期に及んで口の悪さが光るアカリにミズキは嘆息した。正直な話、従業員を雇うことはここ最近検討していた。仕事の面に問題はないものの、食材の買い出しだったり、ルーナの面倒を見ることだったりが忙しいからだ。その点、女性であることは望ましいのだが——、


「本当に口悪いな」


「何よ。ミズキに言われたくないわよ」


「俺だってアカリには言われたくないね」


 毒舌女と薄情男のぶつかり合い。お互いに仕事仲間になるかもしれないというのに妥協という考えは頭になかった。


「まあアカリがしっかり働いてくれればいいんだけどさ。一応、お試し期間っていうことで雇うよ」


「本当に!?」


 ミズキは仕方ないといった風にアカリを雇うことを宣言した。その宣言にアカリは大喜びした。嬉しさを抑えられないというようにテーブルに手をつき立ち上がり、目を輝かせている。予想外すぎる反応だった。


「案外喜んじゃったりするわけ? ツンデレ美少女ってやつか」


「何をっ……! 別に喜んでるわけじゃない! それにつんでれっていうのでもない……と思う!」


「顔赤いけど?」


「——っ!」


 ミズキに指摘され、アカリはとっさに頬に手を当てる。そうして顔を背けてフリーズしてしまった。数秒、二人の間に沈黙が流れる。


「……いいわ。嬉しかったのは認めるわよ。ただミズキのためじゃないんだからね!」


「はいはい。ツンデレに拍車がかかってるのは無視しておくよ」


 振り返り、指を突きつけてくるアカリに、ミズキは両手を挙げて理解を示す。ただ最後の一節がツンデレの代名詞であることはあえて口にはしなかった。


「それでアカリの仮採用が決定したわけだけど、まずは服装をどうにかしないとな」


「私のドレスに何か問題でもあるの? 別に変ではないでしょっ」


 アカリは首をひねって豪華絢爛なドレスを隅々まで確認して、服装の変更を拒否した。たしかにアカリの言う通り変ではない。ただ、そのいい意味で目立つことが問題なのだ。


「一応、俺の郵便屋はこの服装を仕事着にしてるんだけど、アカリのは違うだろ?」


「たしかにそうだけど……。私のドレスだって目立つし、人集めには適してると思うわよ」


 ——私のドレス「だって」?


 その言い回しに違和感を覚えた。まるで自分のドレスの他に目立っている何かがあるような言い方。いくら異世界と言えども、基本的な言い回しに違いがないことは一年の間に確認している。ならば考えられる可能性は一つ。


「もしかして俺の服装って目立ってる?」


 たどり着いた結論をおそるおそる口にして返答を待つ。そしてアカリが口を開くまでさほど時間はかからなかった。


「当たり前じゃない。男なのに女みたいな格好してるし、それなのに顔が整ってるんだから目立つのは当然よ」


 予想外の評価。一年間の盲点だった。たしかに少し珍しいとは思っていたが、目立って当然だとは思いもしなかった。——それでも着物を仕事着として採用することはやめないのだが。唯一日本らしさを感じる着物と離れるわけにはいかない。


「それは置いといて。とにかくアカリの着物を買わないと」


「そうね。それじゃあミズキが買って来てもらえる? 私は待ってるから」


 唐突に傍若無人なお願いがアカリの口から放たれた。自分のものなのに人に買わせに行く。ましてや相手は雇用主だというのに、だ。


「いや、アカリがいないと服の大きさとかわからないだろ」


「いいわよ。ある程度合ってれば着るから」


「……どんだけドレスが好きなんだよ……」


 頑なに着物を着ようとしないアカリの意固地の強さに嘆息して、ミズキは膝に手をついて立ち上がった。


「ま、そこらへんは今日の夜に話すとして俺は仕事してくるわ。アカリは適当に部屋でくつろいでていいから」


「ちょっと……!」


 暇をもてあますことを知りながら、あえてアカリを一人にする。アカリに背を向けて部屋の外に出る。彼女の制止の声は意識的に無視をして部屋の扉を閉めた——はずだった。


「あれっ?」


 ドアノブに伸ばした手が動かない。それと同時に床が起き上がってきた——否、自分が倒れかけている。


 一瞬でいろいろな可能性が脳内をよぎる。朝食に何か入っていたのか。喉を潤した水に何か入っていたのか。もしくは背後のアカリが何かしたのか。違う、どれも違う。胸の少し左側、ちょうど心臓がある位置を激しい痛みが襲っている。これは。


「ちょっと色々重なっちまったな……」


 昨日の出来事を思い出して、ミズキの意識は暗闇に吸い込まれていった。


 ——最後にアカリの「大丈夫!?」という声を聞きながら。

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