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十話 「ミズキの勘考」

 ミズキの迷子騒動から数日が経ち、ミズキの心は——上の空だった。アカリを従業員に迎えた新体制にも慣れ、これという騒動がないにもかかわらず、だ。


「おやすみ」


「おやすみ……ねぇミズ——」


 アカリの呼びかけを遮るように自室の扉を閉めて、ミズキはベッドに倒れこんだ。しかし、すでに先客がいるため控えめではあるけれど。


「んん……ミズキ?」


「起こしちゃったか」


 控えめではあったが、起こしてしまったようだ。布団をかけて気持ちよさそうに寝ていたルーナが寝ぼけ眼でミズキの名前を呼んだ。だが、無意識にか意識的にかミズキの手を握って、再び眠りについてしまう。


「————」


 ミズキは無言で思考を巡らせた。いつもならルーナの可愛さに取り込まれて一緒に寝る場面だというのに、彼を支配していたのは一人の少女だった。


「花……」


 脳裏に浮かぶ愛おしい人の名前を呼び、懐に入っている手紙を取り出す。あの日、ミズキが少年を追いかけるきっかけを作った元凶とも言える、暗号めいた文が書かれた手紙だ。


 あの日、ミズキは誰にも悟られていない能力——文字に込められた思念を読み取る能力を使って、暗号文を解こうと思ったのだ。しかし、頭の中に流れ込んできたものは見知った顔が笑顔を浮かべている映像だった。


「どこにいるんだよ……」


 異世界に来る二年前、花が攫われた日のことを思い出す。あの時、花を助けられるのは自分しかいなかった。それなのに心臓の病気にかまけて、易々と花を連れ去られて——結局、花は戻ってこなかった。その日ミズキの唯一の妹は姿を消したのだ。それなのに。


 思念の中で花は確かに生きていた。ミズキの記憶の姿なんかではない。花は成長していて、変わらぬ笑顔を浮かべて息をしていたのだ。それもこの異世界で。


「何かを知ってるとしたらあのガキンチョだよな。どうにかして次は捕まえないと……ってまた来るのか? もう会えないって可能性だって……」


 独白を漏らし逡巡するが、花に関する情報は思念以外には得られない。何かを知っているとすればあの少年だけだが、もう一度会う術はない。他に手がかりがあるとすれば——、


「ノナ、か?」


 突然現れ、瞬く間に姿を消した少女の姿を思い浮かべる。絶対に手紙に関係がある、とは言い難いが、彼女の言葉や態度を考えれば何か知っていてもおかしくはない。——ただし、こちらも会う手立てなどないのだが。


「ちょっといいか?」


 勘考するミズキに、扉の向こうから声がかけられた。威厳を漂わせる、聞き慣れた声——ケンジードだ。


「はい」


 ミズキは惜しむようにルーナの手を離して、部屋の真ん中に敷かれた座布団に腰を据えた。それに倣って静かに扉を開けて部屋に入ってきたケンジードも、座布団の上であぐらをかく。


「ミズキに話があるんだが……」


 そう言いながらケンジードは体の陰から異界の物を取り出した。


「これについて話しておこうと思ってな」


 机の上に置かれたそれは異様な雰囲気を放ち、ミズキの好奇心を駆り立てる。見慣れているはずなのに、異世界においてはその存在感は形容し難いものだ。


「ノート、ですか」


「あぁ。この前ははぐらかしたからな。俺が知ってることくらいは話してやろうと思ったんだ」


 あれはアカリの採用が決まった日のことだったはずだ。ケンジードの部屋で見つけたオレンジ色のノート。中に何かが書いているわけではなかったが、その存在はミズキにとって大事なものだった。


「あの時も言ったと思うが、これは俺が騎士をやっていた時に拾った。王城の廊下に落ちていたんだ。もちろん持ち主がどこにいるかはわからない、王城に落ちていた理由もわからない」


 ケンジードは事実だけを淡々と語る。そうしてケンジードは「最後に」と前置きをして、


「何かを思い悩んでるみたいだが、自分を見失うな。アカリさんも心配している」


 優しい声音だった。それなのに、その言葉には強い意志が宿っていて、ミズキにここ数日の自分を思い出させた。意識的ではない、それでもアカリに対してもルーナに対しても冷たく接していた。仕事もただこなすだけで、食事もただ料理を口に運ぶだけ。心配されるのも当然だった。


「しっかり休め。——ミズキは一人じゃない。俺もルーナも、今はアカリさんだっているんだ」


 そう言ってケンジードは部屋を出て行った。足音はやがて聞こえなくなり、部屋に静寂が立ち込める。静けさの中でミズキは何を思い悩んでいたのだろうかと、小さく笑った。


 花が異世界にいるかもしれない。ミズキと同じ異世界人がいるかもしれない。それは大切なことで、いずれ突き止めなければいけないことだろう。だけど。


「もう寝るか」


 ミズキは立ち上がり、布団の中に潜り込んだ。お風呂は明日の朝にしよう、そんな怠惰な感情を胸に目を閉じる。


 自分の周りの人をないがしろにしてまで、急ぐことはない。まずはルーナを養うことが第一で、ケンジードに恩返しをすることが第二で、アカリと共に楽しく生活することが第三で。いや、アカリが第二だろうか。


 そんな細かいことを考えながら、寝息を立てるルーナの手を握る。わからないことがたくさんあって、知りたいことがたくさんある。だからこそ——今を大切にしなければいけない。


「ミズキー……」


 意識が途切れ途切れになり始めたミズキの横で、ルーナが可愛らしい寝言をこぼした。

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