第二章
救世主になるのは、何も髪と眼の色が伝承通りになっていればいいものでは無いのだ。と、リュウさんは告げた。
はっきりとした色合いの髪で産まれてくる事が主流なこの星では、灰色のようなぼんやりとした色を持つのは滅多にない。
だが、別に産まれてくる事が稀なだけであって、救世主以外にも灰色の髪と眼を持つものは居るには居るのだとか。
「余り民衆には知らされていないが、救世主には神からの祝福の印として紋章が浮かぶ事があるのだ。」
そう言われたとき、思わず肩をビクッと反応してしまった。
僕の左胸には、赤いバラが咲き誇っている。
比喩ではなく、毒々しく咲くバラの痣が、気づいた時には既に左胸に当たり前として其処にあった。
僕は昔からこの痣が恐ろしくて堪らなかった。
まるで、バラが心臓に根をはり寄生して、僕生命の欠片を吸いとってしまうんじゃないのかと。
馬鹿げた話だ話だと笑い飛ばせばいいのに、なぜか出来無かった。
肌が異常なくらい青白くなるのと対照に、年々バラが大きく、血のように紅く見えるから。
そんな忌々しい痣が、祝福の印?
「仮に本当に救世主だったとしても、僕には魔素を打ち払う能力なんて持ってないですよ。」
「それは大丈夫だ。救世主としての力を魔石で人為的に覚醒させる。」
そして、懐からそっと取り出されたのは、一本の青いバラ。
一見普通のバラと大差なく見えるが、じっくり見てみると、それが精巧に形作られた鉱石だという事が解る。
「これは…?」
「魔石だ。空気中に浮かぶ魔素を精製し、純度の高い魔力だけを鉱石に錬結したものをそう言う。一言付け足すと、魔力に適性が無いものが使うと一日寝込むことになる。」
それは本当に僕が使っても大丈夫なのだろうか…?
漠然と不安を抱えたままリュウさんの言う指示に従う。
まずは魔石を両手でしっかりと握り、神へ懺悔する様な姿勢をとりながら、目を閉じる。それからは魔石へと思考を流し、ただひたすら祈るだけ。
怖いと思う。救世主なんてもの、僕には役が有り余り過ぎて、とてもじゃ無いけど、使命なんて果たせないのではと思ってしまう。
それでも、もう後には退けなくなってしまった。なら、僕はもう願うだけ。
(何処かに居る神様。どうか僕に力を貸さないで下さい。まだ、星を救済するなんてことは漠然としすぎて、僕には到底出来そうにありません。英雄になんて成りたくないんです。普通に生きていきたいんです。)
そう願った瞬間、猛烈に身体が熱くなった。ごうごうと燃える炎の中に突然入れられたような痛みが全身に広がる。
もしかしてこれは理に逆らった僕への神の罰なのか。と、全身に冷や汗を滝のように流しながら考えた。
気の遠くなる様な激痛の中、何とか意識を保たせて薄目を開くと、猛烈な光が辺り一面に輝いていた。
思わず痛みも忘れて見惚れていると、だんだんと痛みが遠のいて来るのが解った。
安堵して、ふうっと一息ついて立ってみると、シュルシュルと何か細いロープ状の何かが腕や脚に巻きついている感覚がある。
疑問に思ってふと身体を見てみると、蔓のようなものが、左胸の痣から全身へと巻き付くように伸び、腕や脚には新しい赤いロープの様な痣がまるで逃がさないとでもいうように巻きついていた。
「成功だな。」
リュウさんの方を向いてみると無表情ながらも、僅かに高揚した様に、こちらを見ていた。
「どうやら伝承通り、魔素治癒魔法が使えるようだ。」
そう言い、周囲を見てくれと呟く。
頭にハテナマークを浮かべながら相手に伴ってあたりを見渡すと、あんなに薄暗く見えるぐらいあった魔素が、忽然と姿を消していた。
「さっきまであった魔素は何処に?」
「先程お前が力を覚醒させた時に、無意識に魔法を使ったのだろう。光とともに消え去った。」
唖然とした。力など要らないと願ったから、罰としてあんな痛みを受けたのだと思っていたのに。
結局力を覚醒してしまうなんて……。
どうして僕なんだとか、英雄になりたい人がなればいいのにとか、余りにも理不尽過ぎないかとか、いろいろ罵倒したい気持ちはあるのに、どうしても喉の奥に留まって言葉を吐き出せなかった。
「これから僕はどうなるんですか。」
やっと呟けた言葉は、か細く震えてて、これから星を救う救世主にはやっぱりとても思えなくて、凄く惨めだと自分で思って泣きそうだった。
「十八歳になったら、この星を救済してもらう。」
十八歳に救済をする儀式をするのが歴代の理なのだと、リュウさんは言った。
魔素治癒魔法と、救世主の資料として魔師団の研究に協力するのは決定事項だが、それ以外の時間は妹や友人と一緒に暮らしていくことが出来ると。
普通の暮らしが出来ると。
だが、救済しようがしないくても、十八歳になったら必ず死が訪れると。
その紋章は神の祝福とともに、呪いがかけられているのだと。
「この星のために、死んでくれないか。」
そう一気に言うと、ただただ頭を下げ続けていた。
死んでくれ、そう言われたとき、胸をナイフで切り刻まれたような衝撃が走った。
たった今、僕の命は紙より脆く、薄っぺらい物なのだと言外に決められた。
何が神の祝福だ。紋章なのではない、僕の運命を狂わせる呪いの痣なのだ。
年々紅く、大きくなっていたように見えたのは、見間違いなどけして無かった。
この醜い痣が、僕の生命を奪っている様に思えたのも、間違いではなかったのだ。
力を覚醒させた事によって増えた痣は何時か全身に広がり、やがて、生命を搾り取ってしまうんだろう。
僕はどう足掻いても十八歳に死ぬ。
死期が早まっただけじゃないかとか、この世の為になる使命を果たすことが出来るとか、何もそう悲観することじゃない、と頭ではいくらでも思考出来るのに。
改めてその事実を確認できた事による心は、ただただ深い絶望の海に呑み込まれていく。
その時僅か齡八、アキヤは小さく、だが確かに、救世主という枷を施した世界やひいては神に、怨みを抱いたのだ。
青いバラの花言葉は神の祝福。
この魔石は代々救世主が使ってきたとても貴重な物です。