城下町
大きな国の地中から突如としてやってきた■■■の出現により国は二つに分かれ、大陸が計三つとなってしまった。
地理が分断された影響によりここの国民は混乱が生じた。被害は過去最大となり、後に語る歴史の中に今も尚これ以上の災害はないとされるほどはないとされた。
「くしゅん!」
蟹型の魔物を迎撃した夜。
鼻水を垂らして見事に風邪を引いたのはリスティだけだった。
川から大分遠くまで歩き、焚き火を焚いて濡れた姉の服を乾かしながら自分の上着を何も身につけていない彼女にかけてあげていた。
「何故だ……何故私だけ……」
「ねーさんだけ全身に水浴びたからだよ」
弟と妹は足しか浸っていなく、水飛沫が若干付いただけで服を乾かす必要がないほどだった。
「理不尽だ……私が一番活躍しただろ……くしゅん!」
一向に止まらないクシャミにうんざりとしているリスティだったが、ここでスクラビンはようやく先ほどまでの疑問をぶつけられることができた。
「…………あれって、何……?」
あれ、と言われてメルヒオルはハテナを浮かべたが、リスティは鼻を啜ってから答えを言った。
「"力"っていうらしい……私のはどんなものであれ、この剣で斬るとなんでも斬れるんだ」
実際本当に二人が斬れなかったあの鋏をいともたやすく斬ったのでこのことは本当なのだろう。その"力"があれば百人力といってもいいのだが如何せんそれを使うのはこのリスティなのだ。宝の持ち腐れとはこのことだった。
"力"の名前はあの森で襲われた時に聞いた言葉だった。
「名付けてくしゅん!……"斬り裂き魔"」
「…………"力"? "斬り裂き魔"?」
リスティの命名にはツッコまず、あまり納得した様子ではないスクラビンだったが、これだけはそうとしか言いようがなかった。
「知らない間にそうなったんだ。私の方が知りたいことだ……くしゅん!」
静かな夜の平原に彼女のクシャミが響く。さすがにもう寝ると言って早めにリスティは眠りにつこうとする。
しかし度々クシャミをし、安眠の妨げとなってなかなか眠れない日となった。
翌日。
「頭痛が痛い……」
「頭痛いじゃないの?」
風邪が治るどころか悪化し、顔を赤くしてその症状具合を二人に訴えかける。
妹はメルヒオルに渡された乾パンを齧りモグモグしていた。弟の方は割と日常茶飯事のことと思っているので大して心配などしていなかった。
「今にも泣きそうだ……」
パーティーメンバーの冷ややかな態度に瞳に涙を溜めて落ち込んでしまっていた。
「でもねーさん、いもーとが言うにはもうすぐシロってところに着くらしいけど」
昨晩、姉が眠った後二人で少し会話をし、次の目指す場所のことについて話していたのだ。
名前までは忘れてしまってものの、城という単語だけは覚えていたことに姉は驚いていた。
「まぁ、確かにこの先に"ナイボル城"があるが……ブぇくしゅん!」
大きなクシャミをかまして答える姉。"ナイボル城"というのはこの大陸、"ルーボイ"の最大の城が建てられている街である。
そもそも"ルーボイ"には二つ大きな街がある。"ナイボル城"に"ゴーラ国"と呼ばれている。前者は主に兵力を目的とした施設であり、要塞としての異名を持っている。一方後者の方は政治的な場所であり、"ナイボル城"の兵器を動かす為の国でもある。何故その役割を二つに分けるのかと言うとどちらが片方がなんらかの理由で崩壊した時に、残った方だけでもやりくりができるという訳である。
場所も西側と北側にそれぞれ陣取っており、その間にはだだっ広いあの"死体の森"が存在している。
「あそこは城下町も確かあるよな……よし、行くかブぇくしゅん!」
朝ごはんを食べる食欲がないまま乾かしていた自分の服を着ている時、あることに気付いてしまった。
「…………思ったんだが、身体冷えてるのに外で裸も同然の姿で寝てればそりゃ悪化するよな」
「いもーとはねーさんが寝てる時に気付いたって」
「多分起きてただろうから言ってくれよ……」
リスティのクシャミの音が定期的に鳴り続きながら三人は"ナイボル城"を目指す。
本来通るべきあの橋からの道に一旦戻るのだが、こちら側にいるはずの騎士たちに気付かれないように橋から遠く離れてから軌道修正をする。
時折弟と妹が話しをするけれど、姉は強くなった風邪の病と長期に渡る戦争を繰り広げていたため参加することはなかった。
そろそろメルヒオルの背中が鼻水と涎で溢れかえりそうになった時にようやく城の門が見えてきた。
「見えたよ、ねーさん」
「……おー……ブぇくしゅん!」
既に半分意識が飛んでいるリスティは返事も曖昧になっていた。さすがにこんな状態になるとは思っていなかったため、二人は心配して様子を伺った。
「…………大丈夫?」
「……おー……ブぇくしゅん!」
とうとう同じことしか言わなくなったため、割と急いで門に向かった。
"ナイボル城"の周りは城壁で囲われており、その外側に城下町が広がってまた高い城壁で覆われている形で建設されていた。城壁は二つとも一箇所にしか入口が存在しなく、壁を伝って登ることは不可能だった。
更に見張り台も建てられているため、何か異変があればすぐに伝達できるような仕組みとなっている。
そんな城壁の入口となっている門に三人は歩いて行き、その門の両端に立っている騎士たちに何も言われることなく今度こそ素通りできて入ることに成功した。
みんなの身の丈を軽く越えるほどの門を通った先には視界一杯に街が広がっていた。
先ほどまで歩いていた広大で静寂な大地とは別にこちらは賑やかな声があちらこちらから聴こえてくる。活気があるだけでこんなにも印象が変わるものだった。
更に目にしたことがないほどの高い建物があちこちに建っており、空が真上を見ないと見れなくなっていた。
メルヒオルから見ればこんな光景を見たことがなく、しばらくの間呆気に取られてしまった。
「ブぇくしゅん!」
相変わらずの姉のクシャミだったが、それがきっかけでようやく我に返ることができた。
「えーっと、休める場所は……」
「…………あっち」
弟が街に見蕩れている間に妹は宿屋の看板を見つけ出し、そこに案内するために先頭を歩く。
街には人だかりがあり、その人達の間を通っていかなければ宿屋に辿り着けなかった。
しかしスクラビンはちゃんと避けながら歩くがメルヒオルの方は容赦なく色んな人にぶつかっていた。
「ちょっとどこ見てんのよ!」
「アンちゃんきーつけろ!」
「前見て歩け!」
怒号が背中に降りかかるが自分には全く関係のないことだと思い無視していた。
ぶつかりながらもたどり着いた場所は三階建ての建物だった。外に看板があり、宿屋と書いてあるため間違いなさそうだった。
早速二人はそこに入るものの、どうしたらいいのかメルヒオルにはわからなかった。勝手にしてはいけないと思い、ただ立って妹の方を見る。
だがその妹は既に店の従業員と思わしき人に話しかけていた。
「…………三人。明日まで……」
「かしこまりました」
意外にも手慣れた感じで店員と対応したため、何もわからないメルヒオルにとってはちょうどよかった。
受付が終わり、スクラビンが鍵を手にして姉弟の元に帰ってきた。
「…………三階。こっち」
泊まれる場所を店員から教えてもらったスクラビンを先頭に、宿屋の階段を登っていく。
「泊まったことあるの?」
先ほどのやりとりを見てたメルヒオルが前を歩いている妹にそう訊いてくる。彼女は少しだけ首を傾げて今更ながら自分の行動に謎を覚えた。
「…………なんでだろ」
それにはメルヒオルも答えられず、ただただ疑問が残るだけだった。
特にモヤモヤとした気持ちもないまま指示された部屋に無事入れることができた。そこは三つベッドがあるワンルームで、シャワーとトイレが一緒となっていて男女関係ないといった部屋であった。
そもそもそんなことを気にしていない二人はこの部屋に嫌な顔をせずに十分満足していた。
「ほらねーさん、おろすよ」
ずっと弟の背中にいた姉はようやくしばらくぶりの布団に身体をあずけられることになった。よくよく見てみれば彼女の顔は赤く、呼吸も早くなっていて今朝よりも苦しそうになっていた。
「いもーと、とりあえず濡れた布持ってきてくれる?」
こんなに症状が悪化していることはメルヒオル自身数回程度経験しており、いつものように治せば大丈夫だろうと軽い気持ちで挑んでいた。
手伝いを任せられたスクラビンは小さく頷きながら適当に部屋にあった布を洗面所に持っていき、水で十分に濡らしてやってきた。
「ありがと。次は風呂用意してきて」
濡れた布を受け取ったメルヒオルは次の指示を妹に託す。それにも彼女は首を縦に振り、再び洗面所へと戻っていった。
残った彼はせっかく横になっている姉の身体を上半身だけ起こし、肌が見えるように彼女の服をはだけさせた。
「風呂入るから脱がせるよ」
「……ブぇくしゅん!」
クシャミで返事をする姉だったが、その表情はボーッとしており、早く休ませてあげた方がいいと判断してメルヒオルはとりあえず彼女の顔を丁寧に拭き始めた。
汗が大量に吹き出ており、頑張って治そうとしている証拠だと思いスクラビンのことを待った。
「でも風呂入らせない方がいいのかな」
今思えばとっとと汗を拭いて寝かせた方がいいのでは、と考えてしまい、妹の行動は無駄になったかなと心の中で謝ってから姉の身体を拭き始める。
相変わらずのやせ細った身体に人のことを言えないが弟は心配になっている。病気って大変なんだなと他人事のように感じていた。
「…………できた」
姉の身体が拭き終わったのと同時にスクラビンの風呂の用意が終わってしまった。
テクテクと戻ってきた妹に申し訳なさそうにメルヒオルは素直に謝った。
「ごめん。やっぱりこのまま寝かせるよ」
「…………うん」
特に残念そうなこともなくあっさりと許したスクラビン。せっかく沸かしたのだから入ってくればとメルヒオルが薦めてみるとまたしても彼女は肯定した。
反論をしないけど大丈夫かな、とその後ろ姿を見ながら実際他人事ではない彼に思われてしまっていた。
と、姉の少し不安定な寝息が聴こえてきた。やっとぐっすり眠れる彼女を見てメルヒオルにも途端に眠気が襲いかかってきた。姉ほどではないが彼も慣れない旅のせいで疲労が溜まっていたのだろう。
せっかくだし、と少しだけ眠ろうとメルヒオルも空いているベッドに横になった。
睡魔は容赦なくメルヒオルを襲い、瞬く間に眠りにつかせてしまった。