三人旅
しかし、歴史を変える出来事は突然やってきた。
「…………」
襲いかかってきた蟷螂型の魔物を一刀両断する彼女をリスティは腕を組んで見ていた。片目を眼帯で塞いでいるのにも関わらずその正確な剣筋を繰り出す彼女の隣には、同時に斬りかかっていたメルヒオルの姿もあった。
ついこの前殺し合いをしていた二人とは思えないほどの強力なタッグだった。
「いつも思うが流石の抜刀だな、スクラ」
スクラと呼ばれた彼女ーーースクラビンは細身の剣を腰に差してある鞘にしまう。スクラビンとはリスティが与えてくれた名である。
新たな仲間として姉弟と一緒に旅をしていくからには名前が必要だということで自分の本名を知らない彼女にあげたのだ。生まれ変わった彼女という意味合いも込めての命名だったため、考えるのには時間がかかったが。
スクラビンの名が決まった時には彼女もどことなく嬉しそうにし、自分の新しい名前を小さく反芻するほど気に入ってくれた。
現在、三人がいるところは"休憩所"より先を歩いている。"休憩所"に一旦立ち寄る意見もあったが、リスティがそれを断った。スーニャに会いたくないという理由でだ。
それで朝一番に"死体の森"を出て"休憩所"に寄らず歩き続け、世界が沈む太陽によって赤く染まり始めてきていた。
「ねーさんはいつになったら戦ってくれるんだ?」
いつも遠巻きに見守っている姉に向かって、その腰に差してる刀は飾りかと言わんばかりに弟が問いかける。
「タイマンだったらやるさ。一対多数だと体力的に無理だ」
まだ私の戦う時ではないとでも言うように姉は言い返す。
すると今度は何を思いついたのか弟がある提案をしてみる。
「じゃあ一対一の状況でずっと戦えばいいじゃん」
「お前らならできるかもしれないが、私に死ねと言ってるのか?」
当然の如く一蹴されたが。
そんな姉弟のコントのような掛け合いを遠目でスクラビンは見ていた。会話に入ろうともせずただ黙っていた。
メルヒオルの無理を通して仲間になったものの、ぎこちなさや気まずさといったものはないがまだフレンドリーに話してきていない。いつもボーッとしており本当に起きているのかと疑うくらいに無言で無音だった。
ただ唯一会話に入ってきたというより話を振ったのが、
「…………スクラも、ほしい」
急に隣に並んで歩いているメルヒオルに向けて声をかけてきたのが発端だった。
「何が?」
話がわからずメルヒオルが聞き返す。さすがにリスティでも単語の少なさに察することができなかった。
「…………名前」
「名前? スクラビンじゃやっぱり嫌だったのか?」
フルフル、とメルヒオルの言葉を否定する。そして姉弟を交互に見て何か言いたそうに口をモゴモゴとする。なんて言えばわからない様子だった。
そこで姉はやっと彼女の言いたいことが理解できた。
「お前が私を呼ぶ時みたいな名前がほしい、のか?」
コクコク。首を縦に振ってリスティの正解に辿りついた答えを肯定する。
「あー。ねーさんって感じの名前がほしいんだ」
「正確には、あだ名というらしいがな」
ワクワク、といった様子でメルヒオルに期待の眼差しを向ける。
そう言われてもなぁと何もない空中を見て考える。ねーさんと呼んでいたのはいつからだったのかを考えていると背中にいるリスティが助言をした。
「妹っぽいからそこからいじればいいんじゃないか?」
「妹……いもーと?」
適当にそう呟き、さすがにこれはないと思いながらもチラッとスクラビンを見てみる。
すると彼女はその言葉を待っていたかのような喜びを無表情ながらも表した。
「いもーと」
「…………うん」
「いもーと」
「…………うん」
どうやら気に入ってくれたらしい。まるで主人に好意を寄せている子犬のように見えた。尻尾を元気よくフリフリと振っている幻覚まで映った。
それ以来スクラビンとは姉弟共に話していない。
「そろそろ休むか」
日も完全に落ちる前にリスティは歩いている二人に提案した。断る理由もない二人は頷いて三人が落ち着いて休める場所を探した。
しかしここは平地のど真ん中で、木がポツリポツリと立っているだけで何もないようなところだった。
「何もないね」
「まぁ雨や風さえなければ大丈夫だろう」
そう言って舗装されている道から外れ、少しその道から離れた草原で野宿をすることになった。
「そう言えばスクラ、お前一人の時はどうしてたんだ?」
弟の背中から降り、一人旅慣れをしているはずのスクラビンにこういった時どうしていたかを訊ねてみる。
しかし彼女は首を横に振ってリスティの期待を裏切った。
「…………何も、してない。ご飯も……あんまり、食べてなかった」
「じゃあまともに飯を食べたのは今日だけだったのか?」
信じられないと顔に表してリスティは驚く。早朝出発する前に一旦腹ごしらえといって余っていた魔物の肉を焼いて食べたのだ。
彼女の言うことが本当なら既に死んでもおかしくはないのだが。
「…………草とか、適当に食べた」
成長期のはずの彼女の成長が途端に心配になったリスティはこいつにだけはちゃんと食べさせようと決意した。そもそも彼女の年を知らないのだが。
「ならスクラ、魔物を倒して持ってきてくれ。食料はたくさんあった方がいいからな」
「…………わかった」
何も反論せずにスクラビンは魔物を狩りに一人で向かおうとする。
その背中をメルヒオルが追おうとするも姉に呼び止められた。
「お前は私と待機だ」
「でもいいのか? いもーと独りで」
彼女がこちらの声が聞こえない距離まで遠のいて初めてリスティは自分の今思っていることを口にした。
「いいか? こういうことはスクラだけにしてくれ」
「こういうことって?」
「はぁ……他人に興味を持って仲間にしようとすることをだ」
もしスーニャと仲良くなっていたらと思うと姉はゾッとしていた。あんなやつと共に旅をするなんて真っ平御免だからだ。
でもさ、と弟はそんなことを思っている姉に反論する。
「色んな事に興味を持てって言ったのはねーさんだろ?」
「確かに言った。だがそう安安と仲間に加えない方がいいぞ」
スクラビンのように正真正銘何も考えていなくただ無心な彼女だからこそうまくいっていると言っても過言ではない。スーニャのような何を考えているかわからない方が世の中普通なはずだ。
「背中から刺されることだってあるんだ。少しは警戒心を持て」
あまり姉の言っていることがわかっていないメルヒオルはただ、ふーんと一言で片付けて火を起こそうと前から拾っていた枝を並べる。
「なんか難しいね」
適当に並べて重ねた枝に、そこら辺に落ちてた石を使って火花を散らす。うまく火がつき、次第に炎となって周辺を照らし始めた。
「難しいさ。色々と考えなきゃいけないからな」
「親、見つかるのかな」
「見つけてみせるさ。必ずな」
先が不安になりつつあるメルヒオルだったが、リスティは諦めないといった感じで宣言する。
と、ここで噂のスクラビンが狼型の魔物の死体を二匹引きずって帰ってきた。
「おかえり」
「じゃあ食べるか。腹が空いてる」
「ねーさん今日動いてないのに?」
その魔物の肉を切って焼いて食べるという料理もへったくれもないことをして三人は食する。
「地図によるとこの先は川があるな」
「川ってあの森にあったようなもの?」
「それよりは大きい。浅いところがあってそれを渡るかたちになるな」
「じゃあいもーとはそこを通ったことあるの?」
「…………ある。冷たかった」
「裸足じゃあそうなるよな。ところでどんなところだったんだ? 魔物がたくさんいるとか人はよく通るとか」
「…………魔物は、ここと同じくらい。人は……見なかった」
「それだとあまり立ち寄らない所なのか、あるいは別の道があるのか」
「…………橋、あった。でも……使えない」
「どうしてだ?」
「…………鎧を着た人が、立ってた」
「なるほど。この地図に載ってないのにあるってことは最近作られたのか、はたまたその橋は国の奴らしか使えないのか。いや、そもそもお前は狙われてたんだっけな」
「…………うん」
「だったら一応通れる可能性もあるのか。それに、スクラの正体がわかるか試してみたいしな」
「もしわかったらどうするんだ?」
「逃げるさ。私らも指名手配犯になりたくないからな。その時は上手いことスクラだけ逃げてくれ。あとで合流しよう」
「…………うん」
「俺たちはどうするんだ?」
「何か聞かれるかもしれないが、私に任せろ。お前は黙って私の言うことに従ってくれ」
「わかった。それはねーさんに任せるよ」
「決まりだな。あとは仮にスクラの正体がわからずなんらかの理由で橋を渡れなかったらのことだが」
「…………通った場所、多分わかる」
「スクラを先頭にして進む。この川がどれほどのものか私は知らないから任せるぞ」
「…………うん」
夕飯も食べ終わり、お腹が満たされた三人は睡眠を摂ることにした。結局旅に出るまであまり寝ていなく、弟の背中で昼寝をしていたリスティはともかく彼は普通に疲れていた。連続で歩きっぱなしの戦闘続きで休憩もろくにとっていないからだ。
「メルヒはとっとと寝て休め。お前が使えないとなると困るのは私なんだから」
「はいはい」
姉の我儘なところはいつものことなので目を瞑り、その言葉に甘えて一足先に横になった。するとすぐに規則正しい寝息が立ててきており彼の疲労がどれほどのものだったのかを物語った。
「どこでも寝れるのかこいつは……お前も寝たらどうだ? 見張っててやる」
眠っている弟に呆れながらも他意なくスクラビンに休むように言うが、彼女は首を振って断る。
「…………眠くない」
「あまり寝てないのはお前も同じだろ? こいつがこんなに疲れてるのにお前が眠くないわけないだろ」
確かにメルヒオルは自分の武器と荷物と姉を持ってここまで歩いてきたため違うかもしれないが、それでも寝れないなんてことがあるのだろうか。
しかし彼女は強情を張ってるわけでも遠慮していることもなく、本当に寝れない様子のようだった。
「…………三日くらい、休まなくても平気」
「身体壊れてるんじゃないのか?」
思わずそう言ってしまったリスティだったが、スクラビンは特に気にした様子もなく夜空を見上げる。
明かりが炎以外ないため、小さな星々まで見えてそこらじゅう埋め尽くされている光景だった。
リスティはその光景を珍しいと思わなく、見慣れているものだと感じていたが彼女は逆だった。
「星なんか見て楽しいか?」
「…………見たことなかったから」
この辺で暮らしていればいつでも見れるのだがスクラビンは放浪者でもある。あまり見ない光景なことには変わらなかった。
「……まぁいいさ。私も付き合ってやる」
元より眠れないことはリスティだって同じことなのだ。折角女子二人だけの時間であるため無駄にはしないようにした。
こうして、リスティが眠くなるまでずっとスクラビンは彼女の相手をさせられた。一人の時間が減ったことには少しだけ残念だったものの悪い気もしなかったのだが。