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死にたがりの殺人犯

 一つは小さな大陸で、もう一つはその小さな大陸の倍以上の大きさの領土を持っていた。

 その二つは海を渡って貿易を交わし、仲良く交流していた。




 わざわざ外の出口まで見送ってくれた店員に感謝しながらも姉弟は家がある"死体の森"へと踵を返すような形で向かって行った。

「しかし、まさかあの森が"死体の森"なんて云われていたなんてな」

 相変わらず弟におぶられることに抵抗がない姉は彼の背中にいながら会話をする。

 メルヒオルもその事実に驚きはしたものの、驚いただけでそれ以上は何もなかった。

「そうだね。死体が色んなところにゴロゴロ転がってたからそれのせいかな」

 その光景を嫌というほど見てきたメルヒオルにとってその呼び名は納得のいくものだった。

「詳しく訊いてみたらあそこは死体遺棄場の代わりでもあるらしい。今考えてみればそんな物騒なところによく住んでいたな」

「確かに。なんであそこにずっと住んでたのかな」

 それはお前のせいでもあるがな、という言葉を喉元で留めた。確かに何度かここを離れて別の場所で暮らすという手を考えたことがあった。しかし姉以上に何も知らない弟を何もわからない世界に連れ出すことに勇気がいることもあり、こうして決断するまで時間がかかったのだ。

「そんなことより、もたもたしてると誰かに指名手配犯をとられるからなるべく急げよ」

「ねーさん下ろしたら早く着くけど」

「私が野垂れ死になるがお前はそれでいいのか?」

 だんだん自虐からネタに変わりつつある姉の体力の無さに弟は苦笑いをするだけだった。

 "休息所"から歩いて数時間。来る時とほぼ同じ時間で森に帰ってきた。

 しかし既に太陽は地平線に沈みきっており、満月が暗い夜の闇を淡く照らしていた。

「夜の森で探すの?」

 そのことが如何に大変なことかを知っているメルヒオルは背中で考え事をしている姉に問いかける。

 一晩待つべきではないか、そう弟が提案しようとするとそれを遮るように姉が決定事項を述べた。

「このまま探すぞ」

 予想はしていたことだが、いざ言われてみるとそれは難しいことだと考えずにわかることだった。

 でも姉にとって何か考えがあるかもしれないと長年の経験で感じているメルヒオルはそれを否定せずに肯定した。

「いいけど、魔物も多いよ」

「何、その戦闘の音で向こうからやってくるかもしれないだろ?」

 その逆も然りということを口には出さずに思うメルヒオルだったがもたもたしていると時間だけが無駄に過ぎるため、姉弟は行動を起こした。

 静かな夜の森に響く足音とかき分けるられる草むらの音。それらがこの森全体を包み込むようにして広がっていく。

 なるべく音を出さないようにしているものの、そもそも他に音を出してくれるものがないため簡単に響き渡ってしまう。

 偶然にも魔物と遭遇することなく、目的地もなく彷徨うように歩いたその先にはこの森の象徴とも言えるあの大樹があった。

 月光が枝と枝との間から差し込み、畏怖の具現化であるはずが不思議と神秘的な佇まいで姉弟の瞳に映った。

「そこに誰かいる」

 大樹の絶景に目もくれずに暗闇に目が慣れたリスティは警戒した口調でメルヒオルに告げる。彼もまたその人影に気付いたようだった。

 ズンと根を降ろしている大樹の根本に死体ではない一人の生きた人間が静かに膝を両手で抱きしめてもたれかかっていた。

 月明かりの光によってわかることは、ボロボロになった囚人服のような衣類しか身に着けていなく手入れをしていない伸びきっている藍色の髪。そして長すぎる前髪から覗く瞳はまるで生気のないように見て取れた。傍らには二つの剣があり、片方は珍しいカタナでもう片方は二人が見慣れた片手で振りやすい細身の剣ように見えた。

 スーニャの言っていたこととほとんど一致しておリ、リスティの中でそこにいる人物が指名手配犯だと確定した。

「あいつが目的のやつだ」

「わかった」

 メルヒオルは姉と荷物を下ろして大鎌を構えて戦闘態勢に入る。彼女は戦闘には参加せずに弟の背中を見守る。

 一歩ずつ間合いを確かめながら近付くメルヒオルだが、それに比べて指名手配犯は何もしてこなく、こちらに気付いていないようにも見えた。

 その不動が不思議に思えたメルヒオルは迂闊に手が出せなかった。既に相手は臨戦態勢に入っている可能性もあるため余計な行動はすべきではないと判断したからだ。

 少しの間様子見をしていたメルヒオルは相手が何もしてこないと予期し、一歩踏み込んで手にある得物の振りかざそうとした時、

「……し…………れる……」

 聞き覚えのない小さな声が聞こえてきた。

 それは勿論彼自身が発したものではなく、彼の姉も発言したものではない。

 だから自然と彼の目の前にいる彼女に視線が移る。

 すると彼女は座っていた身体を起こし、二つの剣を器用に左手で持ってメルヒオルを見た。

「…………あなたたちは、殺して、くれる……?」

 今度はちゃんとリスティの耳にまで届いたその言葉は、しかし姉弟を驚かさせた。小さく掠れたその声音には確かな期待と不安が混じり合ったものがあった。

「どういうことだ?」

 リスティですら今の発言に戸惑いを隠せずにいた。凶悪な殺人犯ならば人殺しを快楽として生きているはずだが、彼女はそれとは全く違っていた。

 それなのに今彼女の手に持ってる剣は明らかに敵を斬りつけるもので、そう言った矛盾もありどうしたらいいかメルヒオルは迷っていた。滅多に迷うことのない彼ですらこのあり様だった。

「…………早く、殺して……」

 困惑している姉弟を尻目に、すると彼女は細身の剣にぶら下がっていた小さな袋を地面に落とした。その行動で姉弟は警戒心を高める。

 そして彼女は細身の剣の方に手をかざすと踏み込みもなしにメルヒオルに突撃してきた。

 それは恐ろしいほどのスピードで、普通なら迫り来る彼女を視界に捉えてどう対処するということを考えてる間にやられていることが彼女にとって自然だった。

 が、突然の強襲で彼と彼女の十分開いている距離をわずか一歩で縮めて来ることにも関わらず前もって身構えていたメルヒオルは先ほどまで考えていたことを一瞬で忘却し、冷静に大鎌の射程圏内に入ってきた彼女に向かってそれを片手で迷うことなく横に凪いだ。

 その一閃は彼女の瞬足にも劣らず、刃の部分が丁度彼女の首を掻きむしる位置に調整した。大鎌で殺るなら一撃で。それが彼のモットーでもあり戦い方でもある。

 しかしその首を狙った一撃は姿勢を最低限の移動で低くされ、虚しくも彼女の髪の毛をいくらか毟った程度だった。

 低い姿勢で詰め寄った彼女は大鎌を振るって空いたその胴体目掛け、初めて踏み込むために足を地面に着き、細身の剣の柄を掴んで抜刀した。

 その抜刀もメルヒオルの一閃と同じかそれ以上の速度で攻撃してきた。それでも大鎌を避ける行動は彼にも大体予想出来ていたため、予め使っていなかった左手に着けてあるガントレットを盾にしてその抜刀を防いだ。

 甲高い金属音が鳴り、肉を斬る音が聞こえなかったものの、防いだ左腕は弾かれて空高く伸ばされた。

 抜刀による一撃を躱されるとは思っていなかった彼女は長い前髪の中で驚愕の表情を浮かべた。しかしすぐに人を斬る目に戻り、振り切った右腕を素早くそのまま振り下ろした。

 一方メルヒオルは大鎌を手放していた。あの剣の間合い内で長物である大鎌を振るうことは難しいと判断したためである。そしてすぐ様振りかかってくると予測している右腕の範囲から逃れるために一向に動かしていない彼女の左腕側に身体ごと踏み入れた。

 見事にメルヒオルが先ほどまでいた場所に寸分違わず細身の剣が斬りかかっており、また躱されたと思った彼女が次の行動に出る前にメルヒオルが先手を先に打った。

 まず彼女の右手を左手で抑える。これ以上振るわれても困るという理由でもあるが、この超至近距離で振れること自体無理なことでもあり念のためといった保険だった。

 次に、抑えると同時にメルヒオルは右手で拳を作り彼女の顎をそれで勢い良く殴った。顎を強打することによって脳が揺れ、それの影響で彼女は何秒か気を失った。

 彼女が次に目を覚またした時には仰向けに倒れていてメルヒオルが馬乗りになって乗っかかっており、使っていなかった彼女のカタナが彼の手元にあって首にそれを押し当てられていた。しかしその刀身は何故かボロボロで、安心して斬れるかどうかはわからないが。

 それでも彼女の完敗だった。彼の両足で両腕を踏んで抑え込まれていて左手で頭を動かせないように鷲掴みにされているからだ。

 逃げるために身体を動かしようにも動かせなく、右手で持っていたはずの細身の剣は地面に放り投げてあるため攻撃もできない。

 そんな絶体絶命の状態であるはずなのに彼女は場違いだがとても嬉しい気持ちで心が昂っていた。

「…………殺して……」

 やっと、ようやく自分を殺してくれる相手に出逢えたのだ。彼女にとっては最高の褒美でもある。

 嬉しくて嬉しくて、その反動で片方の瞳から涙が溢れてきた。

 その涙は馬乗りになっているメルヒオルにも見えた。前髪が乱れて両目がはっきりと現れたからでもあるが。

 彼女は目を閉じてその瞬間を待ち望んだ。この余韻を噛み締めていることもいいが本命はこれ以上のものが自分に来るのだ、嬉しくて愉しくて心地よくてしょうがない気持ちで一杯となっていた。

 しばらくの間二人は動かずに、まるで時間が止まっているかのようにいた。

 ずっと見守っていたリスティだったがさすがに不審に思って二人の元に歩き出した。

「どうした?」

 二人の傍に立ち、状況を訊いてみるとメルヒオルがこの場には相応しくない彼にとって意外な返事をした。

「なんでそんなに死にたがってるんだ?」

 それはリスティに投げかけた言葉ではなく目の前にいる死にたがりの殺人犯に呼びかけていた。

 呼びかけた彼女もまさか会話するとは思ってもいなかったため、半分驚きの心情で閉じていた瞼を開いてようやく彼を見た。

 そこで初めて姉弟はあることに気が付いた。彼女の目の色が左右違っていた。

 涙を流している右目は鮮血のような真っ赤な色で、もう片方の目は綺麗で透き通った黄色という、姉弟からしてみれば見たこともない光景だった。

 瞳の色で驚いている姉弟を他所に彼女は不機嫌になっていた。折角殺してくれるというのにまだしてくれないのかというもどかしさが募ったからだ。

「まぁそんなことは今更どうでもいいだろ。早く首を持って行くぞ」

 我に返ったリスティも呆れて弟を見ている。そうだ早く殺してくれと言わんばかりに彼女も彼を見つめる。

 しかし彼はいつになく頭の中に考えが広がっていた。何も考えないことで有名のはずのあの彼がだ。

 何故こんなにも死にたがっているのか。

 何故このカタナを持っているのか、そして何故こんなにもボロボロなのか。

 何故左右で瞳の色が違うのか。

 何故こんなにも疑問が湧いてくるのか彼にもあまりわかっていない。

 しかし唯一わかることは、彼女をもっと知りたいという気持ちだけだった。

 彼女のことを聞きたい。彼が持つはずのない関心が、店員に訊いた時よりも一層強くなっていた。

 気が付けば自然とメルヒオルは彼女の首元からカタナを離していた。

「おい、メルヒ」

「…………え?」

 二人の叱咤にも関わらずメルヒオルは彼女から降りて拘束を解いた。そして彼女に向けて手をさし伸ばした。

「俺はお前を知りたい。だから……えっと」

 言葉が思いつかなくてしどろもどろになっているメルヒオルに、呆れながらもリスティが助け舟を出した。

「仲間、か?」

「なかま?」

「一緒に旅をするやつのことを言うんだ」

 懸賞金のことをすっかりと諦めてメルヒオルの行動に目をつぶった。

 そうなのか、といまいちわかっていない彼だったが、未だに状況が理解できていない彼女に再び声をかける。

「仲間になってくれ」

「…………」

 彼女はその手を黙って見つめていたが、やがてその手を掴んだ。





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