謎の少女-2-
メルヒオルが店員と勉強会をしている頃。
「どうしてこうなった」
リスティは初対面の少女と二人きりで絶賛温泉に入浴していた。
「オネーサン、おっぱいないんだね」
「人のこと言えるのかおい」
この露天風呂は"休息所"の建物のすぐ隣にあり、間に簡易的更衣所があるだけで他は外からは見えないように大きめの柵が周りに立てられているだけだった。
大きさはそれほどではないが、大人数ではなければ十分気持ち良く過ごせるほどの空間ではある。
更に言えばここは男女混浴であり、誰でもいつでも気軽に使えるというのだ。その言葉通りちらほらと男女が先に入っていた。
「ほら、先に頭と体洗うんだよ」
「それくらいはなんとなくわかってるさ」
ボディソープなどといったものは施設から支給されており、リスティのような手ぶらで来ても安心なこともウリの一つだった。
「ささ。遠慮しないで入ろ入ろ」
終始少女に圧倒され続け、リスティも彼女の好意にため息をつかざるを得なかった。
「オネーサン、髪束ねないんだね。女の髪は命って云われてるけど」
「あぁ。解いたり結んだりで二度手間だからな」
「本当は湯船に髪入れちゃいけないんだけどね。そもそも湯船から出た後背中に髪が貼り付いて気持ち悪くないの?」
「お前色々突っ込んでくる癖に細かいというか押し付けてくるな」
「それは言われ慣れてるけどね」
長いリスティの髪の毛が水面に広がり、隣に座っている少女は少し嫌そうな顔をした。少女はちゃんと洗った亜麻色の髪を湯船に落とさないようにタオルで包んでいる。
「で。始めにお前は誰だ?」
両手を広げて縁に乗せて楽な格好をしながらようやくリスティは初対面の人とする会話の切り出しをした。
「あー。そう言えば名乗ってなかったね。あんまり名乗ったことなかったから忘れてたよ」
そのことに全く気付いていた様子はなく、今初めて知った少女は笑って謝罪した。
「アタシはスーニャ。オネーサンは?」
「……リスティ」
名字を言おうか一瞬だけリスティは迷った。少女ーーースーニャが言わなかったため、自分も言わなくても良いと判断して名前だけ告げた。
「ここで会ったのも何かの縁だし、改めてよろしくね。えーっと、リスティ」
「あんまりよろしくしたくはないがな」
握手を求めてきたスーニャに少し戸惑いながらもリスティは片手を差し出した。その手を半ば無理やりスーニャは掴んで握手をした。
「それより。アタシから何か聞きたいこととかあるよね?」
ややドヤ顔気味のスーニャに多少イラついたりはしたものの、その気持ちを抑えてリスティはまず確認をする。
「まぁ正直山ほどあるが、お前にはなんも礼とか出来ないぞ」
「いいよそのくらい。好きでやってることだから」
利子を求めない彼女のスタイルに対してリスティの中で猜疑心が強まった。リスティが思っていたことと彼女の性格っぷりがまるで違うからだ。
人間見返りを求めることが普通だと、あの小屋で人間に襲われていた頃から感じていたせいでもある。
「変わってるやつだな」
世間からすれば何も知らないリスティの方が変わってるやつだと認識されていてもおかしくはないが。
「アタシが変人なことくらい知ってるよ。それで、旅に必要なものでも教えようか?」
「じゃあ教えてくれ。旅に必要なものでも」
ようやく教えられると言わんばかりにスーニャの顔色が喜々としたものに変わった。
「まずはお金だね。お金さえあれば色々とできるしね」
今別の場所で店員がメルヒオルに言ったこととほぼ同じ言葉をスーニャはリスティに告げた。
そしてその弟と同じようにお金の知識に関して疎い姉は興味を持った。
「ほぅ。じゃあ金はどうすれば簡単に手に入るんだ?」
「そうだね……一番簡単なのは国から出てる指名手配犯の首を持って行くことかな。あとは国の命令をこなしたら貰えたりするけど」
「なるほど」
リスティの中でようやく自分たちが襲われていた理由がわかってきた。つまり国の命令とやらであの森にいる誰かを殺してそれを持ってくれば金が貰える手はずだったのだろうと。
「あ。それでそんな、お金がないリスティにうってつけの情報があるんだけどさ、聞きたい?」
「なら教えてくれ。そのうってつけの情報とやらを」
相変わらず人にものを聞く態度ではないリスティだが、スーニャはあまり気にせずに語り出した。
「最近指名手配犯がこの近くの森に潜んでいるらしいんだよね。"死体の森"っていうところなんだけどね、ここ一番の広い森なんだけど」
元々自分の住んでいる場所がそう呼ばれていることを知らないリスティは"死体の森"と呼ばれてもピンときていなかった。
「ほぅ。じゃあそこに行ってそいつの首を国に持ってくればいい話か」
「その指名手配犯のことなんだけど、最近では珍しい女の人斬りで、あまり見かけない剣を帯刀してるらしいよ。服装も髪の毛もみずほらしいけど藍色のセミロング。でも凄い強いらしいよ」
その指名手配犯の容姿は大体想像できたリスティだったがスーニャの大まかな情報に疑問を感じた。
「随分曖昧だな」
「統計的に一致してることを言ってるからね。実際じっくり見た人なんていないと思うよ」
それもそうかとリスティは思う。そんな指名手配犯をじっくり見れるほど安易なことではないだろう。むしろ詳しい話を知っている人物は本当に会ったのかどうかすら怪しくなってしまうからだ。
「まぁそういうわけで、リスティやあなたの連れの人の実力で勝てるかどうかはわからないけど、やってみてもいいんじゃない?」
随分軽いなとリスティは思ったがよく考えてみれば自分とスーニャは今日会ったばかりの赤の他人だったことを思い出した。
そりゃ軽くなるな、というより自分も同じことをすると思ってしまっていた。
「でもあんな大きな鎌に大量なナイフを隠し持ってるほどなら、多分平気だとアタシは思うけどね」
スーニャのその見透かしたようなその一言はリスティを簡単にイラつかせた。そして同時にこの女とはもう仲良くなれないと確信した。
「話はここで終わりだ。風呂のことは礼を言うが、ここからは私たちの問題だ」
風呂場から上がるリスティを追いかけることもなくスーニャは手を振って見送った。そして先ほどより深く湯船に浸かって気持ちよさそうに温泉を楽しんだ。
「リスティね……また逢えるような気がするよ」
近い未来でまたリスティと逢えることを確信しているかのようにそう呟いた。
「待たせた」
身体を支給されたタオルで拭き、髪をまた別のタオルで拭きながらリスティは弟の元へと戻ってきた。
弟はというと少ない時間ながら世間のお金のことについて店員に教えられていた。
「おかえり、ねーさん」
「お帰りなさいませ」
これで授業は終わりということで店員はメルヒオルに頭を下げて空になったグラスを手に取ってカウンターの向こうに行った。
残った二人は早速今後のことについて話し合った。
「そう言えば何を話してたんだ?」
「お金のこと。それがなくちゃなんにもできないことを教えてくれた」
結局のところそれしか覚えていないことに店員の優しさが報われなかったのだがリスティにとっては説明する手間が省けたこととなった。
「なら話が早い。"死体の森"とやらに行くぞ」
「どこ?」
「ここから近くにあるらしい。そこに指名手配犯がいてそいつを倒せば金が手に入るらしいぞ」
「ふーん」
あまりわかってなさそうに相槌を打つがリスティはお構い無しに続ける。
「それじゃあ今すぐ行くぞ。誰かに先を越されるかもしれないからな」
「わかった」
姉弟が荷物をまとめようとした時に店員が何かを持って近づいてきた。
「烏滸がましいことですが、こちらを差し上げます」
そう言ってリスティに手渡してきたものはこの辺りのことを記された地図だった。
この店の場所を示す赤いマークがあり、そこから一本道で繋がっている森を指で教える。
「ここから数時間強の場所にあるこの森が"死体の森"と云われている場所です。一本道ですので迷うことは御座いませんがどうかお気を付けて」
「助かる」
そこでようやくリスティはある事に気がついた。弟のメルヒオルは全くそんな素振りを見せないが、姉は内心で驚いていた。
ここ、私たちの家があるところだ。と。