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普段の二人-2-

「おっと忘れてた」

 死体と血の臭いによって誘われた狼型の魔物を数匹メルヒオルが倒し、それの肉を小屋の外で焼いて食べている最中にリスティが喋る。

 先ほど採ってきた山菜も焼く物を焼き、同時に焚き火の火加減を気にしながらメルヒオルは彼女に促す。

「忘れてたって?」

「お前もよく忘れるな。気にはならないのか?」

「ならない」

 全く興味すら示さず肉を頬張るメルヒオルだが、いつものことだと流してリスティは続けた。

「お前に話したいことだ」

「あー……」

 一時間もないはずの前のことですらこの様子である。

「……メルヒ、とりあえず何事にも少しは興味を持て」

 さすがに何度もこのような態度をされていると姉ですら頭が痛くなることだった。どうしてこのように育ってしまったのか、と内心で自問自答を繰り返そうとした。

「じゃあ逆に何に興味があるんだ?」

 そう問い返そうとするが口の中で止まった。この質問もまた以前にしたことがあり、その返答も既に聞いていた。

「特にないよ」

 無表情で何も考えていないような、普段の顔で言い切った。逆にその顔が酷く恐ろしいものに見えた。

 それでもリスティはこれが普通だと思っていた。普通を知らないからこそこの対応が一般なのかと。違和感を覚えるものの、そもそもどれが本当なのかはわからないのだが。

 そのことを含めて今から提案することに不安しかないリスティだったが、しかし彼女は言い出した。

「私たちの両親について知りたくないか?」

「ないけど」

 即答されるが、大方悲しくも彼女の予想通りだったためダメージは少なかった。

 それでも人間ショックは受けるものだった。

「どうしてこうなったのか……姉は悲しいぞ」

 ついには言葉にして自分の心境を語った。言わずにはいられなかった。

 しかしメルヒオルはそんな姉の気持ちなど露知らずといった感じでキョトンとしていた。

「まあいい……とりあえず話だけでも聞いてくれ」

 挫けそうな心を強く奮い立たせ、いつになく真剣な眼差しをしてリスティは語り始めた。

 両親。

 それこそこの二人の家庭に足りないものであり、そして何故どこにもいないのか。

 メルヒオルは両親の顔や声、性格を含めて全て覚えていない。物心ついた時にはこの暮らしが普通と思っている頃だったからだ。

 そもそも彼は幼い頃の記憶をあまり覚えていない。彼の性格上なんとも思わないのだが、普通なら誰もが気になるところだ。

 いつの間にかこの生活に慣れ、身に覚えのない鎌術を習得しており、それが当たり前だと無意識に感じでいた。

 それが今この瞬間から壊れ始めようとしているのにも関わらず、彼は話半分で聞き続けた。

 一方で実のところリスティも彼同様に両親のことや幼い頃の事を思い出せていない。

 思い出せていないからこそ、知りたいと思ってしまう心がそこにはあった。

「という理由で旅に出ないか?」

 彼女のその一言が唐突すぎてメルヒオルは数秒ポカンとしてしまった。

「……ねーさん、俺じゃなくてもそれはよくわからない」

「お前は旅という言葉すらわからないのか?」

「ねーさんの突拍子のないそれがわからない」

 バカなことは自覚しているが、さすがにこのことは誰だってわからないとメルヒオルは思う。

 しかしそう思っているのは彼だけで、リスティはため息をついて説明した。

「親がいない。でも生きてるかもしれない。ここにはいない。なら世界のどこかにいるはず。旅に出よう。その思考回路すら沸かないのか」

 理不尽だと彼は口には出さずに心の中で呟いた。

「そもそもいないなら死んでるんじゃないのか?」

「お前は実の両親を死んでるかわからないのに死人扱いするのか?」

 リスティの反論は的確だった。確かに死んでいてほしくはないと普通なら思うはずだ。しかしその気持ちをメルヒオルはわかるはずもなかった。

 これ以上姉の提案を拒み続けても仕方ないと悟った彼はため息をついて肯定した。

「わかったよ。ねーさんの言う通りにするよ」

 元から言い争いで勝てる見込みなどなかったメルヒオルは彼女の考えを素直に行動に移すことにした。

 やっとわかってくれたか。と彼女は思い、珍しく勢い良く立ち上がった。

「そうと決まれば今から行くか。ほら、旅の支度だ」

「はいはい」

 しかしリスティは立ち上がっただけで手に持ってた肉を頬張った。提案した癖に準備は弟任せなこともいつもの姉らしかった。

 そんな姉の権力を振りかざされるのにも慣れているメルヒオルは今食べている肉を持ちながら小屋の中へと入っていった。

 そんな彼の背中を見送りながら彼女はただ肉を食べているだけだった。



「準備できたよ」

 元からあまり荷物など置いてなかったため、旅の支度はすぐに終わった。最低限の食料と多めの水だけで、更にいえば身支度の方が時間がかかった。

 ガントレットを着け、大鎌を背負って少ない荷物を袋に入れて手に持つ。

 一方リスティもまた準備に時間はかからなかった。袖も裾も長い茶色いロングコートを羽織り、鍔のない刀を腰に帯刀しただけである。

「よし。それじゃあまずそのデカブツを降ろせ」

「え? まぁいいけど」

 姉の言われた通りに大鎌を地面に置く。すると彼女はその空いた彼の背中に移動して両手を広げた。

 肩越しにそれを見てメルヒオルは頭上にはてなマークを浮かべた。

「何してるの?」

「見てわからないのか? おんぶだ」

 それを聞いてようやく納得したメルヒオルで、何も文句を言わず素直に彼女を背負った。

 軽い姉の重さはひょっとしたら大鎌の方が重いかもしれなかった。

「よし。では行くぞ」

「せめてこれだけでも持ってくれない?」

「私がこんなの持てると思っているのか?」

 議論の末、姉が妥協をして荷物を持つことになった。大鎌は結局彼自身が持つことになった。

 大鎌に姉を座らせるように手に持ってポジションをとり、今度こそ出発を果たすことになった。

「ダメだこれ。横幅が長すぎる」

「木に引っかかるな」

「やっぱりねーさんが持ってくれないと」

「言っただろ。重くて持てないと」

「じゃあ背負ってよ」

「背負うのも一苦労なんだが…そうだ。そのデカブツを最初に背負ってから私をおんぶするのはどうだ?」

「やってみようか」

「…………邪魔だな」

「そうかな。俺はさっきよりは楽だけど」

「お前の固い背中に更に固いやつが邪魔をして楽に寝れない。というより痛い」

「それはねーさんの位置の問題じゃないのか?」

「そもそもお前は実の姉の柔らかい身体を背中で堪能できるんだぞ。それなのにこんなものを間に入れていいのか?」

「ねーさんあんまり柔らかくないけど」

「それはケンカの合図か? 確かに私は背中に当たらないほどの貧乳だがそれを誰かに言われることは腹が立つ」

「そんなことより、どうする?」

「………………このままでいい」

「怒ってる?」

「怒ってない。行き場のないこの気持ちを抑えるために私は寝る」

「よくわからないねーさんだな」

 生い茂る木々の合間を縫うようにして歩き、森の外へと目指す二人。

 幸運にも魔物とは遭遇することなく進むことができ、姉もすゆすやと規則正しい寝息を立てている。

 そんな無防備な姉の寝顔を肩越しで見て頬が自然と緩んでいくメルヒオル。このことは姉にも言ってはいないが、実は彼は姉の寝ている姿を見るのが好きなのだ。

 眠っている姿が標準状態の彼女にとって、その姿を見ることももしかしたら起きている時よりも長いかもしれない。それのせいでもある。

 普段は文句や難しいことを言いつつもこの時だけは一人の女の子であり、儚げでもあれば幻想のようにも思える表情。

 それを見ることが唯一の彼の趣味とも言えるものだった。

 小屋から数時間ほど歩いたところだろうか。見えない太陽が真上を通り過ぎ、徐々に西へ降りていく頃。

 いつの間にか起きていた姉が弟の足を止めた。

「いるぞ」

「うん。四匹かな」

 鋭い目付きでリスティは進行方向の奥にある茂みを睨んでいた。彼女の言おうとしていることは長年の経験を持っているメルヒオルには簡単にわかっていた。

 ゆっくりと姉を降ろし、手荷物を置いて大鎌を両手で持つ。弟が合図を送ることなく彼女は数歩後ろに下がり、刀の持ち手に手をかけて木を背にして立つ。

 唐突に静かな時が訪れた。二人は音を発する無駄な動作を一切せずにただじっと相手の動きを伺っていた。

「……メルヒ。動くときは進みたい方向に左スティックをたおせば歩けるぞ」

「なんの話をしてんの?」

「くるぞ」

 微かに草の鳴る音が聴こえたと思った矢先に二匹の狼型の魔物が同時にメルヒオル目掛けて飛び出してきた。

 なんのフェイントもない真っ直ぐな跳躍。尖った歯を彼に見せつけながら噛み付こうと獣の呻き声を出して襲いかかる。

 その捻りのない攻撃にメルヒオルは軽々と大鎌を振り、一薙で二匹同時に切りつけた。

 乱雑にそびえ立って邪魔な木々があるのにも関わらず、長物の扱いに慣れている彼にとっては造作もない一閃だった。

 勿論二匹の魔物はなすすべもなくその一撃をまともに喰らい、真っ赤な血を傷口から噴き出して空中で絶命した。

「まだだ」

 目の前の魔物を倒して喜ぶ暇などないといった様子でメルヒオルはそのまま振りかぶった大鎌を戻すようにして再び横薙の一閃を仕掛けた。

 血液がまだ空中に咲き乱れている中、その大鎌はその血ごと後ろにいたもう一匹の魔物を捉えた。魔物にも頭脳があるのか、先に出た二匹は囮で裏に一匹潜んでおり、わざとワンテンポ遅れて飛び出したのだ。

 しかしその作戦は彼にはお見通しで、油断することなく後から出てきた魔物にも一撃を与えた。

 その魔物もこの攻撃は予想外だったのか何も抵抗をせずにただただ身体が真っ二つになることを受け入れた。

「最後」

 そしてメルヒオルは二発目の攻撃の流れを利用し、そのままその場で回転をし遠心力を使って利き手である右手だけで大鎌を三匹の魔物が飛び出してきた方向とはやや斜めのところに投げ飛ばした。

 勢い良く回転しながら放たれた大鎌は寸分違わず狙い済ました場所に一直線に向かっていき、標的を捕まえた。

 そこには最後の四匹目となる魔物がおり、この魔物だけは三匹とは違い別方向から攻撃しようとしていたがすぐ彼に見破られ、投擲された大鎌の餌食となった。

 四匹目の魔物を切り裂いた大鎌は勢いを抑えずその先にある木に深く刺さってようやく止まることができた。

 この一連の流れは時間で表せば数秒ほどしかない短い戦いだった。

「流石。私の弟なだけはあるな」

 パチパチと、魔物との戦闘をずっと傍観して手を出さなかったリスティが弟の出来の良さに拍手を贈った。

 姉の賛辞にメルヒオルは片手を挙げてはにかんで応えた。目の前にある自分で作った凄惨な光景をなんとも思わないまま、投げた大鎌を回収しに向かった。

 深々く刺さっている得物は簡単に引き抜かれ、所有者の背中に収まった。

「折角だ。もうじき暗くなるからここで一夜過ごそう」

 夜の森の散策が危険なことは二人とも重々承知のことだったため、無理せず休みを入れた。

 思えば休憩なしで人っ子一人背負ってここまでやってきたこともあり、少し彼の顔には疲労の色が見えていた。

「先に寝ておけ。私が見ていてやる」

「わかった」

 来る途中まで寝ていたリスティが最初に見張り役を申し出てメルヒオルが休むことになった。

 彼は言葉に甘えて得物を抱えながら近くの木に背中を預けて座り、目を瞑った。するとすぐに寝息が聞こえてきた。

 そんな彼の寝顔を見て、リスティはくすりと笑った。

「……両親、必ず見つけ出してみせような」

 その言葉には新たな決意を込められて確固たる意志を感じられた。





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