歪。
火曜日の朝、HRが始まる10分前。
登校してきた生徒たちの声で、教室が一気に騒がしくなる。
正直、とても耳障りだ。
けれど、その騒がしいノイズの中、たった一つの声を探すべく、僕は耳を澄ます。
…聞こえた。
彼女の声が聞こえると、周りの音を断ち切るように、読書に没頭した。
これが、僕の朝の始まり。
*****
今から2限目。
今日は体育で100m走だ。
彼女が走る姿を見るのは初めてだった。
男子が終わり、女子の番がきた。
彼女は、第1走者のようだ。
合図のピストルが鳴り、彼女は地を蹴った。
彼女がスタートしてからゴールするまで、8秒だった。
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午前中の授業が終わり、昼休みになった。
彼女はいつも、教室で友達と食べている。
なので僕も、教室でサンドイッチを食べる。
彼女は、いつも自分で弁当を作っているらしい。
女子高生にしては珍しい、家庭的な女の子だ。
*****
午後の授業が終わった。
今から掃除の時間。
僕と彼女は、掃除場所が同じだ。
彼女は、熱心に床を掃いている。
勢いがありすぎて、偶に埃が宙を舞っているが、彼女はそれに気づかない。
それをこっそりと掃き集めるのが、僕の仕事。
*****
放課後。
生徒たちは、疎らに下校していく。
彼女も、友達と一緒に下校していく。
そして僕も、下校する。
*****
彼女が、分かれ道で友達と別れた。
今、彼女は1人。
僕は彼女に近づいた。
そして、彼女は意識を失った。
*****
僕の部屋のベッドで、彼女は寝ている。
寝顔は初めて見た。
今日は、初めてのことが多い気がする。
彼女の乱れた前髪に軽く触れて、僕は彼女が目を覚ますのを待った。
*****
夜7時。
彼女が目を覚ました。
少し驚いた顔をしてから、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
嬉しいです、と言いながら、彼女は僕を引っ張った。
僕はベッドにダイブして、彼女は僕に跨った。
彼女は制服のボタンを外して、上を脱いだ。
恍惚とした表情で僕の手をとり、そのまま自分の胸に当てた。
柔らかい感触が伝わってくる。
そして、彼女が目を閉じて顔を近づけてきた。
僕は、気を失った。
*****
眼が覚めると、何故か僕のシャツを着た彼女が横で寝息を立てていた。
僕は、彼女の布団を直して部屋を出た。
*****
彼女は、僕のストーカーだった。
僕は気味が悪くて、止めるように直接注意した。
すると、素直に止めてくれた。
だから僕は、油断してしまった。
彼女に注意をして、1ヶ月程経った日のこと。
下校中、いきなり後頭部を殴打され、僕は気絶してしまった。
気がつくと、手が手錠で拘束されていて、ベッドの脚に鎖が巻かれていた。
見渡すと、部屋中に僕の写真が貼ってあった。
どれも、カメラ目線ではなかった。
少しして、彼女がやってきた。
嬉しそうに笑って、僕に近づいてきた。
その笑顔が、僕には狂気的に見えた。
彼女は、僕にこう言った。
私のものになってくださらないのでしたら、今ここで、貴方と心中いたします、と。
僕には、彼女のものになる以外の選択肢がなかった。
*****
彼女との歪な関係が始まって、そろそろ半月が経つ。
僕は、歪んだ、けれどとても大きい愛を注いでくれる彼女に、絆され始めていた。
僕だけを見てくれる彼女のことが、好きになり始めていた。
昨日、彼女を気絶させた時、気を失って倒れる姿を見て、喜びを感じた。
僕が守りたいと思った。
*****
僕の彼女は、病んでいる。
愛情が歪んでいて、とても狂気的だ。
けれど、そんな彼女を愛している僕も、病んでいるのだと思う。
ただ、彼女が幸せなら、それでいいと僕は思った。