表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

【2月25日:朝方】①

【2月25日:朝方】①


-----


 私たち三人は海上の高架水路を利用して東京へ向かった。高架水路は水面から30m程高い所に位置し、特殊な流体が流れていた。前世紀の、自動車が走る高速道路に当たるものだろうか。我々はこの高架水路を、専用の高速艇に乗り移動していた。水路専用艇は海ではほぼ無力であり、数分もしない内に移動能力を失ってしまうが、特殊流体の上ではこの上なく快適な速度で移動できるのだった。出発してからおよそ二時間半、紀伊半島を大きく迂回し、ついに大阪湾の入り口に差し掛かっていた。先ほど私は〈東京へ向かった〉と記述したが、それはオリジナルの東京ではなく、かつて大阪があった場所に建造されたコピー都市、第二の東京である。


 晴天に風が心地よく、高架水路は空いており、忌々しい大型輸送艇も見られないため、私たちは最高速度で船を飛ばしていた。右手の遥か向こうには緑冠する断崖が、左手にはきらめく内海が広がり、前方の水路が吸い込まれる先には、東京の天を衝く高層ビル群が見えた。ビルは中心部ほど高く、郊外に行くほど低くなり、空を背にΛ(ラムダ)型のシルエットをなしていた。高架のずっと下方の海面にトビウオの群れが見えた。


-----


 私たちが遠方から東京までやって来たのは、「大きな“イベント“が起きる」との漠然とした情報を耳にしたためだった。イベントのはっきりとした規模も判明せず、直接的手段が行使可能な争いになるのか、ローカルなハッキング合戦になるのか、それすらも分からなかった。しかし私たち三人はチームとして十分な自信を抱いていたし、若さのためか、その“イベント“という言葉が持つ響きにじっとしていられなかったのである。三人共、胸の奥で血が沸き立つのを感じていた。 


 とあるホテルの16階に部屋をとった。籠城もできるように各人手分けして買い出しに出ることになった。私の担当は食料だった。部屋が16階であるから、買い出し先も自然と地表付近の階層か、地下になる。上階層であればビルをつなぐ架橋も整然としており、道に迷うことなどほぼないのだが、地表付近はあまりに雑然としており、携帯端末のナビゲーション機能も役に立たない。あるビルの3階から出た橋が隣のビルの5階に繋がっているなどということはザラで、地下のある広場の右半分があるビルの地下二階に相当し、左半分は別のビルの地下四階に相当することもある。地表の道は直線を描くこと無く、尽く、目茶苦茶にカーブしている。二次元平面上の混乱に縦方向の混乱も加わって生まれた、三次元の迷路を構成していると言っても良い。


 オリジナルの東京と同じく、大阪の東京もまた、地表に近いほど貧しい人々が住んでいた。中心街であれば地表から地下7階程度までなら平均的な大型商業施設になっていることも多いが、少し郊外に出れば、地表には怪しいジャンク電子部品を売る露天や、半ば腐った食品を並べる店がひしめいている。


 私は部屋から出、まずホテルのビルディングの地下にある食料品店を物色しようと考えた。確か、ホテルの受付でもらったリーフレットに、地下5階がスーパーになっているとの案内があったはずだった。上着のポケットにもズボンのポケットにも手を突っ込んでみたが、不要なレシートやパンフレットが出てくるばかりで肝心の案内はなかった。私はエレベーターで適当に降りてみることにした。


-----


 半分ガラス張りのエレベーターからは外の様子がうかがえた。電子音声が地下3階を告げた時、外を見ても、エレベーターはまだ地上2階よりは高い位置にあるように思われた。設計者や管理者は低階層には本当に無頓着なのである。都会の貧しい人々は、地方の貧しい人々よりずっとひどい困窮の中に生きている。人も物も情報も吸い上げて一極を作り出す東京の隅で、遥か上方から降ってくる塵のような糧をかき集めて暮らしているのである。管理者にとって、そのような貧しい地区など無きに等しいのだ。


 私は地下のスーパーを探すことをやめ、エレベーターを降り、更にエスカレーターを下って地表の街に出た。このごみごみとした、一見汚らしい喧騒に懐かしさを感じたからである。それは、私が小さい頃に台湾で見た夜市によく似ていた。暗がりに渡された電線に白熱電球が連なっていた、その下に広がる店の密度。道の両端には屋台が並び、真ん中には露天が雑然とひしめき合っていた。その間を行き交う人の密度もまた私にとっては好ましいものだった。上層の雑踏はその息遣いすらもどこか余所余所しく、流れは早く、互いを潜在的な敵だと決めつけているような、冷たいものだった。一方でこの雑踏には個々人の生活というものが感じ取れるのだった。


 ビル出口のすぐ目の前は冷凍食品市場になっていた。スーパーマーケットでよく見る大型の冷凍ケースが百近くはあろうかという規模で、それらは皆、塗装も半ば剥げてボロボロで、野外に雨ざらしのまま置かれているのだ。といっても見上げればビルを結ぶ橋の陰が重なりあって、ここまでは太陽の光もほとんど届かず、もしかしたら雨などというものと、無縁なのかもしれなかった。


 私は手近な冷凍ケースから中身を見て回った。簡易包装の冷凍惣菜、レンガブロックほどもあるイカ、無造作に放り込まれたようなカップアイスクリーム。それぞれのケースの底の方には、もう何年眠っているのか分からないほど年季が入った品もあった。例えばこの紙箱入りのカニクリームコロッケ、印刷の字体はずいぶん昔に流行ったスタイルで、箱の隅は擦り切れて地の厚紙が見えている。賞味期限の記載はない。


 私は安い冷凍ソーセージを探していた。温めるだけよいので非常に便利なのだ。しかし残念ながら、見つかるのは少し割高な輸入物ばかりだった。仕方なしにその他の食料、冷凍白菜や豆腐や卵、オレンジ、大袋入り冷凍水餃子、スープストック、白飯、黒パン、植物油脂、たこ焼き、がんもどきなどを適当に買い込んだ。冷凍食品ばかりになってしまったが、かなり安く付いたのであまり文句は言われまい。それに街に深入りすると帰ってこれなくなる。


 荷物を抱え、焼きたてのたい焼きをくわえて人混みの間を縫っているその帰り際、鉛弾を使う違法改造ガス銃の露天を見つけた。よもやこんなものが必要になることはあるまいと思いつつも、少なくはない金を支払って、小型拳銃を一丁と鉛弾を一袋買った。


-----


 私は見物もそこそこに、ホテルのあるビルの前の広場に戻り、残りのたい焼きの処理をしていた。そんなとき、携帯端末が激しく震え、警報音を発したのだ。


(続く)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ