【2015年1月29日】
【2015年1月29日:深夜~未明】
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窓の外には中東の砂漠が広がっていた。黄土色の礫砂漠だった。
現地の子供達が、裸足で野球をしていた。道具は枯枝と、不発の手榴弾だけだった。
自分はといえば、小学校の教室からぼんやりとこの風景を眺めているだけだった。
窓のあちら側は中東だが、こちら側は日本のどこかにある小学校だ。
どうやら休憩時間らしい。生徒はまばらだ。
時折、爆発音が聞こえた。
手榴弾はまれに、打ち上げられた時、あるいは地面に激しくぶつかった時、爆発して白煙を巻き上げる。
爆発にやられた子どもは死ぬこともなく、ただ自身も白煙となって風に消える。
より激しい爆発音が聞こえることもあった。ISILの迫撃砲だった。
着弾すると半径三メートルが激しい炎と黒煙に包まれる。子どもは真っ黒焦げの焼死体となる。
砂漠の向こうから、ボロ布のフードを被った大人たちがせっせと砲撃していた。
子どもたちは淡々と野球を続けるのみだった。
手榴弾が爆発する。榴弾が降る。ある子は煙となり、またある子は焼死体となる。
投手はポケットから新しい不発弾を取り出す。
どこからかともなく新しい子どもがやってくる。守備人員が補充される。プレイ再開。
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すでに休憩は終わり、教室には40人の生徒がすし詰めであった。
「爆弾が仕掛けられた!」
誰かが叫んだ。ISIL戦闘員が窓から学校に忍び込んだのである。
私は咄嗟に、隣の席の子の手をひっつかみ、廊下へ飛び出した。
時限爆弾のカウントは残り2秒だった。
私は走る勢いもそのままに、地面にダイブするように伏せた。
同時に爆発が起きた。
爆風で窓ガラスが吹き飛ぶ。子どもの肉片が飛び散る。背後から炎が襲い来る。
(この時、視点は爆発を背に私が伏せる様を正面から捉えている。
ハリウッド映画の爆発シーンと同様の構図である。映像はスローモーションだった)
私はこの爆発の一瞬をやり過ごすと、すぐにまた走りだす。左手で誰かの手を引いている。
1階の廊下から中庭に飛び出した。混乱する生徒たちの声が聞こえる。
また一度爆発が、ついで二階より上の教室から連続的に炎が吹き出した。
私は天を仰いだ。
無数のガラス片が輝きながら中を舞っていた。まるで空が割れたかのように思われた。
ガラスと瓦礫を追って、黒い炎も天に昇る。
狼狽える子どもたち泣き声とわめき声が耳に張り付いた。逃げ場は無かった。
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そこは地下体育館のような場所だったが、多量の段ボール箱が所狭しと保管されていた。
地上の爆発のために、天井の鉄骨が歪んでいた。
「じきに天井が落ちてくる」
私はそう言って、誰かの手を引いて地下通路に出た。
構造物が軋む音が響いた。何人かの生き残りが崩落に巻き込まれた。
地下通路を抜けると、広大なホームセンターになっていた。
薄暗い地下に日用品が並ぶ。買い物客が黄色いカゴを下げている。
ここも崩落を免れないだろう。その証拠に、天井の一部が割れ始めている。
電気系統もやられたようだ。蛍光灯はわずかに仄明るく光を放つのみである。
私は誰かの手を引いたまま、店の中を彷徨った。
時間とともに崩落は増え、買い物客はいなくなった。
疲れ果てた私達はとうとう座り込んだ。
店の片隅にある、高級印鑑ショーケースの裏側、工作機械の間に。
私は横を見た。私が手を引いていたのは口の利けない少女だった。
(中学時代に同じ部にいた子がモデルになっているのは理解できた。
非常に口数が少ない、大人しい子だった。たまに笑うととても印象的で、京都弁を話した)
もう助からないだろうと私はあきらめ、息をついた。
しかし女の子はショーケースの裏扉を開け、品物を漁り始めた。
私は止めようと、その子の腕を掴んだ。黒水牛の印鑑が掌から落ちた。
身振りから話を察するに、どうしても印鑑というものが欲しかったらしい。
私は、火事場泥棒などするものではないと叱りつけようとした。
その時唐突に、印鑑なら作ってあげようと、老人の声が聞こえた。
黄土色の前掛け、よれたシャツ、首から下げた老眼鏡、疲れきった顔。
店の奥から現れた老人は、昔は店を構えていたが今ではここで印鑑を作っていると言う。
蛍光灯がわずかに灰色の光を投げかける。時折、どこかの配線がスパークしてまたたきを発する。
大地震にみまわれた直後のような店内に、彫刻機の振動が響く。
とても寒い。もはや三人以外に誰もいない。
老人はわずか二分ほどで印を掘り上げた。
店で一番高い黒水牛の角に、流れるような、とても細い文字が浮かんでいた。
私には読めなかった。中国の古い字体であるらしかった。
手渡された印を見つめ、少女は微笑んでいた。老人も微笑んでいた。
私は、大崩落までもう数分も無いことを知っていた。
ほとんど真っ暗になったこの場所で、地上のひときわ大きな爆発を聞いた。
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