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椎岳町龍神録

猫又良庵と少年主夫。-揚げたての哲学をどうぞ

作者: 烏木真

「自炊をするのは偉い。コンビニ弁当には食品添加物の問題などがあるからな。しかし少年よ。昼食にドーナツを揚げるのはいかがなものか」

二股のしっぽを優雅に揺らし、賢い猫は主人を見上げた。彼は主人である啓斗少年の健康を心から心配しているのだ。

「いささか糖分・油分のとりすぎの様だ。おまけに蛋白質も食物繊維も足りないではないか。お母上がいないからと言って少々たるんでいるのではないか?」

長い時を過ごした彼にとって中学一年生の主人はまだまだ心配な子供なのである。

「別にいいだろ。お前が食うんじゃ無いんだからさー。それに母さんが帰って来たってコンビニで甘いもん買って来るだけだろ。変わんないよ」

頬を膨らまし生地を混ぜながら啓斗少年は答えた。ところどころ髪がとび跳ねた、活発そうな少年である。一見料理などしなそうに見えるが、片手で卵を割りいれる手つきはなかなかのものだ。両親共働き、しっかり者の少年はそんじょそこらの主婦などより家事が上手い。

「それにちょうどホットケーキミックスの袋が開いてたから早めに使いきっちゃいたかったんだよ」

結構少年も苦労しているのだ。それを聞いて猫もむうとうなる。猫の目から見ても忙しい両親を思い、家のことを取り仕切る少年はなかなかによくやっている。たまに自分の好きなものを食べるくらいはいいのではないか。

「なるほど。しかしやはり栄養に偏りがある。サラダを一品、無ければジュースか何かで補強することをお勧めする。あと少年。すまないが私にも一品何かもらえないか。さすがには揚げ物は食べられない」

「わかった。え~と」

少年は手を止め軽く眉間にしわを寄せた。冷蔵庫の中身を思い出しているらしい。

「確かリンゴジュースとポテトサラダが残ってたから、ちょっと合わないかもだけどそれでいいよね。良庵は魚肉ソーセージと冷凍スープでいい? 最近買い物に行けてないからちょっと冷蔵庫の中が心許ないんだ」

使いかけのホットケーキミックスを引っ張り出してきたのもそのあたりの事情らしい。猫はもちろん快くうなずいた。ちなみにスープは少年が良庵のためにインターネットで検索してきたレシピでかなり手間がかかっている。市販の猫缶を飼ったほうが安いのだが、良庵は少年よりはるかに年がいっているのだ。なるべく体に優しいものをという少年の配慮である。

「ちょっと良庵下がってて、油使うから」

生地を混ぜ終わった少年はボールを持って台所に立つ。やはり油を多く使うのは緊張するようだ。そのあたりを心得た良庵も油を使っているときは話しかけ無い。しばらくの間ドーナツを上げる軽快な音が明るい部屋に流れた。




 揚げたてのドーナツのいい香りが小さな部屋いっぱいに広がった。きつね色に焼けた自分の作品を見て少年は満足そうにうなずくと手早く皿に盛り付け、冷凍庫のスープをレンジで解凍した。それを持って台所から居間に移動する。

「良庵はさ。いつも難しいこと考えてて疲れない?」

りんごジュースをマグカップになみなみと注ぎながら少年は猫に問う。

「む、いきなりなんだ?」

浅めの皿に盛られたスープに息を吹きかけていた良庵は首をかしげる。

「良庵はさ。猫なのに栄養のこととか気にしててさ。いっつもなんか考えてるよな。よくそんなに考えることさがせるなと思って。俺は考えたりするの、めんどくさいと思うほうだから」

「むう。主人は考えるのが嫌いか?」

「正直好きじゃない」

「私としては考えるということをそれほど難しく考える必要性は無いと思うぞ?」

髭をひょいと動かして猫は机の上に座りなおした。

「どういう意味? それ」

「役に立つこと、難しいことを考えようとするから嫌になる。確かにそれも大切だが、考えるということはそれだけではない。一見くだらなそうなことを考えるのは人生を豊かに楽しくする手段だと思うぞ」

「くだらないこと?」

少年の問いに猫は目を細める。

「たとえば…そうだな。少年が食べているドーナツ、穴を残したまま食べることはできるのか。とかな」

啓斗少年は手元を見た。ふっくらとした温かいドーナツがひとつ。

「何それ? 無理だよ」

「いや、案外できるのかもしれないぞ~?」

節をつけて猫が言う。耳をぴくぴくと動かす姿は本当に楽しそうだ。

「適当なこと言わないでよ」

「できないと思うのならその理由をちゃんと言葉にして言ってごらん?」

「ちゃんとって……そりゃ食べちゃったら穴が無くなるわけでええっと……」

分かっていることなのに上手く言葉にすることができない。こんな単純なことがどうして言葉にできないんだろうと少年は頭を抱える。

「穴の中に何か流し込んで型をとって周りだけ食べるとか」

「ふむ、いい考えだ。しかしそれは穴なのか? 穴とは形のことなのか?」

「あっそっか、今の無し!」

慌てて別の方法を考えようと頭を抱えて少年は唸りだす。

「外側から食べてって穴の周りだけ残すとか……違うな。ドーナツを作るときにくりぬいた穴の部分を揚げて残すとか……これもなんか違う。食べた後にあったことを説明できればいいのかな……どうやって?」

あーでもない、こーでもないとぶつぶつつぶやく少年に猫は呑気に声をかけた。


「少年がさっきの答えでいいと思うならそれでもいいぞ」

「納得できないからいい!」

そういう少年は考えるのに夢中だ。

「ドーナツを食べる時に穴を残そうとすると穴も消えちゃって…消えちゃうのは穴がドーナツの生地で出来てるからで。あれ? でも生地があるからって穴じゃないよなあ。じゃあそもそも穴って何だ?」

うなりつつ少年は机に突っ伏した。

「うー分かんない! でもあきらめるのも悔しいよなあ」

「どうだ答えの出ないことを考えるのもなかなか面白いだろう?」

猫はひげをぴくぴくと動かして少年を覗き込んだ。

「おもしろいけどちょっと疲れるよ」

しばらく机に突っ伏していた少年だがむくりと顔を上げた。ドーナツに手を伸ばす。

「丸呑みすればおなかの中に穴が残ってるかな?」

そう言う少年のドーナツを見る目はちょっと据わっている。

「なかなか面白い考えだが少年」

さすがにこれには猫も慌てた。

「くれぐれも実践はしてくれるなよ」

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