第1章 ~ 6 (アイシャ、旅立ち前)
その日は、アイシャとお母さん、そして村の仕立て屋さんと装飾師さんを家に呼んで、てんやわんやの大騒ぎになった。
お母さんは一家に残った蓄えのほとんどを費やして、アイシャを最高の娘にしてくれることをアイシャに誓った。アイシャはそのことを聞いてすっかり目を丸くした。
「いいかい、このドレスはね、向こうについて、面談の日の朝になってから着るんだよ。この日のために仕立てましたという雰囲気にしなくてはいけない。分かっているわね?」
「う、うん・・・・」
アイシャは今にも泣きだしそうな顔をしながら、クロムウェル家の姿見の前に立っていた。
仕立て屋さんは鮮やかなターコイズのシフォンドレスをアイシャの身体に当てて、寸法を調整しているところだ。
「わたし、こんなもの着たことがないのだけれど・・・・」
「だからよいのです! 面談というものは、少しくらい緊張しているほうがいいのですよ。着こなしだって、めかすのはいいですけれど、着こなれているというのは、逆に印象がよくないものです」
「そ、そうね・・・・」
仕立て屋さんはてきぱきと寸法を測り、夕方までには届けますからと言って、いそいそとで出て行った。
「さあこんどはお飾りとお化粧です!」
「は、はい・・・・」
お母さんは次々と、アイシャの格好を装飾師さんと決めていった。
仕立て屋さんが置いて行ったドレスのサンプルへの飾り付け、ネックレスやブレスレットの見繕い、華やかすぎないお化粧のめかしこみ、すべてに似合うカバンのあつらえ・・・・。
アイシャはまったくお母さんがこんなオシャレさんだということを、今日の今日まで知らなかった。
そのギャップが、お母さんの一生懸命さをじゅうぶんにアイシャに伝えていた。
アイシャは目をつむって覚悟を決めた。もういいや、どうにでもなれ・・・・。
彼女はお化粧の手順だけはしっかり覚えておこうと、なんどもなんども装飾師さんからお化粧道具の使い方を教わった。
「さあ、これでいいでしょう。装飾師さん、明日の早朝、お化粧と飾りつけだけまた、お願いしますね」
夕方に仕立屋さんが仕上がったドレスを持ってきて帰っていったあと、アイシャは完成したドレスをなんとか着こなした。
その後いくつかの装飾の調整を終えて、装飾師さんはお母さんの言ったことにかしこまりましたとうなずき、満足した様子で出て行った。
アイシャは姿見に映る自分が自分でないことを、途方もない空の星でも眺めるように見ていた。
ああ、わたしはどこの侯爵様の娘かしら・・・・。中身はまったく伴っていないというのに・・・・。