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第1章 ~ 3 (アイシャ、村役場でお仕事のはなし)

 あくる朝、アイシャはお母さんよりもずいぶんと早く起きて、近所の散歩をした。


 前の日は夕食を食べたあと、王都のことを考えながら眠りについた。


 街道に陳列する、貴族の式典を飾る荘厳な騎士たち。また、きちんと敷き詰められた石道の脇に並ぶ、アクセサリ店や服屋さん。きっといちばん奥の一等地には、動力魔法を取り扱う道具屋さんも・・・・。


 王都では毎日がお祭り騒ぎなんだろう、そんなことを考えていたのだ。


 一晩経ったあとも、その想いは消えていなかった。


 いままでこんなことは思いもよらなかった。いつもの胸騒ぎとはちょっと違うぞ、うんきっとそうだ、アイシャはそう考えた。


 家の近くの、大きな楡の木が連なる池のまわりをぐるりと一周した。


 そのあいだには、朝の気持ち良い陽光のなか、青い鳥のワルツや木々の枝のそよぎがあった。


 本当であればそれらはアイシャの胸を落ち着けるところだったが、この朝だけは逆に彼女の胸は騒いだ。


 家に戻ってお母さんが作った簡単なパンとソーセージの朝食を二人だけでとった。お父さんはまだ王都から帰っていなかった。


 食事が終わると部屋で普段着からすこしめかして、持ち物を整えてから、出かけてくると行ってそそくさと玄関から出ようとした。


 しかし出るときにちょうど、さっきまでの天気がうそのようにもくもくと雲がでてきていた。


 気にせずそのまま出かけようと思ったら、お母さんが玄関にやってきて、傘を持って行けと釘を刺された。


 だいじょうぶ魔法があるからと言って、それでもそのまま出ていこうとしたら、嵐があったときどうするのとお母さんから言われ、しぶしぶ傘を持ち出した。


 アイシャはまたちょっと自分の魔法に自信がなくなった。


 彼女は昨日の帰り道と同じ道を反対向きに、村役場に走って行った。


 もう学校はなかったし、正確に言うとアイシャはもう学生ではなかった。


 だから彼女は前の日と違って制服ではなく、村々の自然たちに私服を振り舞いていた。


 彼女の桃色のフリルと真っ白なシャツは、季節と花々の色にマッチしていた。


 彼女が村役場のドアを開ける前に、ちょうど雨が降り出した。それを見て桜の花びらが散ってしまうのではないかと、彼女は心配になった。


 「あら、いらっしゃい・・・・。毎日ご苦労なことだわね」


 村役場のおばさんは昨日と同じ格好で、こんどは座ったままでアイシャを出迎えた。


 「お父さんにいい仕事は見つかったかい?」


 「はい! おかげ様で見つかりました!」


 「ほう。では見せてごらんなさい。その回覧を・・・・」


 アイシャは傘とカバンを荷物置き場において、受付の机の前に座った。


 おばさんと向かい合った格好になって、もとからむき出しにして持っていた大きな回覧を手渡した。


 「それで、どのお仕事にするんだい?」


 「え、ええと・・・・。その・・・・」


 アイシャは急にモジモジしだした。家族の外に出ると不意に上がってしまう癖は、どうしても昔から直らないようだった。


 「なんだい、緊張して。そんなに重要な仕事なのかい。わたしにはそうは思えないけどねえ・・・・」


 おばさんはさも簡単な仕事ばかりだろうという風に、メガネを取って困ったような顔をしてアピールした。


 「はい。この、王都のお仕事を受けてみたいと思いまして・・・・」


 「ああ、これかい? 確かに応募は可能なんだが、わたしも詳細は知らないんだよ。それでもいいと言っていたのかい?」


 「え、あ、はい・・・・。いいんです。受けてみたくて」


 「そうかい・・・・。じゃあ、この書類に3枚、同じものを記入をしてね。代筆でも可能だからね、でも立派に書きなさいよ、見栄えのするようにね。1枚は王都向け、1枚はあなたが持ち帰るもの、1枚はここの保管用だよ」


 「は、はい。頑張ります・・・・」


 アイシャはどくんどくんと心臓が高鳴るのを覚えたが、むしろそれを愉しんでいた。


 こんなことはいままでの人生でいちどもであったことがない。この田舎娘が王都の仕事に応募をするのだ。


 アイシャは3枚目を書き終わる頃には、すでにざあざあと本降りになった外の雨を聞きながら、喉がからからになってしまっていた。


 最後の三つ目の自分のサインをしたときには、もう1年分の仕事をしてしまったかと思うくらいに疲れ切っていた。


 「さてさて、じゃあこれをね、いまからひとつ、伝書鳩で王都に飛ばすからね」


 おばさんはメガネをはずしたまま書類をちらりと3枚確認してから、アイシャにそう言った。


 「はい・・・・。お願いします・・・・」


 アイシャはもう緊張の度が極限に達していた。


 この鳩が飛べば、もう元には戻れない。


 でもやっぱりこの鳩が王都に到着すれば、自分は王都に行ける。


 アイシャはぶるぶる震えながらも、その震えが恐れから来ることでないことには気がついていた。


 彼女の心はすでに文字通り王都のほうへ飛んでしまっていた。


 おばさんは1枚の書類をくるくると綺麗にまるめて、郵便受けのような形をした銀製の鳥かごから伝書鳩を一羽取り出した。


 そして鳩の右足にシルクのリボンで書類をきっちりと括り付けてから、両開きの窓を開けた。


 とたんに風雨が入り込んだが、おばさんもアイシャも気にも留めなかった。


 鳩もアイシャが見る限り、嫌な顔ひとつしていないようだった。


 「さあ、いってらっしゃい。いつも通り道草しないで、しっかり帰ってくるんだよ・・・・」


 おばさんはそう言って、鳩を空へ放り投げた。鳩は勢いよく雨のなかを、東の方角へ飛んで行った。


 「さて、これで一仕事終わったわね。わたしもお役に立てて光栄だわ。ところでアイシャ・・・・」


 おばさんは一息ついて机に戻ると、置いてあったメガネをかけ直して、アイシャに向かって言った。


 「アイシャちゃんの仕事はどうしようかねえ・・・・。魔法は使えないわけだし・・・・」


 アイシャはきょとんとした。おばさんは何を言っているのだろう。アイシャの仕事はいま送ったばかりではないか・・・・。


 「あの。おばさん。わたしは王都の仕事を・・・・」


 「なんだって? 王都だって? あなたが王都に何の仕事があるというんだい。想いを馳せるのはいいけれどね、身の程も知らないといけないよ」


 おばさんはそう言うと、机のうえに残っていた書類の1枚をアイシャに渡そうとして、ふとその書類に目をやった。


 「あいやあ! アイシャ・クロムウェルって!」


 おばさんは椅子から転げ落ちんばかりにびっくりした。


 「あの・・・・。もしかして・・・・」


 アイシャも何かがおかしいことにようやく気付いた。


 「どうやら書き間違いではないようね。2枚とも同じですから。なんとまあ、わたしとしたことが、とんでもない誤りを・・・・。いやちょっと待ちなさい、アイシャ」


 おばさんはさいしょ困った顔をしたが、それでもすぐに険しい顔になった。


 「なにか大変なことをしてしまったのでしょうか・・・・わたし」


 アイシャは先ほどとは違った種類の震えを覚えていた。


 おばさんが何か勘違いをしていたことは分かった。鳩はもう行ってしまった。


 王都のほうでこんな小娘、なにもできない役立たずが応募したと分かったら、村の威厳を損なってしまわないだろうか・・・・。応募はすぐ取り消せるだろうか・・・・。


 「アイシャ、あなた、面接を受けてみるかい?」


 しばらく考えたあとで、おばさんは険しい顔をしたまま、それでも何か納得したように、メガネの奥の目を光らせてそう言った。


 その瞬間、アイシャの王都行きは運命づけられたようだった。

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