表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第1章 ~ 1 (アイシャ、村役場でおばさんと + 自宅にてお母さんと)

「ああ、アイシャちゃん。よく来たわね。今日は卒業式でしょう?」


 村役場に入るとすぐ受付のおばさんが、机から立ち上がって言った。


 おばさんはふくよかな体型で、いつも優しさオーラ全開である。しかし屈託がないぶん正直すぎるところもあった。


「あの、わたしにもできる仕事って、ありますか?」


「なんだい、唐突に・・・・。アイシャちゃんは、どの魔法が得意なんだっけ?」


 おばさんは一度立ち上がったが、また席について眼鏡に目をあてて、仕事の書類をぺらぺらとめくりだした。


「ええと、風と土をちょっとだけです」


「ほう。ちょっとだけとは、どのくらいだい? たとえば風は?」


 おばさんは風関連の仕事のページで手を止めて、アイシャのほうを見た。


「ちょっとだけとは、ちょっとだけです。ものすごく遠くのろうそくの火を消したり、人間一人を、100メートルくらいなら風に乗せて運べます・・・・」


 アイシャは勇気を振り絞ってそういった。


 おばさんとのやり取りは、今までお弁当の話しとか先生の奇抜な服装の話しとかばかりで、こういう仕事のことはてんで初めてだった。


 「なんだい、風魔法だったら小型の台風をせき止めるくらいの力がないと、仕事はないんだよ・・・・」


 おばさんは真実を語りながらも、眉をハの字にして、とても申し訳なさそうな顔をしている。


 聞いたのが馬鹿だった。いまのアイシャではてんで話しにならない。


 アイシャは逆におばさんにたいへん申し訳なくなった。そう、アイシャが才能がないのが悪いのだ。


「そうですよね・・・・。ありがとうございます・・・・」


 アイシャは深いため息をついた。とぼとぼと村役場のドアを開けて、帰ろうとする。ウグイスが外で鳴いているのが余計、ものがなしく聞こえた。


 「あ、アイシャちゃん、待ちなさい」


 「この回覧を、ご自宅に持って行ってちょうだい。お父様にお仕事の依頼があるかもしれないよ」


 「あ、はい・・・・。分かりました」


 (そうよね。わたしには仕事の依頼なんて・・・・。はあ、もっとまじめに勉強と就活、しておけばよかったわ・・・・)


 アイシャは項垂(うなだ)れて帰路についた。


 彼女と同じように、魔法道具や教科書が入っている彼女の大き目のカバンも長い間、使い古されていて、くたびれていた。


 しかし彼女は、それでも自宅の玄関を開けるまでに元気を取り戻していた。


 悔やむ時間は長いけれど、学校では元気がないように見えるかもしれないけれど、ふつうの家庭、家族が円満であることには自信があった。


 「ただいまあ!」


 アイシャはおよそ学校とは異なる声色で元気よく母に挨拶をし、カバンを椅子のわきに置いて回覧をそのうえに乗せ、行儀よくテーブルについた。


 「あら、もう帰ってきたの・・・・。学校の皆ともう少し遊んでくるかと思っていたのに」


 母は意外そうにアイシャに言った。


 「うん。それはいいの。うん、いい・・・・」


 アイシャは2度、母ではなく自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 本当はアイシャも皆で遊びたかったのだが、将来の楽しげな話しに付いていけなくなって帰ってきましたとは、母には言えなかった。


 「あれ、お父さんは?」


 アイシャは話題をそらした。


 「お父さんは、今は留守にしているわよ。なんでも王都のほうから急に呼び出しがあったみたい。めずらしいわね・・・・」


 「へえ! 王都から!」


 王都はアイシャのあこがれだったが、いまだに一度も足を踏み入れたことがなかった。


 「なんか兵役が急に厳しくなったみたいで、過去に軍人だった人たちが、召集されているみたいなの・・・・」


 「え! じゃあお父さん、またやるの?」


 「ううん。そうじゃないみたい。なんか冒険者の育成みたいなこと、やるみたいよ。教育者が必要なんだって」


 「あらまあ!」


 アイシャは目を輝かせた。父は過去の大戦で足に大けがを負って以来、この疎開村に来てからは長らく仕事もなく、一家は細々と暮らしていたのだ。


 だからアイシャは父が仕事をもらったということが本当にうれしかった。


 足元にあるおばさんからもらった回覧をちらりと見やったが、もう両親に見せる必要はないのかもしれなかった。


 「さあこれ、召し上がれ」


 母はミルクティーを出してくれた。


 小春日和の午後、母が丁寧に淹れてくれたミルクティーは、いつもより何倍もの温かさでアイシャをふんわりと包み込んだが、それでも彼女はすぐまた不安になった。


「ええと・・・・、お母さん、お仕事のことだけれど」


「うん? 何か言った?」


 母はもう今夜の料理の準備で野菜の下ごしらえにかかっているようで、遠慮がちに言ったアイシャの話しを聞き取れなかったようだ。


 「ええと、お仕事! わたしのお仕事!」


 「ああ、そうね・・・・」


 母は野菜を洗っていた水を止め、野菜の水を切って木のボウルに入れてから、手を拭ってアイシャの前に座った。


 「あなた、どの魔法ができるんでしたっけ?」母はそう言った。


 (やれやれ・・・・)


 アイシャはついさっき村役場でしてきた、この日二回目の説明をすることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ