冒頭
(ああ~、もうダメ、ぜったいムリだわ・・・・)
アイシャは大して使えもしない風魔法の動力で空中(超低空で地面に付きそう)サーフィンをしながら、ついさっきまで、卒業式を終えたみんなと交わした言葉を思い出していた・・・・。
「わたしはね、すでに決められた隣町のフィアンセと婚約しているわ! この日のためになんど、巨大窯の火加減の特訓をしたことでしょう! ドラゴンの丸焼きからヒヨドリの卵料理まで、なんでも御座れだわよ!」
学校の最後の制服を着た日の帰り道、ある女友だちはマジック・ステッキを振り回しながらご機嫌にそう言った。
「ぼくはさ、ほれごらんよ、この膨大にしたためた魔法書のうつし・・・・、これでも物書きには自信があってね、こんな僕でも、村役場の図書館に勤務するわけだわさ! はあ~、このあとの春休みが終わるのが待ち遠しいのは、僕くらいなものだろうね!」
別の男の子はそう自慢げに語った。
「うーん、みんな、しっかりとした未来があっていいわね! わたしなんかはね、こっちにきて一人暮らしで、晴れて今日、都会の実家に戻れるわけです! いえ、もちろん皆との別れは辛いけれど、あの鬼教師の面を二度と見なくていいのは、まったく学生生活いちばんの幸せというものだから!」
クラスでいちばん活発な子はそう言った。
「ねえ、そう言えばさ、アイシャって、どうするの? あんた、いつも何も言わないから、心配しちゃうわよ・・・・」
その活発な女の子が続けてそう言った。アイシャは集団のいちばん後ろをトボトボと歩いていたが、びくりとして仲間のほうを見て、呟いた。
「わたしはねえ、そうねえ、うん・・・・」
「なによお! あなたはいつもそうだったけれど、何も決まってないの?」
活発な女の子がまた尋ねた。
「うん。考えてなかったし、あまり考えたこともなかった・・・・」
「あらまあ! でも、それがあなたのいいとこ! なんとかなるわよ! ねえみんな!」
彼女はアイシャの肩をばちんと叩いて励ました。アイシャはまたビクリとして、丸くなった背中をぴんと伸ばしたが、それも数秒と持たず、またげんなりした。
「まあほら、世の中仕事でもないし! 生きていくことが大事なんだ!」
「そうそう! アイシャだってそのうち、立派なお嫁さんか村役場の係にもなるわよ! だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
ある女友だちと別の男の子がそういった。
「じゃあねえ・・・・。みんな、ありがとう6年間。たのしかったよお・・・・」
やがて家路へと続く分かれ道のところに来たので、アイシャはそう言って皆に手を振った。
「うん、また会う日まで! 同窓会するからさあ! 元気でねえアイシャ!」
活発な女の子の大きな声を聞きながら、アイシャはとぼとぼとひとり、家路についたのだった。
(みんなみたいに魔法の一芸もないし、これと言って外見に自信があるわけでもないし・・・・。わたしったら、どうしたらいいのかしら・・・・)
ついさっき、疎開村とはいえ僅かな予算で組まれたはなやかな魔法学校の卒業式では、感極まって涙する女の子たちの輪に入って、自分も飛び上がりながらほろりときたのだが・・・・。
もう帰り道では現実に引き戻されていた。
(あ、村役場・・・・。ちょっと寄って行こうかな・・・・)
アイシャは、ちょうど学校と彼女の家とのあいだにある村役場の前の、大きな桜の木のところで立ち止まった。晴れた日の午後、早咲きの桜に囲まれて、村役場はいつにもまして神聖なものに見えた。
というより、アイシャは普段こうして何気なく通っていた道中にこんなたいそうな施設があることに、今日はじめて気づかされたくらいだった。