私と彼と恋と
甘いです。そして需要もないのに、以前投稿した『雨と傘と彼と』のその後のお話。そちらを読んでいただいた方がよいと思います。
週に一度しか行われない茶道部の部活帰り、田島紗英は友人の櫻井亜紀に言われた言葉に思わず足を止めた。
「え?」
「だから、お似合いだよね」
亜希も合わせて歩みを止める。
「…何のこと?」
「紗英と上田君。なんか正反対な気がしたんだけど、でもお似合いだなって」
「…ごめん、何の話?」
「付き合ってるんでしょう?上田裕と」
まっすぐな亜希の目にからかっている様子は見られない。
紗英は驚き、全力で首を横に振った。
「付き合ってないよ!」
紗英の反応に今度は亜希が驚きの表情を浮かべる。
「付き合ってないの?」
「ないよ!」
「だって一緒に帰ってるんでしょう?」
「帰ってないよ!一回、雨が降った日に一緒に帰った時はあったけど、上田君が傘を持っていなかったから傘に入れてあげただけだし。なんでそんな勘違いしてるの?」
「それってこの前話してくれたことだよね?だって、それからほぼ毎日サッカー部の練習見に行ってるからてっきり一緒に帰ってるのかと…。でも、昼休みとか放課後とかよく話してるよね?」
「それはサッカーのルールを教えてもらってるの。ルールわかると面白いからサッカー部も見に行ってるだけで上田君を見てるわけじゃ…」
「ふ~ん」
どこか伺うような亜希の顔に紗英はなぜか居心地が悪くなり、言葉を続けた。
「そ、それに、サッカー部は文武両道を掲げてて、赤点を取ると練習に出させてもらえないみたいだから放課後図書館で、わからないところを教えることもあるけど、それだけだから。付き合ってなんかないんだって!」
必死に言葉を繋げる紗英の様子に亜希は笑みをこぼした。
「そっか、そっか」
「その顔は信じてないでしょう?」
「だって、聞いてもいないのに図書館デートをしてることまで白状してくれるんだもん」
「デ、デートじゃないってば!」
「そんなに真っ赤な顔見せられて違うって言われてもさ」
「本当に付き合ってないの」
「…じゃあ、紗英の片思いってこと?」
「え?」
「好きなんでしょう?」
「……え?」
目を丸くする紗英の様子に亜希も同じように目を丸くした。
「もしかして、無自覚?…その顔で?」
亜希に言われ、紗英は思わず頬に手を当てた。熱い。長い黒髪で隠れている耳も真っ赤なことは明白だった。
「…私は、ただ…一緒にいると楽しくて、サッカーしている姿を見ているとなんか嬉しくて。役に立てると思うともっと頑張ろうって思うだけで…」
たどたどしく言葉を繋げる紗英に亜希はため息をついた。
「それを一般的に恋って言うんじゃないの?」
「恋…」
亜希の言葉に紗英はすぐに違うと思った。だって、裕への気持ちは、今までの「好き」と大きく違う。今までは、格好いいと思い、その人を見るようになった。見ているうちに好きだと思った。こんな風に気持ちを人に言われるまで気づかなかったことなどなかった。
それに裕を見ると苦しいのだ。嬉しくて、頬は緩むのに、でもなぜか切なくなる。それは自分の知っている恋とは違っていた。恋は楽しくて、心が温かくなるものだった。だから恋ではないと思った。
けれど、頬の熱さは本物で、胸は必要以上に早い鼓動を打っている。目は自然に裕を追っていた。サッカーを見ているだけ。そのつもりでもいつだって紗英の目は裕をとらえていた。
「…好き、なのかな?」
言葉に出した想いは自分の気持ちとぴったり合ったようで、嬉しくて、やはり少し切なかった。
「紗英が決めればいいことなんじゃない?」
「…無責任な」
小さく頬を膨らます。その様子に亜希は安心したように笑った。
「なんか、余計なこと言ったみたいでごめんね。自分で気づいた方がよかったかな?」
紗英は首を横に振る。
「言ってくれてありがとう。たぶん、言われるまで気づかなかったと思う」
「顔にも態度にもわかりやすく出てるのに?」
「…うん。だって、私が知ってる恋と違うんだもん」
紗英の言葉に亜希は微苦笑を浮かべた。そしてまっすぐ紗英の目を見る。
「上田君には本気ってことなんじゃない?」
「え?」
「恋に恋をしたんじゃなくて、上田君に恋をしたんだよ」
「…そっか」
亜希の言葉に紗英は頷いた。小さく微笑む。切なくて、嬉しい。相反する気持ちを同時に抱くのが恋なのだろうか。
「明日、普通にしてられるかな?」
「明日?」
「…土曜日だけど、学校で他校との練習試合があるんだって。一年生同士で試合をするらしくて、上田君も試合に出させてもらえるんだって」
「応援行くんだ?」
「…うん」
「そっか。楽しんできてね」
「うん。ありがとう」
柔らかく笑うその顔に亜希は安心したように微笑んだ。
「紗英、告白しちゃえば?」
「え?」
「絶対、上田君も紗英のこと好きだと思うよ?だって、一緒にいるときすごく楽しそうだもん」
「…亜希の勘違いだよ」
「え?」
「あの雨の日から仲良くなったとは思うよ?でも、友達だよ」
「…そんなことないと思うけど」
「上田君は友達みんなにやさしいから。…勘違いして今の距離を壊したくないの」
そう笑う紗英の顔はどこか悲しそうで、亜希は紗英の頭に手を伸ばした。ポンポンと軽く叩く。
「ごめんね」
小さな声で言われた言葉に紗英は首を振った。ごめん、なんて間違いだ。だって、きっとずっと前から好きだった。一緒に帰った雨の日から。ただそれが言葉になっただけ。それだけだった。
秋の空は気持ちの良い晴天だった。日差しは暖かく、風はほんの少し冷たい。紗英はフェンスに手を置き、グラウンドを見渡した。短い黒髪が揺れている。裕だ。裕も紗英の姿を見つけたようで、軽く手を振った。フェンスに向かって走ってくる。
「おはよう、田島。今日は来てくれてありがとう」
「おはよう。頑張ってね」
「ああ。勝つから」
「うん。楽しみにしてるね」
「ちゃんと見ておけよ」
裕の言葉に笑みを浮かべ、頷いた。それを見て満足したように裕は背を向け、チームメイトのもとに戻っていく。裕を囲んだ数人がこちらを見ながら何かを言っている。軽く頭を叩かれている姿から紗英との関係をからかわれているのだろうか。
ふと紗英は自分の周りを見た。いくつかの視線が紗英に向かっている。亜希の話では「付き合っている」ように見えるというから勘違いされているのだろうか。
「友達だよ」
声に出さずに口を動かしてみた。誰に伝えようとしているのか自分でもわからない。
友達という言葉がひどく便利だと初めて知った。胸が苦しくなり、手を当てる。それでも視線は笑顔の裕をとらえるのだ。
「バカみたい」
小さなその声は、試合を知らせるホイッスルにかき消された。
一年生同士の対抗試合は1-0で紗英の高校が勝利した。1点を決めたのは裕ではなかったが、始終真剣にボールを追う裕の姿を紗英は見ていた。ゴールが決まった瞬間でさえ、紗英の視線はボールの行方ではなく、裕を追っていた。
どうしてこんなに好きになってしまったのだろうと思う。どうしてこんなに好きなのに、気づかずにいられたのだろうとも思った。
試合が終わり、相手校がバスで帰って行った。裕たちは片付けを始めている。周りが帰り始めていた。紗英も同じように帰ろうとグラウンドに背を向ける。
「田島!」
呼び止めるその声に紗英は後ろを向いた。息を切らした裕が手を振り、フェンスに近づいてきた。片手にはトンボを持っている。
「田島、一緒に帰ろうぜ。もう少しで終わるから、ここで待っててよ」
「え?」
「上田!」
「あ、やべ。呼ばれたから、俺行くわ。でも、マジでもう終わるから!」
「え?ちょ、ちょっと。上田君…」
呼び止めようとした紗英の声は、もうすでに裕には届いていなかった。小さく息を吐き、試合をした後なのに、全力で走りトンボをかける裕の姿を見つめる。片付けをする姿でさえも目で追ってしまう自分がなぜかおかしくて、紗英は少しだけ笑った。
背丈より少し低いフェンスに腕をつき、紗英は亜希の言葉を思い出す。
「恋に恋をしたんじゃなくて、上田君に恋をしたんだよ」
「恋に恋」とはよく聞く言葉だが、自分がそうだと思ったことはなかった。けれど、自然と目が裕を追うたび、裕が背を向けるだけで胸が苦しくなるたび、今までの恋が「恋に恋」だったのだと思い知らされる。
あの雨の日に、傘を差しださなければよかったのだろうか。けれど、差し出したから裕と一緒に笑うことができるのだ。裕がより輝いて見える。それが幸せなことだと紗英は分かっていた。
小さく息を吐く。傷つきたくないと思う。けれど、何もしなくては何も始まらない。それも苦しかった。
「ごめん、お待たせ」
いつの間にか背後に裕がいた。ポンと肩を叩かれる。振り向いた。笑顔の裕がいて、胸の鼓動が早くなる。汗に揺れた髪が輝いて綺麗だった。
「…お疲れ様。勝ったね」
「勝つって言っただろう?」
自信ありげなその表情がなんだかおかしくて少し笑う。つられて裕も笑った。
「帰ろうか。俺ら以外もう、帰ってるよ」
裕の言葉に紗英は周りを見渡した。気づかないうちに周りは撤収を終えていたらしい。
「本当だ。考え事してたから気づかなかったみたい」
「考え事?」
「え?…あ、ちょっとね」
「ふ~ん」
怪しむような裕に紗英は慌てて、話を戻す。
「か、帰るって言ったけど、上田君とは反対方向でしょう?どうするの?」
「今日は送るよ」
「え?」
「見に来てって頼んだの俺だから」
「…いいのに」
「いいからさ。ほら、行こう」
試合に勝って嬉しいせいか、いつもより笑顔の裕は紗英の手を引いた。触れた手に一瞬紗英の肩が上がる。裕は驚いて振り向き、自分の手を見た。慌てて手を離す。
「うわっ、ご、ごめん」
「…う、ううん。大丈夫」
頬が赤くなっているのがわかる。けれどそれは目の前の裕も同じだった。
「あ、えっと…それじゃあ、帰ろうか?」
照れた顔のまま、明後日の方向を見て裕が言った。ちょうどよく見える耳は真っ赤に染まっている。
「……好き」
「え?」
紗英の言葉に裕は勢いよく振り向く。その表情には驚きが浮かんでいた。
「あ、…えっと…」
裕の顔を見て、紗英は自分が何を言ったのか気が付いた。顔が赤くなるのがわかる。無意識に出た言葉だった。伝えるつもりなどなかった。
「あ、いや…ごめん。違う…えっと…違くて」
必死で取り消そうとする。なかったことにしたかった。けれどそれはできないのだ。泣きそうになりながら首を横に振る。
紗英の様子を見て、一足先に裕が冷静さを取り戻した。困ったように頭く。
「あのさ…俺も…ってか、俺は、田島のこと好きだけど」
「……え?」
「だから『違う』じゃないと嬉しいんだけど」
照れたように頬をかく裕の姿が紗英の視界に入る。赤く染まったその顔はどこか幸せそうだった。熱が移ったように、紗英の顔も赤くなる。小さく拳を握りしめ、裕を見た。
「…私も、…私も、上田君のこと好き」
心臓がいつも以上に音を立てる。大きくて、周りに聞こえてしまいそうだった。けれど今、目の前にいるのは裕だけである。
小さく裕が笑った。つられて紗英も声を出して笑う。
「俺から告るつもりだったんだけどな」
「え?」
「先越されるとは思ってなかった」
片頬を持ち上げ裕が言う。
「…なんか自信満々じゃない?」
なんだか悔しくなって、そう言った。すると軽く頭を叩かれる。
「なわけないだろう?…『違う』って言われて内心、すごく焦ったんだからな」
「…ごめんね」
「手を繋いで帰るって言うなら許してあげる」
そう言って裕は手の平を紗英に向けた。紗英は裕の手と顔を交互に見る。
「えっと…嫌?」
しばらく続いた沈黙に眉をひそめて尋ねた。紗英は顔を上げ、首を横に振る。裕は安心したように息を吐いた。
紗英は恐る恐る手を差し出す。その様子に裕は焦れたように強引に手を引いた。ぎゅっと握りしめる。形の違う手のひらが、けれどそれが正解のように重なり合った。
「嫌じゃないならいいだろう?」
いたずらが成功した子どものように笑う裕に紗英は小さく頷いた。それを見て、裕も頷き返した。
「あ~、俺、ドキドキしすぎて心臓やばいんだけど」
「私も」
体温が熱くなる。手に汗をかいてしまう。けれど手を離したいと思わないのは、「幸せ」と言いたげな裕の表情がすぐ近くにあるからだ。鼓動が早くなる。照れくさくて笑みがこぼれた。
裕は横を向く。頬を赤く染めた紗英の表情にふと、周りを確認した。再び紗英に視線を戻す。
「…どうかした?」
「ねぇ、もっとドキドキすることしてもいい?」
「え?」
ゆっくり近づいてくる裕の顔。胸がドキドキし、締め付けられた。どこか切ない。けれどそれが幸せで。だから紗英もゆっくりと目を閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!
なんだか、甘いな。甘々だな。と自分でも思います(笑)
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