第八章
十日後、ついに作戦が決行された。
ここ、『ゴールデナー・アプフェル』の戦闘指揮所内には、今までにないほどの人員が集っていた。そのほとんどが反帝国レジスタンスのメンバーだ。
「準備が出来たようですね。起動します」
イレーヌは、目の前にあるパネルに自分のオーブを差し込んだ。
「システムオールグリーン。いつでも行けます!」
オペレーターを担当しているメンバーから、『ゴールデナー・アプフェル』の軌道状況について報告が来た。
「了解。戦艦モードに移行します」
イレーヌが宣言すると、『ゴールデナー・アプフェル』は以前レオポルク岩山地帯を突破した時の様な飛行形態になった。それだけにはとどまらず、馬車部分の上部から四門の砲身がせり出してきた。
「戦艦モード、移行完了。全システムに問題ありません!」
「わかりました。ではこれより、作戦を開始します。進路、ルードーア川上流。発進してください」
この命令で、『ゴールデナー・アプフェル』はルードーア川へ向け、移動を開始した。
「まさか、この馬車にこんな秘密があったなんて……」
イレーヌの隣で一連の動きを見ていた和泉は、そう漏らした。
「はい。この『ゴールデナー・アプフェル』は、そもそも空中戦艦として設計されていました。馬車の姿を取っていたのは、帝国領内へ侵入している間、怪しまれないためのカモフラージュです。また、この戦闘指揮所は戦艦として運用している間、艦橋となります」
イレーヌが『ゴールデナー・アプフェル』の真の姿について解説すると、今度は永花から質問が出た。
「それにしても、一体誰が設計したのかしら?」
永花は、『ゴールデナー・アプフェル』を初めて見たときから疑問に思っていた。卓越した変形機構に、見た目とは裏腹に中は広い空間。そして極めつけは、馬車よりも大きいMKを三機も収納できること。
これらの機能は、ユッテ半島にいる魔法を使える三種属、光のエルフ、水のセイレーン、風のハルピュイアの、どの種族も持っていない魔法技術から造られていることは明らかだった。
永花の問いの意味を理解したイレーヌは、逆に質問する形で切り返した。
「以前、ハーフリンクについてお話ししたことがありましたよね?」
「確か、帝国が迫害してきて、奴隷にされたり亡命したりしたって言ってたよね?」
質問には静穂が答えたが、永花はこれを聞いて思い出した。
「そういえば、その時『ゴールデナー・アプフェル』は亡命してきたハーフリンクが設計したって話してたわね」
「その通りです。この変形機構も、内部が広いのも、ハーフリンクが使う空間系魔法のおかげなんです。ただ、武器系統は私が艦長を務める前提で設計されていたので、そこだけ光系魔法の技術が使われていますけれど」
「確かに、我々が戦艦を持っているとは父上も予想していなかったでしょうから、ある程度心理的ダメージが期待できるでしょうが……勝てるのでしょうか?」
メイナードが弱気なことを口にした。
「それはどういう意味でしょうか?」
イレーヌが口にしたことについて問い正した。
「この機体が戦艦ならば、戦うことになるのは『シデン』です」
「『シデン』というと、あの戦艦大和みたいな空中戦艦の事よね?」
永花が呟いた。
「ええ。その戦艦は帝国最大の戦艦で、強力な武装を備えています。特に艦首に搭載された主砲・カミカゼの威力は凄まじい物があります。あの砲口から発射される特大サイズの炸裂弾やアダマンタイト弾をまともに食らえば、一撃で破壊されてしまいます」
「つまり、大艦巨砲主義ってこと?」
永花が聞いた。
「まあ、そういうことになるでしょうね。射程も、おそらく『ゴールデナー・アプフェル』の物よりも長いでしょうし」
「ですが、必ず勝機はあります。『シデン』の装甲はアダマンタイトですよね?」
今度はイレーヌが質問した。
「おそらく、そうでしょう」
「なら、それだけでも勝算はあります。アダマンタイト装甲の弱点は、魔力を直接変換した攻撃です。『ゴールデナー・アプフェル』の武装は、光系魔法をそのまま弾にして発射できますから、懐に潜り込みさえすれば勝てます。ですから、私を信じてください」
その時、オペレーターから報告が入った。
「間もなく目標地点に到達します」
「了解。皆さんは格納庫へ向かい、準備をしてください。永花さん、よろしいですか?」
「任せなさい。作戦は、必ず成功して見せる」
そう言うと、永花は格納庫へと歩いて行った。
〈出撃準備完了。『ニヨルド』、発進どうぞ〉
『ニヨルド』のコクピット内に、オペレーターの声が響いた。
「了解。秦野 永花、『ニヨルド』、出るわよ」
『ニヨルド』はカタパルトから射出され、眼下にあるルードーア川へ飛び去った。
〈永花さん、データは開いていますか?〉
イレーヌから通信が入った。
「ええ、開いているわ。不調もないし、現在位置も確認できる。問題なく任務は遂行できるはずよ」
〈わかりました。では、ご武運を〉
そう言われると、通信を切った。それと同時に、ルードーア川の水面が近づいていた。
「タイミングは今ね。変形」
すると、背中に展開していた水のマントが、『ニヨルド』の身体を覆った。マントに覆われた『ニヨルド』の姿は、さながら潜水艦の様であった。
それもそのはず。『ニヨルド』はマントで身体を覆うことにより、水圧を極端に減らすことができる。この状態で水中に入れば、機動力で勝る相手はいない。
「もう着いた。さすがね」
川に潜ってからほんの数分もしないうちに、永花はルードアハーフェンへつながる水門にたどり着いた。だが門は閉まっている。
この状態を確認した永花は、躊躇なくアクアレーザーを照射し、敵に気付かれないように門を破壊した。
なお、このアクアレーザーは潜水艦状態の時、マントで身体を覆っている状態なので、全方向に発射できる。
門を破壊した永花は、データにある地図を確認した。
「ここからだと――東部基地が近いわね」
ルードアハーフェンは、東西南北それぞれに基地が設けられており、中央には城が築かれている。永花の目的は、市内四ヶ所にある基地を奇襲し、敵の戦力を削ぐと同時に混乱をもたらし、味方が城へ強襲できるようにすることだ。
「着いた。ここね」
程なくして、永花はルードーア川上流の水門から近い基地、東部基地にたどり着いた。
この東部基地はルードーア川と水路でつながっており、有事の際は船で素早く出撃できるように設計されている。下流水門に近い西部基地も同じような理由で、水路を基地内に引き入れていた。
だが、裏を返せば、敵が水軍力に長けていた場合、容易に攻められてしまうということである。しかし、帝国に勝る水軍力を持つ勢力は存在しなかったため、長らく基地が攻められることはなかった。――この時までは。
永花は基地内の水路に侵入すると、『ニヨルド』を人型形態に戻しながら水上に飛び出した。
東部基地の連中は、想定していなかった事態、つまりいきなり友軍ではないMKが出現したため、激しい混乱状態に見舞われた。
「この状況……あの時を思い出すわね」
永花は、思い出したくもないことを思い出してしまった。クリスタフートで友人を亡くし、怒りにまかせ、まともに戦闘できない基地を破壊して回ってしまったことだ。
「でも、今回は違う。破壊は必要最低限に……」
そう呟くと、永花は格納庫を探し始めた。格納庫にはMKが保管されてある。イデア界における戦闘は、ほぼMKによるものだけなので、出撃される前に格納庫ごと破壊しておけば、戦力を削るという目的は果たされる。
「見つけた。そこね!」
永花はすぐに格納庫を見つけると、SCWを発射した。放たれたSCWは格納庫に吸い込まれ、赤い炎を上げた。
格納庫が破壊されたことを確認すると、永花は『ニヨルド』を潜水艦形態に変形させながら、水路へと飛び込んでいった。
「次は南部基地ね」
南部基地と北部基地は、市内に網の目の様に張り巡らされている水路からある程度離れている場所にある。よって、多少飛行しなければたどり着けなかった。
飛行する行為は、この任務においてはリスクだった。『ニヨルド』の空中での機動性は、『マーニ』、『ヴェズルフェルニル』に比べて大きく劣る。そのため、奇襲作戦では、自分から見つけてくれと言っているようなものだった。
だが、今は手段を選んでいる場合ではない。
一つ目の基地の襲撃が成功した以上、他の基地にも情報が届いている可能性がある。ここからはスピードが勝負なのだ。
腹を決めた永花は、南部基地に最も近い地点に到達すると、すぐさま人型形態へ変形して飛行し、基地へ向かった。
飛行高度は出来るだけ低く保った。その方が見つかりにくいと考えたからだ。
基地に到着する頃には、敵はまだ出撃準備は整っていない様子だった。
「間に合っているようね」
永花はすぐさま格納庫を見つけ出すと、SCWで砲撃し、破壊した。
「東部基地と南部基地が襲撃されただと!?」
ルードアハーフェン城内にある帝国軍司令部で、国忠の側近、マクレーンは驚きの声を上げた。基地襲撃の一方を聞きつけたからだ。
「被害はどうなっている?」
「はい、各基地とも格納庫を破壊された模様。MKを全機収納していたため、基地内にあるほぼすべての戦力を失いました。また混乱も凄まじいようで、基地機能がまともに働いていません」
司令部にいる軍人が、コーネリアスの質問にきびきびと答える。
「このままでは、首都防衛が危うくなるな……。西部、及び北部基地にも警戒するよう伝えろ」
「了解。……あっ!」
コーネリアスの指令を実行しようとした兵士が、何かに気付いた。
「どうした?」
「西部基地、襲撃を受けました! やはり格納庫を破壊され、所属しているMKは全て出撃不能です!」
「何だと?」
この時、コーネリアスは違和感を覚えていた。敵の行動が早すぎるのだ。
「対空レーダーは何か掴んでいるのか?」
「基地襲撃の際に弱い反応をキャッチしているようですが……後は何も捉えていません。そもそも、市内に侵入した痕跡すらないのです」
「突然現れては、突然消える……。まるで幽霊だな」
その時、後方の席で状況を静観していた国忠が、ゆっくりと口を開いた。
「レーダーの記録の履歴を、見せてみろ」
国忠の命令に従い、コーネリアスはレーダーのデータを国忠へ送った。
国忠は送られてきたデータを一目見ると、納得したような顔をした。
「なるほど。敵は水路を使っているようだな」
「なぜ、そう思われるのですか?」
コーネリアスは聞き返した。
「レーダーが捉えているのは、全て水路の近くだ。特に南部基地襲撃時のデータを見てみろ。水路の近くで現れ、そのまま基地へ向かっている」
国忠の解説をコーネリアスは聞いていたが、まだ疑問が残っているような表情だった。
「確かに、水路を使ったのならば、市内へレーダーの痕跡を残さず侵入した事についても説明がつきますが……そんなに水路を素早く動き回れるのでしょうか?」
コーネリアスの常識では、水中で魚の様に動き回る兵器があるとは信じられなかった。だから、国忠が唱えた水路利用説は、到底信じることが出来なかった。
「いや、奴らなら十分可能だ。『ゲッコウ』との戦闘記録を見ただろう」
『ゲッコウ』の戦闘記録では、青いMKが、短い戦闘時間ながらも、その水中での高い機動性の片鱗を見せた。あれ以上の機動性が出せるなら、電光石火の進撃も可能だった。
「確かに、皇帝のおっしゃる通りですな。では、早急に対策を練らなければなりますまい」
「いや、その必要はない、コーネリアス」
基地防衛の作戦を考えようとしていたコーネリアスを、国忠は制止した。
「それは、どういうことでしょう?」
「すでに考えはできている。おそらく敵は、この北部基地に最も近い、この水路から飛び出してくるはずだ」
そう述べながら、国忠は地図上のある一点を指し示した。
「この地点に、北部基地から動かせるだけMKを配置しろ。飛び出してきたところをハチの巣にしてやるのだ!」
「そろそろ、最後の基地ね」
東部、南部、西部の三つの基地を破壊した永花は、残る北部基地へと急いでいた。
だがその時、突如警報が鳴り響いた。
「この警報……上から!?」
モニターを映し出してみると、水路の上空で十数機の『ハヤテ』と『ハヤブサ』が、銃を構えながら待機していた。
どうやら、行動パターンを読まれてしまったらしい。
この状況で、永花に与えられた選択肢は二つ。一つは敵を無視し、基地へ向けて強行突破すること。もう一つは待ち伏せしている敵を撃破してから基地へ向かうこと。
強行突破をかける場合、ここから離れた位置から飛行して基地へ向かう必要がある。その場合、敵に発見され追いかけまわされる可能性が非常に高い。
この『ニヨルド』は空中での機動性が一番悪いため、追いつかれる可能性がある。仮に基地へ到達でき、格納庫を破壊できたとしても、待ち伏せ部隊が戦闘をやめる保証はどこにもない。それに、自分も無事に強襲をかけてくる味方と合流できるかどうかわからない。
敵を撃破してから向かうにしても、どれだけ時間がかかるかわからない。この作戦は電光石火が命だ。あまり時間はかけられない。
だが、首都に駐留している部隊である以上、ある程度の技量は持っていると考えるべきだ。そうなると、予想以上の長期戦になってしまう可能性が高い。
このように永花は最善の策を色々と考えていたが、その中であることに気が付いた。
敵がいつまでたっても撃ってこないのだ。
「そうか……。たしか、帝国は対水中戦用の兵器がなかったのね。となると、もしかして私の事も気づいていないのかしら?」
このこと発見した永花の行動は、早かった。
唯一マントに包まれていない『ニヨルド』の武装、背部二連装高水圧砲・グングニルを水面から出し、空中の『ハヤテ』達に対して砲撃したのだ。
いきなり水中から攻撃を受けた『ハヤテ』数機は、なす術もなく墜とされていった。
そして突然攻撃を受けたため、『ハヤテ』達は混乱状態に陥りながら、やみくもに水路へ向けてマスケットを乱射した。
「無駄よ、そんなあてずっぽうの攻撃」
永花はより深く潜ると、水路へダイブしてくる銃弾を次々と避けていく。
もっとも、銃弾が当たったところで大したことはなかった。アダマンタイト弾だろうと水中に入った途端、威力が激減するからだ。
「さて、今の内に」
永花は混乱している敵を尻目に、戦場から少し離れた位置へ移動した。
そこは、待ち伏せしていた敵を全て捕捉できる場所だった。
そこに到着すると、永花は『ニヨルド』を人型に変形させながら飛び出した。
「そこだ、行けぇぇえええぇぇぇぇぇ!!」
そして、永花は全砲門を開き、発射した。
この一斉射撃を避ける力は、混乱した敵の部隊には残っていなかった。みんな『ニヨルド』の砲撃をまともに受けてしまい、全滅してしまった。
敵軍の撃破を確認した永花は、急いで北部基地へ向かい、格納庫を破壊した。
任務を終えた永花は、『ゴールデナー・アプフェル』へ通信した。
「こちら永花。全ての基地の戦力を無力化したわ」
〈了解。では、予定通り合流地点へ向かってください〉
「北部基地格納庫……破壊されました」
ルードアハーフェン城内の帝国軍人は、神妙な面持ちで報告した。
「おのれ、待ち伏せ部隊は何をしていた!」
戦況を見ていたコーネリアスは、怒鳴り散らした。だが意外なことに、国忠がコーネリアスを諌めた。
「まあまあ、コーネリアス。そうカッカするな」
「ですが、皇帝……」
「このことは、水中戦に長けた敵が勝っても当然のこと。今まで水中戦の事を考えてこなかった、我々に敗因があるのだ」
「ですが、これで敵の本隊が襲撃してくるのは確実ですぞ」
ところがコーネリアスの心配をよそに、国忠の様子は落ち着いていた。
「こんなこともあろうかと、城内にいる部隊の出撃準備は整えておいた。出るぞ」
「わかりました。お供いたします」
「ああ。だが今回、吾輩は指揮を執れないかもしれん。頼んだぞ」
「間もなく合流地点に到達します」
オペレーターから、現在位置の報告が出る。
『ゴールデナー・アプフェル』は、永花の活躍もあり目立つ抵抗にも遭わないまま、ルードアハーフェンへ侵入できた。
「北の方角よりMK反応一。『ニヨルド』です」
「回線をつないでください」
イレーヌは永花の発見をオペレーターから告げられると、永花と通信をするように言った。
「永花さん、状況はどうですか?」
〈損傷はほとんどないわ。このまま戦闘を継続できそうよ〉
「それは良かった。ですが、一度戻って休まれてください」
〈了解。これより帰投する〉
こうして、『ニヨルド』は『ゴールデナー・アプフェル』に収容された。
だがその直後、莫大な敵性反応をキャッチした。
「城の方角より、反応多数! 『ハヤテ』、『ハヤブサ』の部隊、それに『シラギク』、『シデン』もいます!」
その報告を聞いたイレーヌは、覚悟を決めた。
「現存している、帝国の全戦力の様ですね。敵も、決戦のつもりで来ているのですか」
さらに、報告は続いた。
「本艦、ルードアハーフェン城の堀に到達しました」
ルードアハーフェンの城は、巨大な湖の様な掘に囲まれている。イレーヌ達は市街地に被害を出さないため、この広大な掘を戦場にしようと考えていた。
「了解。MK各機は出撃してください。決して、堀の外に戦火を広げてはなりません」
その時、格納庫にいる永花から通信が入った。
〈イレーヌ、私も出た方がいい?〉
「いえ、集中力を回復するためにも、永花さんはしばらく休まれてください。出番になったら指示します」
〈わかったわ。しばらく休憩してる〉
「やはり出てきたのか、国忠」
出撃した和泉が、吐き捨てるように言った。
〈それはこちらも同じだ、和泉よ〉
同じように、国忠も言った。
〈時に、和泉よ。本当に、吾輩と共に来る意思はないのだな?〉
「前にも言った。あるわけない」
和泉は、国忠の提案を突っぱねた。
国忠はこのことをある程度予想していたのか、やれやれといった感じで首を振ると、こう告げた。
〈ならば、力ずくでも引き入れるのみよ! 和泉、付いて来い!〉
「望むところ!」
和泉は『シラギク』の後を追った。
〈私もそちらに向かいましょう。父とはいずれ、戦わなければならないと思っていましたから〉
続いてメイナードの『スイセイ』も、二人の後を付いて行った。
「『マーニ』、『スイセイ』、『シラギク』の後を追い、城の反対側へ向かいました」
オペレーターの報告を聞いたイレーヌは、やはりといった感じでうなずくと、指示を出した。
「皇帝の乗る『シラギク』は、二人がかりでなければ抑え込むのは難しいと考えられます。ここはあの二人に任せ、我々は『シデン』の撃墜を目指します」
そう宣言した直後、敵に動きがあった。『シデン』の目の前に、敵機が一機もいなくなったのだ。
イレーヌは、この意味をすぐさま理解した。
「回避ーっ!」
素早い回避行動は、功を奏した。
〈カミカゼ、撃て!〉
コーネリアスの号令のすぐ後に、『シデン』の艦首に搭載された主砲・カミカゼが放たれたのだ。
「敵主砲、本艦をそれました」
オペレーターが、攻撃を回避できたことを告げた。
ブリッジ内では、強力な攻撃を避けられたことにわずかな安堵感が生まれていたが、イレーヌは避けられて当然だと思っていた。
イレーヌが早い段階で敵の攻撃に気付いたのも一因だが、この『ゴールデナー・アプフェル』は空間系魔法を応用した技術により、外見をMKよりも小さくすることに成功した戦艦だ。そのため、遠距離攻撃が命中しにくいという利点を持っていた。
だから、射撃武装しか持たない戦艦との戦闘では、圧倒的有利に立てるのだ。
「こちらも反撃します。主砲・ユグドラシル、発射準備」
「了解。ユグドラシル、発射準備開始」
砲撃手がイレーヌの命令を復唱しながら、ユグドラシルの発射準備を整えていく。
「発射準備完了しました」
「了解。照準、敵艦『シデン』主砲。ユグドラシル、撃て――――っ!」
すると、『ゴールデナー・アプフェル』の馬の部分が口を開き、赤くて太いレーザーが発射され、『シデン』の主砲に命中した。
「『シデン』主砲、破壊を確認しました。この戦闘では使用不可能になったと思われます」
「わかりました。ではこのまま『シデン』の後ろへ回り込み、機関部を破壊します。船速最大」
『ゴールデナー・アプフェル』は、さらなる進撃を開始しようとした。しかし当然、敵の『ハヤテ』、『ハヤブサ』達はそれを阻止しようと近づいてくる。
これは厄介なことだった。いくら『ゴールデナー・アプフェル』が小さいとはいえ、接近戦を挑まれると勝ち目がない。そういう意味では、MKは大敵だった。
「自動迎撃バルカン・ミスティルティン起動。近づく敵MKを墜として下さい」
イレーヌの号令の後、『ゴールデナー・アプフェル』の馬車の部分の至る所からバルカン砲塔が出現した。それらは自動的に敵機に砲口を向け、光の弾を連射した。
「敵MKをうまいこと遠ざけているようですね。静穂さん、進路の確保をお願いします!」
〈了解!〉
静穂の『ヴェズルフェルニル』は、ショートライフルとフェザーミサイルを連射し、『シデン』の右舷側の敵を一掃した。
「敵戦艦の右舷側、進路確保しました」
「了解。全速前進。このまま回り込みます」
戦況は、イレーヌ達の方に傾いていた。だが、これで黙っている敵ではなかった。
それは、『ゴールデナー・アプフェル』が『シデン』の側面を通過しようとしたときに起こった。
〈右舷、副砲・アサカゼ起動。敵戦艦を撃て!〉
コーネリアスが命令を下すと、『シデン』の側面から数十門という数の砲身がせり出し、一斉に火球を放った。
「回避――――っ!」
しかし、とてもじゃないが全て避けきれる弾の量ではなかった。放たれた火球の内、数発は命中してしまった。
「損傷は軽微。ですが、敵は継続して砲撃を続けています。このままでは……」
「わかっています。静穂さん、敵の砲身を破壊してください」
〈はい!〉
イレーヌの指令を受け、『ヴェズルフェルニル』はショートライフルから風の刃を発生させ、『シデン』のアサカゼに斬りかかろうとした。
〈アサカゼ、火炎放射モードに移行。敵を寄せ付けるな!〉
ところが『ヴェズルフェルニル』が肉薄した瞬間、アサカゼの砲台から火炎放射が浴びせられた。
実は、アサカゼは火炎放射機としても機能でき、炎の形状を変えることで様々な戦局に対応できるのだ。
〈わわっ〉
これに驚いた静穂は、攻撃を与えることが出来ずに引き下がってしまった。
「一筋縄ではいかないようですね。副砲・ミョルニル起動。全砲門で破壊します」
すると、『ゴールデナー・アプフェル』の馬車の部分の屋根に装備された四門の砲台が『シデン』の方を向き、一斉に白い光の砲撃を放った。
〈アサカゼ、障壁モードに移行。防御しろ〉
しかし、『シデン』はアサカゼから放たれる炎で壁を作り、ミョルニルによる砲撃を防いでしまった。
この時点で、イレーヌは二つの選択肢を考えた。
一つは、主砲・ユグドラシルで強引に炎の壁を突き破ること。しかしこの方法は、成功してもユグドラシルの再チャージが必要になってしまう。そうなると、『シデン』の機関部を狙うことができたとしても、チャージが完了していないために肝心なところで発射できなくなる可能性がある。
もう一つは、強行突破をすることだ。だが今までの敵の砲撃の様子を見てみると、とてもじゃないが強行突破できるほどの勢いではないことは明らかだ。後ろを取る前にこちらが墜とされる可能性が非常に高い。
どちらを取るにしてもリスクはかなり高く、イレーヌの頭を悩ませた。だがその時。
〈イレーヌ、私を出しなさい〉
格納庫から、永花が通信をしてきたのだ。
その時、イレーヌの頭の中に新たな選択肢が生まれた。
『ニヨルド』を出すのだ。『ニヨルド』による水系魔法を駆使した攻撃ならば、『シデン』の炎系魔法に対して相性がいい。そこそこ威力があれば、簡単に炎の壁を破ることが可能だ。
「永花さん、もうよろしいのですね?」
〈ええ。もう頭もスッキリしたし、『ニヨルド』も万全よ〉
「わかりました。すぐに出撃してください」
「秦野 永花、『ニヨルド』、出るわよ」
永花の乗る『ニヨルド』は、出撃早々、敵MKから猛烈な射撃を受けた。だが永花は即座にアクアレーザーで応戦し、放たれた敵の弾丸ごとMKを貫いた。
「静穂、敵のMKを押さえて。私は『シデン』を叩く」
〈わかった〉
永花は静穂に援護を頼むと、自らは『シデン』へ向け、照準を合わせようとした。
だが『シデン』の砲撃は、永花に照準を定める暇を与えなかった。
「これでは正面からの攻撃は無理ね……。なら!」
すると永花は『ニヨルド』を潜水艦形態へ変形させながら、堀の中へ潜った。
こうなると、『シデン』になす術はなかった。対水中戦用の装備がない上に、自分の下方への攻撃手段を持っていないからだ。
そして永花は、水路での戦闘で行ったように背部二連装高水圧砲・グングニルを水面から出し、『シデン』のアサカゼ砲台へ向けて、何発も何発も撃ち続けた。
放たれたグングニルは炎の壁を容易く突き破り、『シデン』船体へダメージを与え続けた。
そのうち、『シデン』の右舷にある武装が全て破壊され、使用不可能になってしまった。
〈百八十度回頭! 左舷側の武装を使うのだ!〉
しかし、コーネリアスの反応は遅かった。
早い足を生かして、『ゴールデナー・アプフェル』はすでに『シデン』の背後に回っており、機関部を射程に収めていたのだ。
〈ユグドラシル、撃て――――っ!!〉
二頭の馬から放たれた赤い光の柱は、『シデン』の機関部を貫いた。そしてそこから誘爆が始まり、『シデン』全体に炎が広がっていった。
〈そんな……『シデン』が……世界最強の戦艦が……〉
コーネリアスは、戦艦が戦いの行方を決める要素であると思っていた。そのため、『シデン』よりもはるかに小さい『ゴールデナー・アプフェル』に負けたことを認められないまま、無駄に巨大な戦艦と運命を共にした。
〈どうした、それで終わりか!〉
「クッ……」
和泉とメイナードは、国忠からの激しい攻撃にやられ、すでに心身ともにボロボロだった。
機体の損傷も激しく、いたる所から魔力漏れが発生している。
〈もう無駄な抵抗はよせ。貴様は吾輩に及ばなかったとはいえ、我が軍の将にも引けを取らぬ。おとなしく吾輩と手を組み、日本を正せ!〉
しかし、和泉は国忠に答えず、逆に訊き返した。
「あんた……、なんでその機体に、かつての自分の特攻機の名前を付けた?」
〈ほう、面白いことを言うな。よかろう、話してやる〉
そして、国忠の独白が始まった。
〈吾輩が特攻した際、白い光に包まれた。気が付くと、吾輩は見知らぬ世界にやって来ていた。そこに、一人のドラゴンジーンの少女がやってきた。彼女はギーゼロッテ王国の王女だと言い、王宮で匿ってくれると言ってくれた。そしてこの世界、そして元いた世界との関わりについて教えてくれた。それによると、吾輩が人間としてこの世界に来た以上、元の世界では死んでいないということがわかった〉
すると、国忠の目から涙がこぼれ落ちた。
〈吾輩は、悔しかった。お国のために命を捨てるつもりであったのに、生き延びてしまった!〉
国忠は少し落ち着くと、また元の調子で話し始めた。
〈だが王宮にあった書物を読むうちに、吾輩はあることを発見した。過去にもこの世界各地で人間界からの召喚者が確認されており、しかも召喚された地は例外なく何かしらの問題を抱えていた。さらに、召喚者がその地の問題を解決すると、大抵の場合、元の世界へ戻されていったという
吾輩の時もそうだった。当時ギーゼロッテ王国は内戦中であったからだ。つまり、内戦を鎮めれば、吾輩は元の世界へ戻れることになる。だから吾輩は、ギーゼロッテ王国に協力した。その時に、当時の国王からMKを譲り渡された。その機体に、吾輩は祖国への忠義と、その忠義を果たせなかった悔しさを忘れぬよう、『シラギク』と名付けた。
吾輩は懸命に戦った。その叩きぶりが評価されて、国王の娘――つまり、この世界に来て最初に出会った少女――を、嫁にもらった〉
〈それが、私の母上なのですね〉
メイナードが問いかけた。
〈そうだ。そして、内戦は終結した。だが、吾輩はなぜか帰ることが出来なかった。吾輩はなぜこの世界に呼ばれたのか、わからなくなってしまった。だが、望郷の思いは強まる一方だった。そのような時に、ある情報を手に入れた。北西にあるユッテ半島の王家に、人間界から勇者を呼び出す宝があると。
吾輩は確信した。こちらの世界で事件が起こっても、必ず人間界から誰かが迷い込むとは限らない。つまり、運次第なのだ。しかしユッテ半島の宝を使えば、必ず人間界から人を招き入れることができる。
これが何を意味するか? その宝は、イデア界と人間界の扉を、自由自在に開くことができる。今は一方的に引き入れることしかできないが、十分調べれば、その逆も可能だろう〉
そう、国忠が起こした一連の侵略行為は、ユッテ半島首長連合国の秘宝、別名『運命の石』と呼ばれる『リア・フェール』を強奪し、人間界へ帰還することが目的だったのだ。
そして、この告白はメイナードが胸の内に秘めていた疑問を解決させることにもなった。
〈なるほど、侵略行為をしている割には、あなたは東側諸国と不可侵条約を結び、見向きもしなかった。おかしいとは思っていましたが、最初からユッテ半島を狙っていたのなら、納得できますね〉
〈当然だ。いつ時間の流れが変わるかわからんからな。無駄な戦で時を浪費することはできない。だが、あと一歩のところで、恐れていたことが起きてしまった。いきなり時の流れが早まり、気がついたときには、すでに戦争が終わり、長い歳月が経っていた〉
「なら、あんたの目的は失敗のまま、終わったんじゃないか」
和泉がそう言うと、国忠が興奮した様子でまくしたてた。
〈そうはいかん! 米国は関係のない女子供まで殺した挙句、今は日本を半ば植民地と化している! そのような国を、許しておけるものかぁぁあああぁぁぁぁぁ!!〉
そう叫ぶと、国忠は物凄い勢いで襲いかかってきた。
和泉とメイナードは、ボロボロの機体の姿勢を何とか立て直させると、応戦する構えを見せた。
激しい攻防の中、国忠は話しかけた。
〈そういえば、貴様の母方の祖父は、原爆の被爆者だったか〉
「なっ……どうしてそれを!」
〈『グレンツェ・シュピーゲル』――『越境の鏡』は、過去に遡って人間界を見ることも可能なのだよ。貴様の事を知ってから、少し調べた〉
「それがどうした! そんなことで動揺する僕じゃない!」
〈だろうな。なら、この話はどうだ? 原爆は、落とす必要がなかった〉
「…………!!」
和泉は、一瞬動揺してしまった。だが、すぐに反論した。
「そんなはずがない! 確かに犠牲者は出たが、結果的に日本の暴走を止め、終戦に向かったと……」
しかし国忠は、半ばあきれた感じで口を開いた。
〈そう教えられても仕方がない。現在の日本は、米国の属国なのだからな。だが、現実は違う。原爆が落とされる前、米軍の高官が大統領へ、条件付きで勧告すれば、日本は降伏するだろうと報告した。だが大統領は高官の進言を聞き入れなかった。なぜだかわかるか?〉
もったいぶったように間を置いた後、国忠は再び語り始めた。
〈ソ連との関係を優位にするためなのだよ。米国の大統領は戦後世界で優位に立つという私利私欲のため、日本国民にいらぬ犠牲を強いたのだ!! 言っておくが、これらの話は、吾輩が『越境の鏡』で垣間見た、まぎれもない真実だ〉
――そんな……。じゃあ、その時、大統領が降伏勧告をしていれば、祖父さんは助かったのか? それだけじゃない。静穂だって、怖い目に遭わずに済んだはずじゃ――。
〈和泉さん、危ない!〉
動揺して動くことが出来なかった和泉に、国忠の『シラギク』は剣で突き刺そうとしたが、間一髪でメイナードの『スイセイ』が助けに入った。
〈和泉さん、確かに父の言っている事は本当かもしれません。ですが、怒りにとらわれてはダメです。怒りにまかせて後先考えず行動した結果、悲惨な末路をたどることになってしまった例は、古今東西、腐るほどあります!〉
和泉は、ハッとした。
〈我がせがれのくせに、邪魔をするなぁぁあああぁぁぁぁ!!〉
国忠は『スイセイ』の両腕と両足を一瞬で切り落とした。
〈うわぁぁああああぁぁぁぁぁ……〉
「メイナード!!」
メイナードの『スイセイ』は、なす術もなく墜落してしまった。
「メイナード……、さっきの言葉で、目が覚めたよ……」
和泉は国忠の方へ向き直ると、高らかに宣言した。
「国忠! 僕は、あんたに協力する気はない!!」
〈ほう、理由を聞かせてもらおうか〉
「憎しみのままにアメリカを攻撃したら、アメリカが混乱する。アメリカをよく思ってない国、後釜を狙う国はたくさんいるから、世界は確実に戦争になる。そうなれば、またあの悲劇を繰り返すことになるんだぞ!」
〈ふん、腰ぬけが! そのようなことを言っているから、米国にいいように使われるのだ!〉
「あんたが考えていないだけだ! 帝国の兵士のモラルは徹底されていないし、奴隷制も事実上存在している。そんな状況を何一つ解決できていないあんたがアメリカへの鉄槌をやろうものなら、確実にあんたの手に余る事態になる!」
〈もういい! お前は宮平家の人間ではない! この場で処刑だぁぁあああぁぁぁぁ!!〉
「そうやって自分の意見にそぐわない物を抹殺していくのか。なら、ますます放っておくわけにはいかないよ!!」
すると、和泉の感情の高まりに同調した『マーニ』は、コクピットの画面に、次の様な文を表示した。
『SOL MODE』。
この文字が表示されると、『マーニ』は全身が金色に染まった『ソールモード』になった。それと同時に、機体の損傷も直ってしまった。
この状態になった後、和泉はライトアローを発射した。
ソールモードでのライトアローは、いつものライトアローと違っていた。矢を束で発射していたのだ。
その速度と数に対応することができず、『シラギク』は複数ヶ所、損傷してしまった。
〈面白くなってきおったわ!〉
国忠は『シラギク』の肩部大型ガトリングガン・ヤマトと腰部砲塔・ムサシを同時に起動させた。すると、『シラギク』の目の前に巨大な火の玉が形成されていった。
〈超大型火球・リュウホウ、行けぇぇえええぇぇぇぇ!!〉
リュウホウは、『スイセイ』に搭載されていたチャージ型火炎弾・アカツキの元になった武装だ。開発年代はアカツキの前とはいえ、その大きさと威力はケタ違いに莫大だ。
迫りくる超巨大な火球を前に、和泉はライトシールドをヒレ状に変形させ、あろうことか火球へと突進したのだ。
『マーニ』が火の玉に飲み込まれようとしたその時、火球が二つに分かれた。ヒレ状になったライトシールドで、火球が斬られたのだ。
その勢いのまま、和泉はライトソードを手に取り、『シラギク』へ斬りかかった。
『シラギク』の方も、MK用の刀・ショウホウとズイホウを手に取り、応戦した。
激しい互角の戦いを繰り広げたが、時間が経つにつれて『シラギク』が追い込まれていった。
苦戦した国忠は、思わず漏らした。
〈なぜだ!? なぜ、吾輩があのような奴に押されている!?〉
これを聞いた和泉は、国忠よりも威厳のある態度で、こう返した。
「僕は、戦争から世界中の人を守りたいんだ。空爆や原爆で死ぬ人だけじゃない。落とす人もだ! 僕はこの世界に来て知った。無抵抗な人々に攻撃して、殺してしまう事の罪悪感と、それから来る苦悩を。だから、僕はあんたを止める!!」
〈ぬかせぇぇえええええぇぇぇぇ!!〉
その直後、二つの機影が交錯した。そして、長い間、時が止まったような感覚に襲われた。
再び時が動き出すと、『シラギク』が急に力を失ったように、自由落下を始めた。
〈これが……守る意思を固めた者の力、か……。いい孫を持ったな……友一……〉
これを聞いた和泉は、あることを思い出した。和泉の祖父・友一から聞いていた国忠の人間像は、優しくて、頼れて、人格者であるというものだった。
だが、この世界で感じた国忠の印象は、祖父の言っていたことと、ほぼ真逆だった。
この事実から導き出された答えは、国忠は戦争によって性格がねじ曲がってしまったという事だった。
国忠もまた、戦争の被害者だったのだ。
堀の水面近くで火を噴きあげ、爆散した『シラギク』を視界に収めながら、和泉は手向けの言葉を贈った。
「次に生まれ変わる時は、戦争とは縁のない、平和な世界で生きていけるといいね。……大叔父さん」
戦闘が終わると、『マーニ』のソールモードは解除され、元の純白に戻っていた。
和泉はイレーヌ達の方へ合流しようとしたが、近くに生命反応があることに気が付いた。反応のある方へ近づいてみると、メイナードが『スイセイ』の残骸にしがみついて漂っているのが確認された。
和泉はメイナードを回収すると、城の方へ向かった。
城門前では、イレーヌ達がすでに待機していた。どうやら城はすでに降伏しているらしい。
和泉とメイナードがコクピットから降りると、イレーヌ達が次々にねぎらいの言葉をかけてきた。
「お帰りなさい、和泉さん、メイナード王子」
「何とか勝てたようね」
「大丈夫? ケガ、してない?」
和泉は笑顔で答えた。
「ああ、土壇場で力を発揮してね」
「ソールモードを発動させたのですね。あれは『マーニ』の最終兵器とも言えるシステムで、搭乗者の感情に同調すると、発動します。発動すると、機体性能が跳ね上がるんですよ」
イレーヌが一連の説明を終えると、メイナードが礼を言った。
「みなさん、このような結果になりましたが、おかげで父の暴走を止めることができ、人間界への進行を阻止できました。ありがとうございます」
「人間界への進行?」
永花が怪訝な顔をすると、和泉が解説した。
「国忠の目的は、ユッテ半島の『リア・フェール』を奪い、人間界へ行く事だったんだ」
「それは……ユッテ半島にとっては、災難が降りかかるところだったんですね」
そう発言したイレーヌの顔には、一筋の冷や汗が描かれていた。
「その点については、父に代わって謝罪します。ですが、今後この国は、父の行いによって荒れた国々を再生できるよう、尽力します」
「でも、一筋縄ではいかないと思います」
メイナードの宣言に、イレーヌが懸念の意思を示した。
「そうね。ギーゼロッテ帝国は、モラルの低い兵士とか奴隷制の黙認とか、侵略された国々からけっこう恨みを買ってそうだし。下手したら、紛争とか起こるかも知れないわね」
永花もイレーヌの意見に同意した。
「そうかもしれません。ですが、そうならないために力を尽くします」
「ユッテ半島の女王陛下にも、メイナード王子の戦後政策に協力するよう、説得してみます」
イレーヌはメイナードの強い決意を認めたのか、ユッテ半島の助力を提案する事を伝えた。
一連の話が終わると、空からキラキラした光が降り注いだ。
「どうやら、和泉さん達の役目は終わったようですね。そろそろ人間界へ戻れると思います」
「そうか。帰れるのはうれしいけど、なんだか名残惜しい気も……って、え?」
和泉は、我が目を疑った。永花の耳の裏にエラが作られ、腕から鱗が生えてきたからだ。さらに静穂は、背中から羽が生えていた。
「どうやら、永花さん達は死亡認定されてしまったようですね」
「なんだよ、死亡認定って!」
イレーヌの推測に、和泉は腹立たしげに問いただした。
「つまり、私と静穂は人間界で生き続けていたとしても、寿命を迎えてしまった、ということ?」
永花が落ちついた口調で、イレーヌに尋ねた。
「簡単に言ってしまえば、そういう事ですね」
「そんな……そんな事って……」
悲嘆に暮れる和泉に、静穂が駆け寄って慰めた。
「大丈夫だよ、和泉。あたし達は生き返られるって、この世界に来てわかったでしょ? だから、また会えるよ」
「静穂……」
「それに、和泉はきっと、乗り越えられるよ。あたしが保証する。だって、あたしの親戚だもん」
この言葉に、和泉は少しだけ、元気を取り戻せた。
「そうだ、帰る前に言っておきたい事があるわ。私の弟の孫を、大切にしてね」
永花の頼みに、和泉は迷うことなく承諾した。
「ああ、わかってるって」
「ごまかそうとしないでよ? メイナード王子に頼んで、『グレンツェ・シュピーゲル』を見せてもらって、和泉の行動を検閲してやるんだから」
二人との会話を終えた頃には、和泉の身体は宙に浮かんでいた。
「どうやら、時間が迫ってきているようですね。くれぐれも、お体には気を付けて」
「私達の国、必ずいい国にして見せますよ」
「ああ。僕がまたこっちに来るころには、美しくって、笑顔が絶えない国にしてくれよ」
そうして、和泉の目に、強烈な光が飛び込んだ。