第七章
翌朝、和泉達はクリスタフ川とレオポルク川の幹川であるルードーア川沿いを歩いていた。
天気は快晴。川の様子も穏やかで、氾濫が起こる心配はない。旅をするには最適のコンディションだった。
だが、それとは裏腹に、和泉達は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「みなさん、まだあの事を引きずっているのですか?」
イレーヌの指摘は、図星だった。和泉、永花、静穂の三人は、いまだにクリスタフートの基地を一方的に破壊したことに後ろめたさを感じていた。
「少なくとも、あなた方が自分たちで、自分の行ったことの意味に気付き、反省しているだけで救いようがあります。もし反省せずに自分達の行いを正当化していたら、私は強制的に更迭していたところですよ」
この言葉に、和泉達は幾分か明るさを取り戻した。
「だから、後悔するのはおしまいにして、この反省を生かすことを考えましょう。いつまでも後ろ向きになっていてはだめです」
「……そうだよな」
この和泉の返事を最後に、三人は悔いを反省に転換した。
「それにしても、この戦争を始めた皇帝って、どんな奴かしら?」
永花が呟くと、静穂がそれに反応した。
「絶対、戦争を知らなくて身勝手な奴だよ!」
そうとしか考えられなかった。イグナルトドルフでは兵士のモラルの低さが明らかになったし、ルンハルトカンプでは禁止されているはずの奴隷制を行っていることが判明した。
この有様を見れば、皇帝の人間性がうかがい知れるというものだ。
「ところで、ルードアハーフェンってどういうところなんだ?」
和泉がイレーヌに尋ねた。
「ルードアハーフェンは、ルードーア川中流にある都市で、古代から栄えていました。当時からルードーア川を生活用水や交通路として使用しています。現在では街の中心にルードーア川が流れるように設計されており、さらに街の至る所に水路を網の目の様に張り巡らしてあります。その構造から、『水の都』とも呼ばれているようです」
和泉はルードアハーフェンの異名を聞くと、ベネチアを連想した。
「ところが帝国が周辺諸国への侵略を開始してから、ルードアハーフェンの要塞化が進んでいるようなのです。当然と言えば当然ですが」
対外戦争ともなれば、首都の防衛は必須。だから当然なのだ。
「ということは、首都内での戦闘になる可能性が高いわけね?」
永花が自身の予測を口走ると、イレーヌも同意した。
「そうなりますね。おそらく、街の中は帝国側が戦いやすいように設計されているはずです。さらにこちらは市民への被害を最小限にするように戦わなければなりませんから苦戦は必至ですね」
すると、イレーヌは思い出したように話を付け加えた。
「そうそう、ルードアハーフェンに到着しても、街には入りませんから」
この宣言に、一同驚愕した。
「おいおい、じゃあ僕達は何しに行くんだ?」
和泉が問いただした。
「とりあえず街の外周を回ります。といってもクリスタフートの時みたいに敵を欺くわけではなく、下見が目的ですけどね。その後、南のワシミール荒野に向かいます」
「そこで何があるの?」
永花が訊き返した。
「そこには、反帝国レジスタンスの本拠地があるのです。メイナード王子とも、そこを集合場所に指定しています」
「ということは、王子も本腰を入れて乗りだすのか」
和泉がそう言うと、イレーヌはうなずいた。
「ええ。王子の方もいろいろ手を打っていたようですので、ルンハルトカンプを離れられるようになったそうです」
「ねぇ、あれ何?」
突然、静穂が指をさして声を上げた。その先には、『ハヤテ』や『ハヤブサ』の一隊があった。
「ある程度予測していたことですが、予想より早い段階でエンカウントしてしまいましたね……。仕方がありません、露払いしましょう。みなさん、MKに乗って出撃してください」
〈でぇい!〉
和泉の『マーニ』は、双頭型ライトソードで敵を突き刺す。
「和泉、後ろ!」
和泉の後ろに敵が接近していることに気が付いた永花は、すかさず『ニヨルド』に装備されている二連装高水圧砲・グングニルを放つ。
〈悪い、助かった〉
「少しは気をつけなさい」
和泉と永花が言葉を交わすと、静穂が最後の攻撃を仕掛ける。
〈これで終わりだよ!〉
静穂は『ヴェズルフェルニル』のショートライフルを連射し、最後の一帯を沈黙させた。
〈これで全部か?〉
「そう思いたいけど……」
永花は、この状況を不審に思っていた。首都を防衛する部隊にしては、戦力が少なすぎるのだ。ほぼ確実に、第二波が来ると考えていた。
そしてそれは、予想をはるかに上回る形でやってきた。
〈みなさん、ルードアハーフェン方面から、巨大な熱源反応を確認! 敵の大型新兵器だと思われます!〉
イレーヌのアナウンスの後、それはすぐにやってきた。
空飛ぶ巨大な船が、MKの大軍と共にやってきたのだ。
「戦艦……大和?」
それが、船を一目見たときに感じた、永花の感想だった。
〈私はギーゼロッテ帝国軍所属、戦艦『シデン』艦長、コーネリアス・マクレーンである〉
戦艦『シデン』の艦首にある立体映像出力装置から中年のドラゴンジーン、コーネリアス艦長の姿が映し出されると、艦長はそう名乗った。
〈コーネリアス・マクレーン!?〉
「知っているのか?」
イレーヌの驚きの声に対し、和泉は尋ねた。
〈はい。ギーゼロッテ帝国軍のトップで、皇帝の側近です〉
〈その人物が、最新型の戦艦に乗っている。最悪の組み合わせね……〉
永花の言うとおりだった。軍のトップと言うのは、コネで上り詰められるような物ではない。確かな実力が必要なのだ。
その実力を持った者が前線の指揮所であり指揮官の技量がダイレクトに問われる戦艦の艦長をやっているのだ。強敵であるのは間違いない。
〈ユッテ半島からの侵入者へ、皇帝からお言葉がある。心して聞くがよい〉
『シデン』にギーゼロッテ帝国皇帝が乗艦していた。この事実に、イレーヌは驚いた。なにせ、めったに姿を見せず、正体が謎に包まれている人物が城を飛び出し、姿を現すのだ。この事実を知っている人物にとって、平然としていられる方がおかしい。
やがて、立体映像が切り替わり、三十代の人間らしき男性の姿が映し出された。
「あれは……」
和泉は皇帝の姿を見て、動揺した。皇帝の正体が人間であるという理由ではない。その顔に見覚えがあるから、動揺したのだ。
〈吾輩がギーゼロッテ帝国皇帝の――〉
「宮平 国忠、だろ?」
皇帝が誰にも明かしていない自分の名を言いかけたその時、和泉がその名を言い当てた。
当然のことながら、それを聞いた皇帝、宮平 国忠は仰天した。
〈貴様、なぜ吾輩の名を!?〉
「あんたの写真を見たことがあるからだ。経歴もよく知っている。なにせ、僕はあんたの弟、宮平 友一の孫、宮平 和泉だからな!」
〈何!? あの友一の……?〉
思いもしなかった展開に周りは付いて行けていないが、そんなことはお構いなしに二人の間で会話が進んでいった。
〈よく考えてみれば、人間界の時の流れを考えれば、友一に孫が出来ていてもおかしくはないか……〉
「あんた、なんで人間界の時間の事を知っている?」
だが、国忠はその質問に答えることはなかった。
〈和泉よ、吾輩と手を組まんか?〉
「何?」
〈今の日本帝国の現状は、最悪だ。色々な意味でな。それを共に直そうではないか〉
和泉はこの発言に、色々引っかかることがあった。なぜ数十年もイデア界にいながら、人間界の事を知っているのか?
だが、今はそんなことなど、どうでもよかった。あいつと手を組めば、どんなことになるか、悪い意味でわからなかった。
「冗談はよせ。あんたに比べれば短い期間とはいえ、僕もこの世界の事を色々見てきたつもりだ。そしたら、帝国軍のモラルの低さや、違法である奴隷制を平然と施行している……。どういう方法で人間界に戻るつもりか知らないが、少なくともあんたに日本を任せたら、間違いなく今よりもひどくなる」
この発言によって、国忠の感情は刺激された。
〈貴様……、宮平家の人間なら……吾輩の意志、理解しろぉぉおおおぉぉぉぉぉぉ!!〉
そう叫ぶと、立体映像が消えた。
しばらくすると、『シデン』から龍人のような姿をした、純白の機体が姿を現した。
〈貴様は宮平家の風上にも置けん奴だ! この『シラギク』で、その性根、叩き直してやる!〉
「そのMKの名前……、一体どういうつもりだぁぁあああぁぁぁぁぁ!!」
和泉は一喝すると、ライトアローを『シラギク』に向けて放った。
『シラギク』はとっさに避けた。そしてすぐに肩部大型バルカン・ヤマトから火の球を連射した。
和泉の『マーニ』はその攻撃を回避したが、『シラギク』はいきなり急加速し、両手にMK用の刀・ショウホウとズイホウを手に取った。
その二刀に魔力を注入し、炎を纏わせると、大きく振りかぶった。
〈おおぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!〉
振り下ろされたショウホウとズイホウは、『マーニ』の両腕を切り裂いた。
こうなると、もう和泉に反撃は出来ない。『マーニ』の武装は、全て両腕に集約されており、腕がないと使えない物であるからだ。
さらに『シラギク』は追撃にかかり、『マーニ』のコクピットをショウホウで突き刺した。
和泉は避けようとしたが、完全には免れることができず、自分の額に傷を負ってしまった。
「クッ……」
〈終わりだぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!!〉
〈させない!〉
『シラギク』がトドメを刺そうとしたその時、永花の『ニヨルド』が全砲門を開いて攻撃し、『シラギク』を『マーニ』から引き剥がした。
〈今よ、静穂!〉
〈うん!〉
この隙に、『ヴェズルフェルニル』が『マーニ』を回収した。
〈『マーニ』、『ヴェズルフェルニル』、収容完了しました。永花さん、撤退します〉
〈了解〉
会話を一通り終わらせると、イレーヌは『ゴールデナー・アプフェル』から砲身を出し、撃った。
撃たれた弾は閃光弾で、『シラギク』の目の前まで飛んでいくと、強烈な光を放った。
光が収まると、和泉達の姿は跡形もなく消えていた。
「逃げたな……」
国忠は呟いた。
〈そのようですな。後を追いますか?〉
『シデン』艦橋から、側近のコーネリアスが尋ねた。
「その必要はない。どの道、奴らは吾輩の方へやってくるだろうからな」
〈わかりました。では、城へ帰還しましょう〉
こうして、帝国側もその場を後にした。
「はい、これで処置は終わったわよ」
「ああ、すまない」
和泉達は、ルードアハーフェンの南、ワシミール荒野にある反帝国レジスタンスの本拠地へ来ていた。本拠地と言っても建物はほとんどなく、テントが大半。キャンプと言った方が正確である。
そのような場所で和泉は、国忠から受けた額の傷を永花に治療してもらった。永花は元の世界では看護師をしていただけあって、処置の技術は確かだった。
「メイナード王子がお見えになりました」
そこへ、イレーヌがメイナードを連れてやってきた。
「みなさん、父と戦闘を行ったと聞きましたが……」
メイナードがそう言うと、永花が答えた。
「そうよ。それに、和泉と関係があるみたいだけど……」
「詳しくお聞かせ願えますか?」
メイナードは和泉の方に向かって尋ねた。
「いいよ。僕も皇帝の姿を見てようやく知ったんだけど……、ギーゼロッテ帝国皇帝は、僕の祖父・友一の兄、宮平 国忠だったんだ」
この事実に、一同衝撃を受けた。特に皇帝の息子であるメイナードの驚きようは、言葉では表せないほどだった。
「……ということは、私はあなたにとって、従兄弟叔父に当たるのですか?」
メイナードが驚きから立ち直ってひねり出した一言が、これだった。
「そうなるね。国忠は特攻隊員だった。そして一九四五年五月二十四日、米軍の戦艦に向かって特攻したんだ。死亡通知書も僕の家にある。だけど、どうやら特攻する直前に、イデア界へ召喚されたらしいね」
「なるほど、どうりで帝国のMKの名前が、日本軍の兵器みたいな名前なわけね」
永花の言う通り、帝国側のMKの名前は、日本軍の戦闘機や兵器の名前から採られていた。それも皇帝が日本軍の人間であったなら、合点がいく。
すると、静穂が疑問を投げかけた。
「ちょっと待って。一九四五年五月二十四日って、永花がイデア界にやってきた日の二ヵ月前よね? でも、あの人が皇帝になってから数十年経ってるんでしょ?」
静穂の疑問も、もっともだった。国忠が召喚されてから永花が召喚されるまでたった二ヵ月しか経っていない。なのに、国忠が皇帝になってから数十年は経っている。明らかに時間の経ち方がおかしかった。
だが、それはイレーヌによってすぐに解決された。
「静穂さん達がイデア界にやってきて間もない頃、ユッテ半島首長連邦国のヒルデ・ヘルマン女王が言っておられましたよね? 人間界とイデア界では時間の経ち方が違い、一定ではないと。ですから、人間界では二ヵ月程度しか経っていなくても、イデア界では数十年の時が過ぎていたのです」
結局、時間の流れの違いから来たことだったのだ。
「そういえば、国忠は人間界の様子をわかっているみたいだった。なんでだ?」
和泉と国忠が言葉を交わしている時、国忠の言葉の節々には人間界の様子を知っているような事を言っていた。和泉には、それが謎だった。
それを解いてくれたのは、メイナードだった。
「それはおそらく、『グレンツェ・シュピーゲル』の力によるものだと思います」
「『グレンツェ・シュピーゲル』?」
「はい。別名『越境の鏡』と呼ばれている、鏡型の宝物で、ギーゼロッテ王家に代々伝わっている物です。これを使うと、人間界の様子が見られるのです」
そう、国忠は、『グレンツェ・シュピーゲル』を使って人間界を見ていたのだ。だから、イデア界に居ながらにして人間界の事を熟知していたのだ。
和泉の抱いていた疑問は一つ解決したが、もう一つ疑惑は残っていた。
「あと一つ、不可解なことがある。国忠の乗っていたMKの事だ」
「ああ、『シラギク』の事ですね。父が即位される前から搭乗していた、父の専用機です。建造されてから数十年経っていますが、性能はいまだに帝国一。というのも、現在の帝国のMKは『シラギク』を元に造られているのです。いわばダウングレードして誰でも扱えるようにしたようなものですね」
メイナードが『シラギク』について説明したが、和泉の疑問点はそこではなかった。
「いや、性能の事じゃないんだ。僕が不審に思っているのは、名前の方だ」
このことを聞いた永花は、即座にピンときた。
「『シラギク』といえば、日本軍の練習機で、後に特攻機として改造された戦闘機『白菊』を連想するわね。ということは、皇帝が人間界にいた時に乗っていた特攻機って、『白菊』だったんじゃない?」
「その通り。国忠は、かつて『白菊』に乗って特攻した。そして、今のあいつの愛機の名は『シラギク』。一体、何のつもりでそんな名にしたのか、不思議なんだ」
和泉が話し終わると、永花が代わって話しだした。
「色々予想は立てられるけど、こればっかりは本人に聞いてみるしかないんじゃない?」
「そうですよ。ですから、作戦会議をしましょう。これまでに起こったことを、全て終わらせるために」
イレーヌが宣言し、作戦会議が始まった。
作戦会議は明け方近くまでかかったが、実のあるものであった。
「では、作戦はこのような形で進めましょう。それで、次に気になるのは決行時期ですが……、永花さん、和泉さんの傷はどれくらいで治りますか?」
イレーヌは永花に質問した。
「傷自体は大して深くはなかったから、十日位には問題なくなるんじゃないかしら?」
「わかりました。和泉さんはどうですか?」
「構わない」
こうして、十日後にルードアハーフェン制圧作戦が決行されることとなった。