第六章
坑道を決死の覚悟で見事突破に成功した和泉達は、再びクリスタフートへ向かい、歩き続けていた。しかし、普通に使われている道は通らなかった。
レオポルク岩山地帯を越える時の一件で、自分達のことが帝国側にばれてしまったことが明白だったからだ。
「イレーヌ、本国の様子はどうだ?」
和泉はこの一件で、ユッテ半島がどうなっているかが心配だった。なにせ、半島が誇る高性能機が留守にしているのだ。この機会を帝国が見逃すとは考えにくい。
が、それは杞憂だった。
「今のところ、大丈夫なようです。帝国にとって危険な一隊が自国領に侵入していることですし、それに前線基地を失いましたから」
この時、帝国の軍隊を少数で撃破できる人間が侵入している以上、下手に手を出せば内側からやられる危険性は高かった。加えて、前線基地があったイグナルトドルフは、以前和泉達が解放してしまった。
そのため、帝国としても容易に半島へは攻め込められなくなってしまったのだ。
「それにしても、次の目的地であるクリスタフート……、何があるのかしら?」
永花はそう言いながら、シーヴの事を思い出していた。
あの時、シーヴはいつの間にか姿をくらましていた。彼女は置手紙を残していた。そこに書かれていたのは、仲間を救うためにクリスタフートへ向かうということだった。
「ねぇ、メイナードから何か聞いていないの?」
静穂がイレーヌに尋ねた。
「残念ですが、メイナード王子にもわからないそうです。なんでも、今までであれば知らされているはずの情報が、現在では知らされていないことが多くなっているとか……」
これはつまり、皇帝のメイナードに対する疑念が大きくなりつつあることを意味していた。このペースで行けば、メイナードも帝国にいられなくなる。そうなれば、和泉達にとっても内通者を失うことになってしまい、大きな痛手となる。
そうなる前に、何としても皇帝を倒さなければならない。
「そうそう、それと別件ですが、我々がルードアハーフェンに着く頃には、王子も合流出来るそうです」
この知らせに、一同は喜んだ。MK操縦に関して卓越した技術を持つメイナードが協力してくれれば、かなり戦闘を有利に運べるからだ。
「あ、そろそろ見えてきたようですよ」
イレーヌの視線の先には、二つの大河を吸い込んでいるように鎮座している建物の集まりが見えた。
あれこそ、帝国の物流の集合地『クリスタフート』だ。
「だが、すぐには入らないんだろ?」
街は視界に収めたが、和泉の言う通りすぐに入る気はなかった。帝国の検問に引っかかるのを恐れたためだ。また、もしかしたらレオポルク岩山地帯突破戦のように、待ち伏せされている可能性もあった。
だから、街の外縁を回り、ルードアハーフェン側から街に入ろうとしていた。その方が敵の裏をかけるし、何より待ち伏せされるリスクが少ないからだ。
ところが、静穂はやや不満げな様子だった。
「んー、それは残念だなぁ。足を何とかしたいし」
現在和泉達が歩いているのは、クリスタフ湿地帯と呼ばれる広大な湿原だ。そこの道から外れた場所を歩いているのだから、静穂の言う通り足が泥だらけになるのも無理はなかった。
「でも、目標が見えているんだから、少しはやる気が出るでしょ? もう少しなんだから、頑張りましょう?」
永花がそう励まし、一同はルードアハーフェン側のゲートを目指して歩き続けた。
数時間後、一行はようやくルードアハーフェン側のゲートにたどり着いた。その時だった。
「……! みなさん、下がって!」
イレーヌがとっさに交代を命じ、手を前方に振りかざした。
その直後、大量の炸裂弾が降り注いだが、イレーヌが張った光の障壁に阻まれた。
「この弾丸……MKの弾か」
そう和泉が呟くと、クリスタフートの上空を睨みつけるように見た。そこには、『ハヤテ』と『ハヤブサ』の一団が銃口をこちらに向けている光景が広がっていた。
『ハヤテ』と『ハヤブサ』の一団は弾丸をリロードすると、また雨の様に弾丸を浴びせかける。
「どうやら、私達をMKに乗せたくないようね」
永花が敵の意図を推察すると、静穂も同意したように言った。
「だったら、イレーヌが持ちこたえてるうちに、乗っちゃおうよ」
「そうしてください。アダマンタイト弾を使われたら、さすがにまずいです」
イレーヌが言っているアダマンタイト弾とは、その名の通りアダマンタイトで造られた弾丸だ。アダマンタイト特有のダイヤモンドより硬い高度を活用し、あらゆる物体を貫通してしまう。ただし、通常使われている鉄製炸裂弾よりもコストが高いため、支給されている数は少ないが。
そしてイレーヌの防御魔法だが、これはイレーヌ自身の魔力が高いため、炸裂弾程度では穴が空かない。さすがはエルフ族の長といったところか。
それでも、アダマンタイト弾を防げるかどうかはわからなかった。だからこそ、イレーヌは和泉達に早くMKに乗るよう促したのだ。
「そこをどけぇ!」
『マーニ』に乗り込んだ和泉が、ライトアローを発射する。発射されたライトアローは一体にしか命中しなかったが、注意をそらすのには十分だった。
「イレーヌ、すぐに『ゴールデナー・アプフェル』へ!」
和泉がイレーヌに指示を出すと、イレーヌはうなずき、『ゴールデナー・アプフェル』に乗り込んだ。
そうこうしている内に、敵もこちら側へ近づいてきた。しかも、整然と陣形を整え、少しも乱れていない。
〈敵もかなりの手練れの様ね。下手に突っ込んだら、返り討ちに遭うわ〉
永花が冷静に分析していると、『ゴールデナー・アプフェル』のCICにたどり着いたイレーヌから通信が入った。
〈では、『ヴェズルフェルニル』を使って陣形を崩しにかかりましょう。『ヴェズルフェルニル』であれば、高機動性を生かしてヒット&アウェイ戦法を取れますから〉
提案された作戦に同意した三人は、さっそく行動を開始した。
〈まず、私が敵の目をくらますわ〉
そう言うと永花は、『ニヨルド』の全砲門を敵にぶつけた。砲撃は特に狙いを定めていたわけでもないので、大して命中はしなかった。だが、敵の動きを制限すると言う目的は果たされた。
〈今よ、静穂!〉
〈了解!〉
永花に促され、静穂は『ヴェズルフェルニル』をバード形態に変形させると、ものすごいスピードで突っ込んだ。『ヴェズルフェルニル』は敵を射程内に収めると、フェザーミサイルを連射し、次々に起爆させた。
敵の接近に気付いた『ハヤテ』と『ハヤブサ』の部隊は、すぐに『ヴェズルフェルニル』に照準を合わせようとするが、その時にはすでに『ヴェズルフェルニル』は遠くへ行ってしまっている上に、無理やりトリガーを引いてもアクロバットな動きで容易く回避されてしまう。
そうしてなかなか墜ちてくれない相手にいら立ってしまったところへ、再度『ヴェズルフェルニル』は猛スピードで近づく。精神的に不安定になっている帝国の兵士はすぐに対応しきれず、また続々と撃ち落とされる。
そうして、帝国の陣形は簡単に崩れてしまった。
「今だ、白兵戦に移行するぞ」
「わかった。援護するわ」
この様子を見た和泉は、双頭型ライトソードを携え、永花の支援砲撃を受けながら敵軍へ突撃した。
敵の集団に突っ込んだ和泉は、辻斬りの如く敵を斬り捨てていった。敵はかなり混乱していたようで、全滅させるのに手間取らなかった。
〈これで終わりか?〉
和泉が戦闘終了の確認を取る。
〈とりあえず、敵の反応はないみたいだけど……〉
静穂がレーダーを確認し、答えた。しかし次の瞬間、永花が何かに気付いた。
「みんな、下がって!」
永花は二人の前に割り込み、水のマントを盾にした。その時、黒いナイフがマントに突き刺さった。
ナイフの元を辿っていくと、真っ黒な腕がある。さらに辿ると、漆黒のMKがそこにいた。
「……っつえい!」
永花は漆黒のMKを引き離そうと、アクアトライデントで突いた。だが、攻撃が命中する直前で、黒いMKは消えてしまった。
この時点で、黒いMKの性能は二パターン考えられた。一つは、目に見えないほど高速で動く場合。もう一つは、瞬間移動の能力を有している場合だ。
「イレーヌ、すぐに調べて!」
永花がイレーヌに、アンノウンの解析を急がせた。
〈今結果が出ました! あの機体から、空間系魔法の痕跡が確認されています!〉
空間系魔法ということは、漆黒のMKは瞬間移動ができるということになる。そして、永花達にとってみれば常に死角から狙われているということでもあり、この上なく厄介である。
それと同時に、永花達は空間系魔法という言葉を聞いて、嫌な予感がした。
空間系魔法は、ハーフリンクが使う魔法である。そしてこの間、ルンハルトカンプで突如姿を消したハーフリンクの少女の事を連想させる。
――もしかして、あの機体に乗っているのは……?
そう思った瞬間、黒いMKから通信が入った。
〈やっぱり、来たのか〉
聞き覚えのある声と口調だった。
〈こんな形で再開したくはなかったよ……シーヴ〉
そう、黒いMKに乗っていたのは、ルンハルトカンプで『クリスタフートへ行く』という書き残しを置いて姿をくらました、シーヴ・レクセルだった。
〈僕だって……そうさ〉
和泉の言葉に、シーヴは短くそう答えた。
〈ねぇ、どうしてあたし達と戦うの? 答えてよ!〉
半ば信じられないといったふうで、静穂が問い正した。
〈君たちと会う数日前、帝国の諜報部と思わしき人物から声をかけられたんだ。『クリスタフートで、空間系魔法を利用したMKを開発した。テストパイロットにならないか』ってね。もしこの話を受ければ、奴隷扱いされている仲間を解放するが、受けなかったら隠れ住んでいる仲間を奴隷にすると言ってきた。僕が知っているハーフリンクの居場所を記した紙を見せられたよ。結局、僕はこの話を受けるしかなかった。あとは君達の知っている通りさ〉
つまり、脅迫されて機体に乗っている、ということだった。この話を聞いた永花は、叫ぶようにして言葉を発した。
「じゃあ、私達にやられるふりをしなさい! そうすれば、撃墜されたときに脱出した後、捕虜になったという名目が立つわ!」
〈無理だよ……。僕はクリスタフートの基地から監視を受けているから、変な行動をしたら自爆スイッチを押されちゃう。それに、脱出装置はオミットされてるんだよ……〉
シーヴに与えられた選択肢は、一つしかなかった。
〈だから、この『ゲッコウ』と戦え!〉
そう叫ぶとシーヴの『ゲッコウ』は瞬間移動して距離を取った。次の瞬間、全身にマウントしてあるナイフ・シュンプウを大量に投げつけた。
投げられたシュンプウは、永花達に命中する直前、消滅した。
だがその後、永花達を取り囲むように空間の歪みが発生した。そしてその空間の歪みから、消えたはずのシュンプウが襲いかかってきた。
永花達は舌を打ちながら、『マーニ』はライトバルカンで、『ニヨルド』はアクアレーザーで、『ヴェズルフェルニル』はショートライフルで撃ち落としにかかった。
しかし全てをさばき切ることはできず、各機はどこかに軽傷を負ってしまった。
『ゲッコウ』は攻撃の手を緩めることはなかった。今度は腰部ミサイルポッド・タチカゼからミサイルを発射してきたのだ。タチカゼもやはり、瞬間移動して永花達を取り囲むつもりだった。
〈ミサイルはヤバい……。全力で離脱するぞ!〉
空間の歪みが生じている時点で、すでにそこからタチカゼが出現することは確定していた。そのことに気づいた和泉は、出現する前に離脱した方がいいと判断したのだ。
結果は、成功だった。タチカゼは全て、明後日の方向に飛んでいった。
「みんな、シーヴを救うわよ」
〈出来るの!? そんなこと〉
永花の提案に、静穂が驚いた様子で訊き返した。
「出来るわ。まず、『ゲッコウ』の四肢を切断し、行動不能にする。その後すぐに、コクピットを強制的に引き抜くのよ」
〈了解。やってやるよ〉
永花のプランに乗った和泉は、『ゲッコウ』の右肩に向けてライトアローを放った。だが、命中する直前で瞬間移動されてしまい、当たらなかった。
その後、三人は様々な攻撃を仕掛けてみたが、やはりどれも瞬間移動に翻弄され、一発も攻撃が命中することはなかった。
それどころか逆にこちらが死角を取られて危うく撃墜されそうになることもあった。
このままズルズル戦闘を継続すれば、ジリ貧になるのは間違いなかった。
何とか打開策を見つけ出そうとあがいていた時、永花はあることに気が付いた。
――あの投げナイフは空中で効果を最大限に発揮する。そしてミサイルの推進剤は、見たところ火薬。明らかに水中戦を想定していない――。
その時、永花はひらめいた。
「イレーヌ、ここから川まではどのくらいある?」
〈えー……近いところですと、レオポルク川まで三百メートルで……〉
それを聞いた永花は、イレーヌが言い終わる前に指示を出した。
「全員、レオポルク川まで移動するわよ」
〈どういうことだ?〉
和泉が説明を求めた。
「少なくとも、水中戦ではこっちに分があるわ。『ニヨルド』があるからね」
それを聞いた和泉、静穂、イレーヌは納得した。『ニヨルド』はセイレーンの特徴を色濃く反映した、水中戦向きのMKだからだ。
〈だったら、急ごう〉
静穂に促され、永花達はレオポルク川まで全速力で飛んでいった。
〈逃がすか!〉
それを見たシーヴは、二丁拳銃・マツカゼを連射しながら後を追った。
このマツカゼは、『ハヤテ』等が持つマスケットを拳銃サイズに小さくしたもので、マスケットと同じく炸裂弾とアダマンタイト弾を打てる。
連射性能はマスケットに比べ高いが、射程距離には劣る。しかし『ゲッコウ』の持つ瞬間移動の恩恵を受けることができるため、射程距離の低さは大して気にならない。
永花達は、弾丸をよけながらレオポルク川を目指した。迫りくる弾丸は、予想通りあらゆる方向から襲いかかってきた。しかも弾丸はシュンプウやタチカゼと違って小さいため、避けづらい。
そのため各機全て無傷ではいられなかったが、どうにかレオポルク川にたどり着き、水中へダイブした。
〈そんな所に隠れたって!〉
シーヴも後を追って潜水した。
「待ってたわよ。まずは、水中での動きを見せてもらいましょうか」
永花は『ゲッコウ』が水中にもぐり込んできたのを確認すると、アクアレーザーを撃ち込んだ。
〈そんな単調な攻撃!〉
シーヴは通常通り、瞬間移動して回避しようとした。だがその直前、顔・両腕・両足を撃ち抜かれ、破壊されてしまった。
〈な……?〉
シーヴには、何が起こったかわからなかった。まさか正面から来た攻撃を回避できないなんて、思ってもいなかったのだ。
「これは予想外ね……。おそらく、水のせいで魔力の増幅機構がうまく働かなくなったせいでしょうけど」
冷静に分析しながら、永花は『ゲッコウ』の胸部に手を突っ込み、球体のコクピットユニットを引きぬいた。
そして地上に上がったところで、シーヴがしゃべりだした。
〈……離せ〉
〈わかってるって。すぐに解体してお前を……〉
和泉が言いかけたが、シーヴはまくし立てるように真相を離した。
〈そうじゃない! 自爆用の爆弾は、コクピットにあるんだよ!〉
この発言に、誰もが驚いた。救出が難しくなった上、帝国がシーヴを使い捨てる気満々だったことがうかがい知れたからだ。
〈じゃあ、すぐに解体しないと……〉
静穂がそう言い、ショートライフルの先端から風の刃を発生させる。
〈無理だよ! 君達、魔力を直接変換する武器しかないんだろ? そんなの使ったら、誘爆しちゃうよ!〉
もう、打つ手はなかった。さらに追い打ちをかけるように、コクピットユニットが白く光り始めた。自爆システムが機能した証拠だった。
〈くっそぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!〉
和泉が悔しさを吐露するかのように叫ぶと、『ニヨルド』の右手にあったコクピットユニットを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたコクピットユニットは、ぐんぐん永花達から離れていった。
〈人間界って、どんなところだろ? 楽しいところだといいなぁ……〉
シーヴが独白すると、コクピットユニットは、熱を帯びた、真っ赤な花を咲かせた。
その光景を見た永花達は、自らの無力さを痛感し、泣いていた。やがてその感情は、怒りと憎しみへと変貌した。
〈イレーヌ……クリスタフートの基地はどこだ?〉
和泉がイレーヌに質問した。
〈クリスタフートの郊外ですが……って、皆さん、何をやっているんですか!?〉
この時、イレーヌは宙に浮いた三機のMKが目に映った。
「確か、シーヴを監視していたのって、クリスタフートの基地よね?」
〈あんなこと見せつけられて、黙ってられるわけないじゃん!〉
永花と静穂が答えると、イレーヌは制止にかかった。
〈やめてください! 基地には捕虜や奴隷になっている人もいるんです! それに、怒りや憎しみで戦ったって、いいことはありません。むしろマイナスです!〉
しかし、永花達に聞く耳は持っていなかった。
〈イレーヌは、後で来てくれ。僕達は先に行く〉
そう言い残し、MKは三機とも、基地を目指して飛んでいった。
「う、うわぁぁあああぁぁぁぁぁ!!」
「た、助けてくれぇ!!」
「火が、火がぁぁあああぁぁぁ!!」
クリスタフート基地は、地獄だった。
和泉達が襲ってきてからMKの発進を急がせたが、格納庫に入っている時点ですでに破壊されていた。そのほかのMKは出払っていて、手も足も出ない。
後は魔法か防衛用機関銃などで戦うしかないが、生身で魔法を使える人材は帝国には少なく、機関銃に関してはMKに対して完全に無力だった。
まともに戦える力は、この基地には存在していなかった。
そんなことはお構いなしに、和泉達は攻撃の手を緩める気は毛頭ない。
「お前らの、お前らのせいでぇぇえええぇぇぇ!!」
〈他人の命は簡単に消せても、自分たちの命は大切なの? 勝手ね〉
〈シーヴの傷み、あんたたちも味わえ!!〉
和泉達の方は、完全に憎しみに染まっていた。このまま皆殺しにするまで止まる気配はないように思えた。
だが時間が経つにつれ、永花と静穂の脳裏にフラッシュバックが起こった。
それは、人間界にいた時の光景だった。炎の中、ガレキの中、人々の阿鼻叫喚が巻き起こる光景を思い出した。
そして後悔した。自分たちがやっていることは、空襲や原爆を落とした米軍と一緒だと。自分の都合だけで他人を不幸に突き落とす、悪魔の手先になってしまったと。
それに気付いた永花と静穂は、和泉の『マーニ』を取り押さえた。
「おい、急に何すんだ! 離せよ!」
和泉が暴れようとすると、静穂と永花が悲しそうな口調でささやきかけた。
〈あたし達、目が覚めたよ〉
〈この様を見て、思い出したのよ。空襲を受けたあたし達の世界のこと。あの炎と死臭が漂う中、私達は傷ついた。そして、こんな経験を、二度と誰にもさせたくないと願った。それなのに……私達が加害者になることで、同じ経験を誰かにさせてしまった!〉
その言葉には、異様に重みと凄みがあった。また和泉もこの言葉に目が覚め、自分がやったことを悔やんだ。シーヴが見たら、絶対に軽蔑されるだろうと思った。
「僕達は……最悪なことをしてしまった……」
唯一の救いは、捕虜や奴隷たちが一人も死んでいないことだけだった。
戦闘終了後、和泉達の下にクリスタフートの市長がお礼にやってきた。なんでも、戦争中という理由で、街に集まる物資を軍が持ち去っていってしまうのだとか。
しかも戦争に関係ありそうな物ならまだしも、関係ない装飾品の類まで持ち去ってしまうため、かなり不満が募っていたようだ。
そのような事情もあり、和泉達が軍を追い出してくれたのは非常に助かったようだ。
その日の夜、祝賀会も兼ねて市長宅でパーティーが行われた。和泉達も表面上は楽しそうにふるまっていたが、心の奥底では後悔と懺悔の念が渦巻いていた。