第二章
「ん? ここは……」
和泉が目を覚ますと、見慣れない光景が目に飛び込んできた。どこかの部屋の一室らしいが、西洋の屋敷を彷彿とさせる。こんな場所に来た覚えは一切ない。
さらに、服装も変わっていた。中世の西洋風っぽいが、何かが違う気がする、不思議な服だ。
すると、部屋にたった一つだけあるドアが開き、誰かが入ってきた。
「お目覚めになられましたか?」
入ってきたのは、一人の女性だった。肌は白く、長い金髪を持っており非常に美しい。だが、耳の先端が尖っていた。
「ようこそ、エルフの街・ケーテヴァッサーへ。私はエルフの長、イレーヌ・ワトーです。よろしく」
状況がいまいち飲みこめない和泉は、きょとんとした顔でイレーヌを見つめていた。
「まあ、あなたもこちらに来たばかりですし、色々説明しましょう。でも時間がないので、移動しながらで」
そう言うと、イレーヌは和泉を連れ出し、馬車に乗せた。
馬車で移動中、イレーヌはこの世界の事を和泉に話していた。
「私達がいる世界はイデア界と言って、あなたがいた人間界から見れば死後の世界に相当します」
「死後の、世界……?」
「はい。人間界で生物が死ぬと、イデア界に転生します。そして逆もまたしかり。イデア界で生涯を終えると人間界に転生します。そうやって輪廻転生しているのです」
このことを聞き、和泉はある疑問を持った。
「僕は……死んだのか?」
そのことについてイレーヌは即座に否定した。
「いえ、死んではいません。もし死んだのなら赤ん坊として生まれてくるはずです。それに、あなたの様な人間はいるはずありませんから」
「人間が、いない?」
「ええ。イデア界の人間とは、人間界の人間とはまた別の特徴を持っているはずですから。例えば、私達の様なエルフ、鳥の能力を持ったハルピュイア、鉱山に住む小人ドワーフなどなど」
「つまり、僕の様な平凡な人間はいるはずないと。じゃあ、なんで僕はこの世界にいる?」
イレーヌは目の前にある山を指差しながら答えた。
「それは、今から向かう場所に行けばわかりますよ」
「向かう場所って……山じゃないか。しかも岩山」
「首都カミラベルグ。はるか昔よりドワーフの鉱山にして住み家。そして現在でも現役の鉱山であり都市。そこの長から話を聞けばわかります」
さらにイレーヌは付け加えた。
「あそこの長と話をする前に、あなたに絶対話しておかなければならないことがあります。魔法の事です」
「魔法?」
「ええ。イデア界には、魔法を使える種族と使えない種族がいます。我々エルフは魔法を使えますが、ドワーフは使えません。しかし、魔法を使えない種族は科学が発達している場合が多いです。また、魔法を使える種族でも得意な属性が違います。エルフの場合は光魔法が得意です」
「要は、魔法を使える種族と科学が発達している種族がいて、魔法を使う場合は得意な魔法が違っていると?」
「そういうことです」
和泉は疑問を持った。
「なんで、魔法について教えたんだ?」
「それは、カミラベルグで行われる説明についていってもらうためですよ。さあ、そろそろ着きますよ」
和泉達は山に掘られたトンネルを通った。すると、巨大な空間にいくつも建物が並ぶ場所に出た。
巨大な洞窟都市。それがカミラベルグだ。
その建物の中で、ひときわ大きくて目立つ建造物があった。それが和泉達が向かっている城、カミラベルグ城だ。
和泉達は城に入ると、衛兵に案内された。案内された場所は、前方に玉座が置いてある広間だった。どうやら謁見室らしい。
その部屋には先客が四名いた。一人は腕を組み、偉そうな態度をしている人間の少女。その隣には、青い肌を持ち、手首には鱗のような物が生えており、耳の後ろにえらの様な器官を持っていた。
残りの二人の内一人は、あどけない顔をした幼い人間の少女だ。その近くに付き従っているのは、鷹の翼を背中から生やした青年だ。
和泉とイレーヌが入ると、玉座の裏側から幼い少女が現れた。少女は玉座に座ると、話し始めた。
「よくぞ参られた、人間界から来た勇者、宮平 和泉、秦野 永花、穏田 静穂よ。このドワーフ族の長にしてユッテ半島首長連邦国代表ヒルデ・ヘルマン、国民を代表して歓迎を申し上げる」
「……っ!?」
和泉は驚きのあまり、声を漏らしてしまった。
「和泉よ、どうかしたか?」
ヒルデは心配そうに声をかける。
「なんで……なんで死んだ人間がここに……?」
すると、永花は和泉に詰め寄り、詰問する。
「あんた、私の事を知ってるの? それに、死んだってどういうこと?」
和泉はぼそりと呟くように聞き返した。
「秦野 永次って人物を知ってるか?」
「それって、私の弟の名前……」
永花の顔には、驚愕の色が浮かんでいた。
「僕はその人の孫の友達だよ。その友達の話では、君は今から約七十年前、堺で空襲に遭い、死亡した。君の写真も見ている」
そして和泉は静穂の方に向き、質問した。
「穏田 静雄って人、多分聞き覚えがあるはずだけど」
「あ……従兄弟のお兄ちゃんの事……?」
静穂は今にも消えてしまいそうなほど小さい声で答えた。
「その人は、僕の母方の祖父だ。祖父が持っていた品から、君の事を知ったんだ」
「待ちなさいよ! あんた、いつから来たの?」
脅すような態度で聞いてくる永花に、和泉は冷静になろうとしながら答えた。
「二〇一三年」
「バカ言わないでよ! 私はこの世界に来てから一週間しか経ってないのよ? なんで七十年近い未来から人が来られるのよ?」
永花のヒステリー気味な疑問に答えるように、ヒルデが口を開いた。
「おそらく、時間の流れが一定でないからじゃろうな。イデア界での一日が人間界では一週間というペースで時間が流れていたかと思えば、次の日には一日当たり一年という時の流れになってしまうこともあるのじゃから」
ヒルデの説明に、永花はしぶしぶ納得したようだ。
「さて、これからお主らにこの国を取り巻く状況を説明しようと思う。例の物を持って来い」
ヒルデが合図すると、玉座の裏から側近らしき人物が巨大な地図を持って現れた。
「このユッテ半島首長連邦国は、レーヴァテイン大陸の北西に位置するユッテ半島を国土とする国じゃ。光の民エルフ、水の民セイレーン、風の民ハルピュイア、山の民ドワーフが暮らしておる。そして各種族の長が集う会議で国の行く末を決定する。わらわはその長の会議のまとめ役と言ったところじゃ」
ちなみに、永花と静穂のそばにいるセイレーン族とハルピュイア族の男は、それぞれの種族の長だ。
「この国は長きに渡って平和に暮らしておった。ところが数十年前、大陸にあったギーゼロッテ王国の国王が代わった。新国王は軍備を拡張し、近隣諸国を攻め滅ぼしていき、さらに国名をギーゼロッテ帝国と改名。自らを皇帝と名乗った。そしてとうとう、このユッテ半島に攻め入ろうとしておるのじゃ」
一拍開け、ヒルデは説明を続けた。
「正直、軍備の面ではこちらがはるかに劣っておる。そこでわらわはこの城の地下祭壇に祭られている伝説の秘宝『リア・フェール』、別名『運命の石』を使い、国を救ってくれる勇者を召喚したのじゃ」
「で、その勇者が僕達だと」
和泉がそう言うと、永花が激しく抗議した。
「冗談じゃないわよ! せっかく戦争から逃げられると思ってたのに、別世界の戦争に出征しなきゃならないわけ? あんな思い、もうたくさんだっていうのに……」
何か思うところがあるのか、永花の言葉は最後の方で勢いを失っていた。静穂は何も言わなかったが、おそらく永花と同じ思いなのだろう。
「確かに、別世界の者を巻き込むのはわらわとしても不本意なのじゃが、こちらも国民の命を……」
ヒルデが弁解している途中で突然、警報が鳴り響いた。
「何事か!?」
すると衛兵が入室し、状況を報告した。
「報告します! ギーゼロッテ帝国軍、国境地帯であるユッテネック山岳地帯を越え、領内に侵入! 現在、国防軍が応戦しています!」
「映像は出せるか?」
「はい。映像、出ます!」
すると、天井から何台か大型のディスプレイが降ろされ、国境地帯の戦場が映し出された。
「これって……ロボット……?」
和泉がそう呟くのも無理はない。画面に映っていたのは、SF映画の様なロボット同士の戦闘だったからだ。
「あれは『Maschine Kreatur』。略して『MK』。魔力で動く人型機動兵器じゃ」
そのMKの戦闘は、始めの方はユッテ半島側の有利だった。だが、墜としても墜としてもギーゼロッテ帝国側のMKは次から次へと湧いてくる。
そしてとうとう、形勢が逆転された。
「これは、ちとまずいのう……。皆、わらわと共に来てくれるか?」
ヒルデに連れられ、やってきたのは、城の中にある格納庫だった。ここは限られたものしか入れない格納庫で、中には三機のMKと一台の馬車が入っていた。
「これは、お主らのために建造したMK。どれも量産機を凌駕する性能を持っておる」
「ちょっと待ってくれ」
和泉が口を挟んだ。
「何か僕達が戦うことが前提になってるみたいだけど、僕らそのことは了承してないよね? そもそも僕達、魔法使えないし」
するとヒルデは笑みを浮かべながら答えた。
「大丈夫じゃ。普通、魔力を持つことと魔法が使えることはセットじゃが、イデア界にやってくる人間はちと話が違うのじゃ。と言うのも、人間は強大な魔力を持っておるが魔法は使えない。例えるならば、使う術がない燃料と同じ状態なのじゃ。そこで」
ヒルデは和泉に黄色い宝石を、永花に青い宝石を、静穂に白い宝石をそれぞれ手渡した。
「それは『オーブ』という宝石でな。お主らの持っている魔力をMKに伝える役割を果たしてくれる。いわば触媒じゃ」
しかしここで、永花が騒ぎ立てるように言った。
「あなた、和泉が最初に言ったこと覚えているの? 私達はまだ戦場に行くことを了承していない。こんなもの貰っても、出撃する気はないのよ?」
「そ、それは……」
ヒルデも悪気があるわけじゃない。むしろこの世界の事に別世界の人間を巻き込むことに対して罪悪感すら覚えている。だが、国をまとめる者として国民を守らなければならない。そして、そのために手段を選んでいる状況ではないのだ。
「…………」
永花がヒルデに詰め寄っている間、和泉は戦場を映し出しているモニターを黙って見つめていた。
そして、彼は目の前にある白いMKに近づいていった。
「あなた、何をする気?」
永花が引きとめた。
「僕は出撃する」
そのことを聞いた永花は、耳を疑うような様子で聞き返した。
「あなた、自分が言っていることがどういうことか、わかっているの?」
「そ、そうだよ。死んじゃうかもしれないんだよ?」
静穂も永花に加わって引きとめた。
「残念だけど、僕は戦争の経験がないから、よくわからない。けど、命を散らしている様子を黙って見ていられるほど、薄情ではない」
そう言い残し、コクピットに乗り込んだ。コクピットにあるくぼみにオーブをはめ込むと、壁一面に周囲の様子が映し出された。さらに、目の前の画面に機体のスペックが表示された。
「機体名は、『マーニ』。エルフの能力の完全コピーを目的に開発された機体で、武装は全て光学兵器か。面白い」
そう呟くと、和泉が乗る『マーニ』は格納庫の外へ飛び出し、戦場へ向かった。
「う、うわぁああぁぁぁぁ!!」
「隊長、隊長ぉおおおぉぉぉ!!」
国境地帯の戦場は、まさに地獄と化していた。当初は半島側が有利に立っていたものの、帝国側は物量にモノを言わせ、強引に戦局を有利にしていく。
半島側の主力量産機『ガンバンテイン』の軍団は、みるみるうちにその数を減らしていく。現場指揮者の脳裏に『降伏』の二文字が浮かんだその時だった。
なぜか攻め込んでいた帝国側のMK達が、次々と炎を吹き上げて墜落して言ったのだ。
指揮官が何事かと戦場を見渡すと、突然敵軍の中に、白いMKが現れたのだ。
「まさか、光学迷彩まで完備してあったとはね」
『マーニ』コクピット内で、和泉がぼそりとつぶやいた。
実は、敵が勝手に墜落していったのは、和泉がステルス機能を使って敵軍に侵入し、左手に携えた双頭型ライトソードで辻斬りの如く切り刻んでいったためなのだ。
突然の新手に敵は困惑したが、上官の一声で冷静さを少し取り戻し、手にしたマスケット銃を連射した。このMK用マスケットは、人間のマスケットとは違い、連射可能で高性能なのだ。
〈和泉さん、聞こえますか?〉
突然、和泉にイレーヌから通信が入った。
「どうした?」
〈気を付けてください。敵の銃弾は鉄製ですが、当たったら爆発する炸裂弾である場合が多いです。いくら鉄より硬いミスリルでも、防ぎきることはできません〉
「わかった。まあ、初めから当たるつもりはないけどね」
そう言いきると、和泉は華麗ともいえる動きで次々と銃弾を回避していく。
「さあ、お返しだ」
今度は『マーニ』の右手から光の矢を作り出し、ライトソードを弓のように構え、光の矢を発射した。
矢は見事に敵に命中。敵の機体は爆散してしまった。
「おっと、今度は後ろか」
気配を察知した和泉は、両腕からライトシールドを発生させ、身構えた。予想通り、敵がハルバードを振り下ろしたため、それを受け止めることに成功した。
そして和泉はそのままシールドで敵を切り裂くと、その流れでシールドを投げ飛ばし、後に続く敵も撃破した。
――初めてにしては、十分すぎるほどいい――。内心そう思う余裕が、和泉にはあった。
だが、それも最初の話。
「クッ……まだあきらめないのか!」
時が経つにつれ、和泉もその物量作戦の本当の恐ろしさを理解し始めた。休みなしで戦闘を続けているため、疲れが見え始めたのだ。
コクピットにはめ込んであるオーブの輝きが鈍り始めたのが、その証拠だった。
「っ!? しまった……!」
疲れが溜まったためか、正面から接近してきた敵に対し、敏捷に対応できなかった。
その敵から振り下ろされたハルバードが、和泉の目に焼き付いた。
――もうダメか――。あきらめかけたその時、後ろから砲撃が浴びせられた。その砲撃は和泉の『マーニ』へ当たることなく、前方の敵に命中した。
〈まったく、世話をかけさないでくださらない?〉
〈そうだよ。いきなり飛び出して苦戦するんだったら、カッコ付かないじゃん〉
現れたのは、水で出来たマントを翼の様に広げて飛ぶ青いMKと、鳥の様な形態で飛行するMKだった。
そしてそれに乗っていたのは、カミラベルグの宮殿で出会った少女二人であった。
「それじゃあ、和泉さんは少し下がってて。静穂さんは左をお願い。私は右を担当するわ」
〈了解〉
〈わかった〉
永花はてきぱきと指示を出すと、戦闘を開始した。
「さて、水の力を見せてもらおうかしら、『ニヨルド』?」
余裕の笑みでそう言うと、水で出来たマントから無数の水がレーザーの様に発射された。この水のレーザーは『アクアレーザー』と呼ばれ、魔力を変換して発射している。発射されたアクアレーザーは弾幕を多く張ることができたため、一撃で多くの敵を仕留めることができた。
永花の乗る『ニヨルド』は、水の民・セイレーンの能力を結集したMKであるため、水中戦でその真価を発揮することができる。しかしその装備の多くが砲撃戦向きであるため、どのような戦場であれ、一般量産機がどれだけ大軍で攻め込まれようが対応することもできるのだ。
「後ろに回り込まれた!? でも!」
すると、永花はアクアレーザーを後方に発射した。アクアレーザーはマント全体が砲身の役目をするため、後方にも射撃をすることができるのだ。
そして、後方への攻撃手段を持つことを知らなかった敵は、アクアレーザーの餌食となった。
「征服なんて、絶対にやらせない!」
そう言いながら、静穂は鳥型戦闘機『ヴェズルフェルニル』が装備しているショートライフルの引き金を引いた。すると、戦闘機の下部に二丁装備された銃身から、魔法でできた風の弾が連射された。
連射しながら敵軍に突入すると、戦闘機は人型MKに変形し、装備されたショートライフルは両手に握られていた。
実は、『ヴェズルフェルニル』は戦闘機に変形できる、風の民・ハルピュイアの能力を結集したMKだったのだ。
「そこだ!」
そう叫ぶと静穂は、ショートライフルの先から風の刃を発生させ、機体を高速で移動させながら敵軍を切り刻んでいった。
こうして、後で駆けつけた二人の少女の活躍もあり、帝国側の戦力も限界を迎えた。帝国の進行を食い止めることができたのである。