第一章
一九四五年五月二十四日。太平洋戦争末期にあたるこの日、一人の男が海の上で戦っていた。
「くっ……、何としても行かせない気か!」
男は戦闘機に乗り、米軍の戦艦に近づこうと必死に模索していた。だが、軍艦を守る米軍機や軍艦からの抵抗が激しく、なかなか思い通りにならない。
「燃料も残り少ない……。このままでは、本望が……」
犬死にだけは何としてでも避けたい。国のためなら命を散らしても構わないが、無駄に終わってしまうことはどうしても嫌だった。
無駄死にということになれば、この特攻機『白菊』を受領された意味がない。
「こうなれば、一か八か!」
エンジンを全開にふかし、男は米軍艦へ一直線に突撃を敢行した。
当然、米軍機や軍艦は、男の乗った特攻機を撃ち落とそうと必死になる。銃弾は特攻機に何発も命中し、機体のあちこちから火が吹き始めた。
しかし、一度慣性に乗ってしまった以上、簡単に軌道をそらせるはずもない。
そして――。
「天皇陛下、ばんざぁぁああああぁぁぁぁぁぁい!!」
その瞬間、男の目に強烈な白い光が焼き付いた。
一九四五年七月十日、深夜。大阪府堺市にある病院で、一人の少女が看護婦として働いていた。
「じゃあ、後は任せなさい」
「ええ。頼んだわよ」
少女はこれから深夜の当番として勤務するようだ。
彼女の名は秦野 永花、十八歳。東京にある秦野財閥が実家だが、医務人員を効果的に配置するという国の方針で、大阪の病院に勤務している。
「じゃ、見回りから始めましょうか」
永花はいつも通り、患者の様子を見て回った。その時。
「これは……空襲警報?」
突如、街中にけたたましくサイレンが鳴り響いた。敵の空爆機が近づいた事を知らせる警報だ。
「先輩! 聞きましたか?」
永花の下に後輩看護婦がやってきて、指示を求めてくる。
「落ち着きなさい。あなた達、ここがどういう病院か、ご存じでしょう?」
永花達が務めている病院は、国際法上、攻撃目標とするのを禁じられている病院だ。この病院に攻撃を仕掛けてくることはまずないと思うが、流れ弾を受けるような感じで被害を受ける可能性はある。
「とにかく、落ちついて患者を防空壕に避難させなさい。いいわね?」
『はい!』
ビシッと指示を出した後、永花自身も患者の移送に取り掛かろうとした。が、次の瞬間、強烈な衝撃を全身で受けたかと思うと、意識が飛んでしまった。
永花が目を覚ましたのは、二時間ほど後の事だった。彼女が向くりと起き上がると、ガラガラと崩れ落ちる音がする。どうやら、ガレキの比較的浅い場所に埋まってしまったらしい。
「なによ、これ……」
外の世界を見た永花は、思わず息を飲んだ。街は火の海と化していたからだ。
さらに自分の近くを見渡してみると、ショッキングな事実が浮き彫りになった。
病院の他の棟も同じように崩れ落ちており、中には火柱が上がっている物もあった。
明らかに、わざと病院を狙ったとしか思えなかった。
「勝つためには、手段を選ばない、か……」
そう呟くと、怒りが込み上げてきた。
「これが、あなた達のやり方なの……? 法律を破って、平気で弱い人間をなぶり殺しにする、卑劣で、下劣な、殺戮が……!」
その瞬間、永花は力強い光に包まれた。
一九四五年八月六日、広島県広島市、午前八時。
「空襲警報、解除! 空襲警報、解除!」
外で警戒していた軍人の口から、警報解除の知らせが出される。数分前に米軍の爆撃機が認められ警報が出されたのだが、何もせずに引き返したため、解除されたのだ。
「よかったわね。さ、お家に戻りましょう」
「うん!」
ある防空壕で、母に促され家路を急ぐ幼い少女がいた。
穏田 静穂。それが彼女の名だ。年齢は十歳。
志保は駆け足で帰り、母より先に家へたどり着いた。居間に座り、母が帰ってくるのを待っていた時だった。
突如強烈な光が上空で発生したかと思うと、猛烈な衝撃と熱波が街全体を襲った。
静穂は崩れた家の中に埋もれてしまったが、奇跡的に助かった。自力で這い上がり辺りを見回すと、驚愕した。
外の世界はガレキの街と化していた。たった一瞬で、何か強大な力が押し寄せてきたかのような印象を受けた。
「お母さん……? お母さんはどこ……?」
静穂は自分の後を追っていたはずの母を探し求め、よろよろと歩きだした。しかし、いくら探しても母は見つからない。遺体すら見つからない。
「お母さん……、お母さん……。う……うわぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
とうとう歩き疲れ、泣き出してしまった。そして泣きじゃくる少女を慰めるように、やさしい光が彼女の身体を包み込んだ。
二〇一三年八月六日。東京のある場所で、平和祈念行事が行われていた。
「……zzz」
その行事の最中、堂々と居眠りしている少年がいた。宮平 和泉、十七歳。この街に住んでいる男子高校生で、式典に招待されている人物の一人だ。
「ちょっと和泉! 寝てるんじゃないわよ!」
やる気の感じられない和泉を起こしているのは秦野 永和。和泉の幼なじみで、秦野財閥のお嬢様だ。しかし、お嬢様特有の高飛車感は感じられない。
彼女もまた、この式典の招待客だ。
「あんたねぇ、一応招待客なんだから、もっとビシッとしなさいよ」
永和は強い口調で和泉をたしなめる。
「んん~……。そう言われても、僕には関係ないわけだし」
和泉は半分寝たような状態で釈明した。
「関係ないって、あんた自分の身内のこと、わかってるんでしょ? だから招待されたんじゃないの?」
永和の指摘通り、和泉には式典に招待されている理由があった。実は彼の母方の祖父は広島原爆の被爆者で、父方の祖父の兄は特攻隊員だった。
そのように彼の身内に戦争と深く関わった人物がいるため、平和祈念式典に招待されているのだ。
「そう言われても……」
だが、和泉は全く実感が湧かなかった。もちろん、そのような人物が身内にいたことは知っている。写真も見た。だが、どうしても自分の問題として考えられないのだ。
どこか遠い国のおとぎ話。それが和泉の持つ感覚だった。
「……では、これより展覧会場の方へ移動したいと思います。係の者に付いていってください」
市長や来賓の挨拶が終わり、次の題目に移るアナウンスが会場に響いた。
今回の式典は、全国から集めた戦争の遺物を展示する展覧会を開いている。和泉の家族も、この展覧会に出品していた。
「……あった。これか……」
展覧会場で、和泉はある場所で足を止めた。それは、祖父の被爆者手帳だ。
家ではちらっとしか見ていないが、ケースに入っているとなかなか様になる。
「……あれ?」
その時、和泉は異変に気が付いた。
「なあ、永和。この手帳……なんか光ってないか?」
「そんなまさか。まだ寝ぼけてるの?」
やはり気のせいか、と思ったが、光はどんどん強烈になってくる。
「うわぁっ!」
そして光は、和泉に向かって浴びせられた。