第10話 Epilogue
中東管轄基地の暴動により、ASEEを離反した部隊は砂漠の街を焼き払った。
そこに登場する、同じくASEEであるはずの漆黒の機体<オルウェントクランツ>は、同胞であるはずの<ヴィーア>たちを次々屠っていく。
「俺たちに与えられた任務は、離反した部隊全員の抹殺だ。ひとり残らず殺せ、ってのが命令だった。アイツらは生きてるんだ。家族だっているだろうし、人並みの幸せくらいは欲しいんだろ」
容赦なくトリガーに指を掛けるミオは、敵である者を全て『殺した』。
[part-エピローグ]レゼア
格納庫へ戻ると、レゼアは真っ先にミオの元へ駆け寄った。漆黒の機体を背に向けた少年は、すたすたと自室のある方へ向かおうとする。
「ミオ、さっきは悪かった」
「気にする必要はない。お前の選択は正しかった」
返ってきたのは、苛立ちにも似た低い声だった。少年は荒っぽい口調で答えると、走ってきたレゼアを無視して歩き去ろうとする。
行こうとした少年の左手を掴むと、ミオはその場で立ち止まった。レゼアが口を開く。
「……ごめん。汚れ仕事ばかりミオに押し付けてしまって……本当に済まないと思ってるんだ。それだけは伝えたくて」
まるで懇願するように言うと、ミオは前髪をクシャクシャに掻きむしった。すぅ、と瞳から冷酷な色合いが消え、表情が元に戻る。
言ったあと、レゼアはいったい何に対して謝っているのか分からなくなった。敵を殺す覚悟ができなかったこと、そして、それをミオへ押し付けてしまったこと――それだけじゃない、と彼女は内心で首を横に振る。今までだってずっとそうだった。
特務に与えられる任務の幅は広い。通常の指揮系統には含まれないものの、たとえば第六施設島などがそうであったように、新型機の奪取や敵地への単独潜入、あるいは工作活動などが挙げられる。もちろん通常の戦闘だって任務のうちだったし、先刻のような「汚れ仕事」も平気で回ってくる。
そういった理不尽さの目立つ命令が与えられたとき、実行するのは必ずミオの役目となっていた。たしかに彼の戦闘スキルは遥かに高いし、身体的な能力や咄嗟の判断力は群を抜いて目を見張るものがある。
「べつに謝ることじゃないだろ、それが "特務" の役割なんだから。与えられた命令に背くワケにはいかない。そんなことをすれば、俺たちの……俺の居場所はどこにもないんだからな」
ミオは静かに言って、俯いた。
そうだ。たしかに目の前の少年が言っていることは正しい。上層部からの命令に背いた "特務" は即刻「用済み」として判が捺され、処分が下される。どのような内容か予測はつくだろう。
自分たちに逃げ道など無いのだ。最初からずっと。
「……やっぱりレゼアは特務に向いてないよ」
「えっ?」
「優しいからな。だけど俺は違う――俺には、どうしても戦わなきゃいけない理由があるから。だから、謝らなくていい」
その言葉を聞いて、レゼアは少年の真意を悟った。
ミオが特務に選出されたのは、たしか10歳になった年だったと訊いている。その年齢までミオはずっと「特殊な」訓練を受けていた。
狭い檻の中で。
人間の限界を超えるような仕打ちを受け、新型の薬物を施され、定期的に血液を採取されて――まるで魂の抜けた道具のように成り果てていたのだ。何を話しても笑わず、与えられたことに対して頷くだけ。ろくな趣味も持たず、用が無ければ部屋にこもって小さくなっているだけの、まるで戦うために育てられた人形。武器を取ることを無くしたら、それ以外に何も残らない人間だった。
少なくともレゼアが出会ったの頃のミオ・ヒスィは、そういった少年だった。いま戦闘中に見せる冷酷な態度も、その頃の名残なのだろう。おそらくは自分を守るための。
それから数年が経ち、ミオは変わった。レゼアが変えたのだ。
だけど――とも思う。
自分は本質の部分で彼を変えられたのだろうか。芯の部分では、もしかしたら何も変わっていないのではないか。
だとしたら、自分はなおさらミオの近くに寄り添っていなければならない。冷酷非情、そして世界で最強最悪とも称される少年の本当の姿を知っているのは、自分しかいないのだから。
立ち去る少年の背を見つめるだけで、追うことの出来ない自分がそこにいた。
母艦<オーガスタス>へ帰還し、格納庫へ降り立ったミオとレゼア。
汚れ仕事をミオに押し付けてしまったレゼアは心から詫びるが、ミオは静かにうつむいた。
「べつに謝ることじゃないだろ、それが "特務" の役割なんだから。与えられた命令に背くワケにはいかない。そんなことをすれば、俺たちの……俺の居場所はどこにもないんだからな」
ミオは子供のころから狭い檻の中で「特殊な」訓練を受けていた。
人間の限界を超える仕打ちを受け、新型の薬物を施され、定期的に血液を採取され――まるで魂の抜けた道具のように成り果てていたのだ。何を話しても笑わず、与えられたことに対して頷くだけ。ろくな趣味も持たず、用が無ければ部屋にこもって小さくなっているだけの、まるで戦うために育てられた人形だ。武器を取ることを無くしたら、それ以外に何も残らない人間。
それを変えようとレゼア・レクラムは考えていた。
だけど――。
自分は本質の部分で彼を変えられたのか?
芯の部分では、もしかしたら何も変わっていないのでは?
立ち去る少年の背を見つめるだけで、追うことのできない自分がそこにいた。