第10話 part-c
第二形態の覚醒時間が終了し、意識を取り戻したレナ。
しかし、動かなくなった<アクト>に新たな敵が接近していた。
ASEEの中東管轄部隊が侵攻を開始したのだ。
砂漠の街に現れた20機ほどの<ヴィーア>は、震えたレナを嘲笑するかのように街を、人を焼いていく。
「なんで…、こんな………」
また守れなかったというのか。自分は。
なぜ殺した! と叫びたかった。天に向かって吼えてしまいたかった。
マシンガン型の装備を深紅の機体へ向ける量産機<ヴィーア>。しかしトリガーを引く前に機体は爆散する。
侵攻部隊が進軍してきた方向と対極に現れたのは、同じくASEEであるはずの漆黒の機体<オルウェントクランツ>だった――。
[part-C]ミオ
『いったいどういうことなの……?』
無線の奥からレナ・アーウィンが呻いた。<アクト>の操縦主とコンタクトを取ることのできる唯一の周波数だ。以前といっても1年ほど前のことになるが、ミオがまだ<ヴィーア>を駆っていた頃の話である。たまたま全開放チャンネル(普通なら災害救助や救難信号に使われる周波数)で互いの声を知ってから、2人はこの帯域を使って独自に連絡を取っていた。
レナは言葉を続けようとしたが、ミオがそれを遮る。
「アイツらはASEEの離反組だ。中東基地で一部の兵士が暴動を起こしてな。それに便乗する形で、基地の内部で戦闘が起こった。ヤツらは先手を打って、配備されていたAOFのうち24機を強奪。そこからの結果は最悪だぜ――基地にいたほとんどのメンバーを惨殺して逃走。生き延びたのはほんの数名だ」
『そんなことがあったの。ASEEの皆さんもご苦労様ですこと』
「元々、2つの部隊が統合されて出来たらしいからな。どうせ仲違いしてたんだろ。今回ばかりはお前の出る幕はなさそうだぜ」
じゃあな、と言い残して、ミオは通信を切った。
戦うことのできない<アクトラントクランツ>など、倒すべくも値しない。せいぜいくたばってろよ、と誰もいないコクピットに吐き捨てると、ミオは前髪をくしゃくしゃに掻いた。同僚を呼び出す。
「レゼア、聴こえるな?」
『なんだ? 余計な心配なら無用だぞ。私もやれる』
「……お前は下がってろ。味方だった連中だが、オーレグからの指示は敵全員の抹消だ。後方で待機しててくれ」
『だが!』レゼアは声を荒げた。『私だってミオと同じ特務なんだ。お前ばっかりに任せてはおけない!』
彼女は強く言い張った。
階級だけを見ると、レゼアはミオにとって上官に当たる。特務として情報収集や状況整理、その他の事務的な仕事や、技術者としての判断力と裁量、そして器量の良さは、彼女の方が遥かに上回っている。しかし、レゼアはミオに対して圧倒的に敵わない点があった。戦闘スキルである。
AOFどうしの戦闘においては、何よりも現場の判断が最優先される。周辺地域に与える影響力が甚大であるため、という理由が1つと、操縦主の生命が優先されるべきだという倫理に基づいく観点だ。たとえば統一連合では「階級」という概念が形骸化――つまり形だけのものとなっており、場合によっては指揮官の命令よりも操縦兵の意志が尊重されることは珍しくない。そういった事実も含めて、レゼアは「上官」の立場を捨て、「同僚」という立場を選んだのである。一方が他方に命令を与えるのではなく、相互に命令を与え合う関係だ。
ミオもそのことをきちんと理解していた。レゼアの意志は大切だ。
でも……。
声を低める。押し殺したような口調で言った。
「俺たちに与えられた任務は、離反した部隊全員の抹殺だ。ひとり残らず殺せ、ってのが命令だった。アイツらは生きてるんだ。家族だっているだろうし、人並みの幸せくらいは欲しいんだろ」
『……』
「それを奪う覚悟はあるのか。正しく殺す、覚悟があるか」
レゼアが沈黙した。
敵の部隊が慌ただしく動き始める。おそらく最強の機体<オルウェントクランツ>の噂は耳にしているのだろう。端から見ていても敵パイロットたちが動揺しているのが分かった。今の彼らにとっては"最強"であり"最凶"だったが。
「時間的猶予は無い、今すぐに決めろ。アイツらを皆殺しに出来るのか、出来ないのか」
『私、は……』
長い静寂のあとに得られた返答を聞いて、ミオは安堵の頷きを返した。
それでいい、ともう一度だけ大きく頷く。
「レゼアは優しいからな。その選択は間違いじゃないって、俺は思うけどね。無理はしなくて大丈夫だ」
『ミオ……?』柔和になった少年の声が、次の瞬間には引き締まる。
「下がっててくれ。――アイツらは俺が皆殺しにしてやる」
敵の部隊が一斉に実弾武器をぶっぱなすのと、漆黒の機体が動くのは同時だった。先に火を噴いたのは<ヴィーア>たちが構えたマシンガンである。
一瞬にして最大の加速を得た<オルウェントクランツ>は、素早く敵機の懐へと潜り込んだ。鋼糸が勢いよく左右に振るわれ、先頭に立っていた2機の量産機が爆散する。横薙ぎにされたのは胴部、つまりコクピットの部分だ。先端についた刃が建物ごと切り刻み、別の1機が建物の崩落に呑まれていく。
呼吸する間もなく、すでに2機と1機の<ヴィーア>が戦闘力を奪われていた。残った敵の部隊は自らの置かれた状況さえ理解できず、唖然としたまま爆散する機体を見つめている。その隙にも<オルウェントクランツ>の手には緑色の光刃が握られていた。
盾から瞬時に変形したそれは、左にいた<ヴィーア>の胴部を真っ二つに両断すると、今度は返しの刃を右にいた機体へ突き立てる。狙うのはやはり胴部だった。
ミオはサーベルをくるりと一回転することで変形させ、次にグリップしたのは高エネルギーライフルだ。銃口から青白い閃光が噴き、直線状に並んでいた2機を容赦なく貫く。コクピットを射抜かれた機体は、爆発することなくその場へ静かに崩れ折れた。
わずか10秒たらずの間に、7機もの<ヴィーア>が戦闘不能の状態に陥っていたのである。異常なほどのスピードだ。
鮮明になった視界で、敵の銃口がこちらを狙って動く。ミオは左腕の鋼糸を振るうと、先端のアンカーでその武器を跳ね上げた。
急加速による接近。空中に浮いたサブマシンガンを掴むと、ミオは敵機へ向かって容赦なく引き金を絞る。
常任離れした芸当だ――自らの武器でコクピットを穿たれた敵は、次の瞬間には鉄くずと化していた。
ミオはぼんやりと思う。戦闘中の風景は、普段と比べてクリアになる割にスピードが遅く感じられるのだ。
レゼアならば、きっとこんな戦いをしないハズだ。もっと巧妙な手口で任務を「終わらせた」ように見せかける。敵パイロットを惨殺したように見せかけて、実は動力部もコクピットも狙わずにダウンさせるだろう。
(でも、これが正しいやり方なんだよな……?)
ミオは最後の敵――深青色をした装甲の隊長機へ接敵すると、機体の首根を掴み上げた。
『バカな! この機体、まるで悪魔だ……!』
「――うるせえ」
外部スピーカーから発せられた声へ、ミオは冷徹に応じた。静かにライフルの銃口を向ける。
先端が火を噴く。
容赦ない閃光が、隊長機のコクピットを抉った。
中東管轄基地の暴動により、ASEEを離反した部隊は砂漠の街を焼き払った。
そこに登場する、同じくASEEであるはずの漆黒の機体<オルウェントクランツ>は、同胞であるはずの<ヴィーア>たちを次々屠っていく。
「俺たちに与えられた任務は、離反した部隊全員の抹殺だ。ひとり残らず殺せ、ってのが命令だった。アイツらは生きてるんだ。家族だっているだろうし、人並みの幸せくらいは欲しいんだろ」
容赦なくトリガーに指を掛けるミオは、敵である者を全て『殺した』。