第10話 part-a
最強の傭兵・戦狂と戦うことになったレナ。
(一撃当てれば勝てる!)
肉薄の装甲を持つAOFと対峙し、そう直感したレナは猛攻を仕掛けるが、真紅の敵機<ヴェサリウス>はすべての攻撃を阻む。
(これで――!)
敵機に光刃を突き立てようとした寸前、コクピットに響いたのは警告音だ。
空から放たれたビームの矢は、しっかりと<アクトラントクランツ>を捉えていた。危険を察知したレナは緊急用のスラスターを使って右方向へ空転し、わずかな隙を得た<ヴェサリウス>はここぞとばかりに後退する。
[part-A]レナ
死喰と呼ばれた機体は、レナの目の前で首を傾いだ。肉抜きだらけの<ヴェサリウス>を一瞥すると、今度は深紅の機体 <アクトラントクランツ>へ視線を向ける。赤色をした2つの眼がレナを真っ直ぐに捉えた。
背筋を冷たい指でなぞられるような感覚。レナは思わず震え上がった。
ダークグレイに彩られた装甲。肩に担がれた大鎌は実体武器だが、強烈な切断力を備えているに違いない。これまでの機体では見ることのなかった、ドが付くほどの派手な武装だ。
しかし、驚くべきはそこではない。
戦狂の駆る<ヴェサリウス>といい、目の前にいるダークグレイの機体といい、どちらもレナが見たことのないフォルムだったのである。かなりスマートな外見ではあるものの、データベースに知られている機体とは似通わない。
AOFの開発史を遡ると、現在の<アクトラントクランツ>は第四世代に属している機体だ。それよりも1つ前――つまり第三世代と呼ばれている機体は統一連合の<エーラント>、そしてASEEの<ヴィーア>にあたり、今は量産化が進んでいる。さらに前の世代は「旧式」として分類され、今では大半が使われていない。
(だとしたらコイツらは新型機なの――? でも、そうすると話がおかしい…第五世代AOFの開発はまだ着手されていないのに)
おそらく第三世代のフレームから独自に派生を遂げたのだろうか。だとすれば性能がケタ違いすぎる。一体どうして――と考えていると、不穏な単語がレナの脳裏へ浮かび上がった。
チート・ウィルス。本来ならば機体のOSSに仕掛けられていたはずの「枷」を破壊し、操縦主へ負担を強いる代わりに機体性能を飛躍的にアップさせるシステムだ。間違いない。彼らは間違いなく「チート」を使っている。
敵のAOFはスレンダーな内部骨格へ、そのまま外殻のパーツを当てはめた構造だ。今までの機体と比べると違和感のあるフォルムだが、機能性という面では第四世代の<アクトラントクランツ>に優るとも劣らない。
『なにをボサッとしてんだァ? 知らないうちにイっちまうぜ?』
声に反応して、レナは後方へ急速ステップを踏んだ。<ヴェサリウス>が槍で虚空を刺し、<アクト>は間一髪のところで距離を取る。
続いて上から襲ってきたのは大きな鎌だった――縦薙ぎに振り下ろされた半月が装甲を掠め、レナは舌打ちを交えて機体を回避させる。
1対2の状況だ。こちらが圧倒的に不利すぎる。
『レナ! 聞いてちょうだい』
「こんなときに――いったい何なんです!?」
二撃目の攻撃を避けると、レナは切羽詰まった声で怒鳴り返した。
『もう一機の敵が分かったわ。中東をメインとして活動している傭兵で、コードネームは "死喰"、機体の名前は<リヒャルテ>。戦狂と並んで、非公式の中では最も強い部類に属してる』
「はぁ!? そんなに強い敵が、なんでこんなところに2機もいるんですかー!」
彼女はコクピットの中で泣き喚いた。
どうして自分の回りはこうも「最強」が多いのか――<オルウェントクランツ>といい、戦狂といい死喰といい、これでは命が幾つあっても足りないではないか!
ヒュ、と大鎌の切っ先が光った。
レナが見たのは横からの斬撃だ。<アクト>はサーベルの出力を上げて反射的に攻撃を受け止めると、間近でライフルを応射。ダークグレイの機体<リヒャルテ>は寸でのところで回避運動に入り、ビームの矢をよけつつ大鎌を横薙ぎ、という奇妙な芸当を行った。しかし闇雲な一撃は<アクト>に届かない。
「ん……?」
違和感のようなものを得て、レナは疑問符を浮かべる。
なんだ今の――? まるで攻撃と回避のタイミングを同時に踏んだような動きだ。手と足の動きが合わないなんば走りみたいに、攻撃と回避の息が合っていなかったのだ。
ダークグレイの機体は一瞬だけ後退すると、すぐに攻めの姿勢へ転じた。大鎌を振って衝撃の波を生み出し、それを<アクト>目がけてぶっ放す――と同時に機体を急加速させ、自機ごと躍りかかってきた。
(――疾い!? だけど捌ききれないほどじゃない!)
レナは迷わずサーベルを出力させた。高出力モードの青白いプラズマ刃は、さらに出力を上げると両手持ちの大剣となる。
野球でいうと右打者の姿勢で、レナは衝撃波を思いきり打った。空気を切り裂いて出来た衝撃波である。もちろんホームランの軌道に乗る――わけもなく、閃光はその場であえなく散った。
だが、それでいい。死喰<リヒャルテ>の目的はそこにあったのだから。
強い光で埋め尽くされた眩い空間の中を、ダークグレイの機体が飛翔する。
「そりゃあぁぁぁ!!!!」
重い掛け声とともに、大剣を右から左へと振り抜く――大鎌と大剣が衝突し、盛大な火花を散らした。おそらくビームコーティングを施された超音波振動刃なのだろう。音の塊を衝撃波として飛ばしているのなら、衝撃波にも納得がいく。
<リヒャルテ>と<アクト>は互いに離れ、近付き、目にも止まらぬ速度で刃をぶつけ合う。
「くッ……」
たしかに"死喰"の実力は本物だ。攻撃のパターンこそ単調だが、その中に複雑さが折り込まれており、キッチリとした一撃を叩きつけてくる。
大剣で相手を押し返すと、ダークグレイの機体は後ろに距離を置いた。
マイクから聞こえたのは戦狂の声だ。
『さぁて…そろそろ使うか。悪ィが状況が変わったんでね、本気を出させてもらうぜ』
「え? どうしたの急に――」
戦狂と死喰の動きが止まる。
まるで時間ごと停止してしまったような錯覚に陥って、レナは狼狽した。自分だけ切り離された感覚だ。
「……?」
傭兵の2機を凝視する。
じっと見ていても、特に何かが変化した様子はなかった。
さっきの言葉はハッタリだったのか? 実は急に背を向けて逃げ出したり、なんてことが――
「ちょっと、どうしたの? 何が」
『最初はサービスだ。生きたきゃ、避けろよな』
――刹那。
出来事は、わずか一瞬にも満たない間に起こった。
思考が答えを弾き出すより、
レナの瞳が敵の姿を捉えるより、
コンピュータが事態を理解するよりも早く、その事態は完結していた。
戦狂<ヴェサリウス>は、瞬きよりも早く深紅の機体の背後へ回っていたのである。
「な――」に、と言い終わる間もなく、強烈な蹴りが<アクト>を襲う。重い重力加速は上から下へ。
思いきり蹴り飛ばされた<アクト>は、猛烈な速度で市街地の中心へ叩き落とされた。気を失いそうなほどの衝撃がコクピットまで伝わり、レナの意識は一瞬だけ飛びかける。深紅の機体は建物を5軒ほど薙ぎ倒すと、威力を削がれて停止した。
「ッ! 痛たた…」
右手で後頭部を抑える。どうやら切れてはいないようだ――とレナは状況を確認。
メインモニタに映る耐久値が、8000の台から5000の台まで減っていた。強い衝撃を受けたためか、数値は一定幅で揺れ動いたあと、5240の値を示して停まる。
「ウソでしょ!? 一撃でこんなダメージを受けるなんて」
『嘘じゃねぇ、本物だぜ。もしも槍を使っていたら、アンタは確実に肉片だったろうなァ』
戦狂は心の底から愉快げに笑った。
ゾク、と冷たい感覚がレナの背筋をなぞる。戦狂が本気を出していたら、今ごろレナの身体は跡形もなく芥子粒と化していた。実感が湧いてくると、今度は寒気が現実のものとなった。指先が震える。
「な、何よ……それ」
『怖いか? そりゃそうだろうなァ、これがチート・ウィルスの本当の力だ。機体の性能を格段に引き上げ、OSSに仕掛けられていた制限を自由自在に喰い破る、いわば最悪のデータさ。下手すりゃ能力のない操縦主は死ぬ』
レナは奥歯から呻いた。
そんなものが出回ったら、世界は必ずメチャクチャになる。
だけど――と、レナはメインモニターへ目をやった。今の一撃で<アクト>が負ったダメージは大きい。破損は無いものの、この耐久力のまま戦狂と死喰の相手をするのは不可能に近い。まさに手詰まりの状況で、レナは必死で機転を働かせる。
(どうすれば……)
周囲の光景がコクピット内に投影された。
褐色の壁はズタボロになり、崩落した部分はもくもくと砂煙をあげていた。コンクリートの建物に埋め込まれていた金属骨格が盛大に露出している。それらはまるでミミズのようにひしゃげ、大きく曲げられていた。
視線が建物の影を横切ったとき、レナの瞳は見覚えのある小さな姿を捉えた。
ハッと息を飲む。
花をくれた女の子だ。恥ずかしげで弱い笑顔が脳裏をよぎる。
ぼろくずのようになった建物に守られ、あまりの出来事に怖じ気づいた少女は、ぺたんと尻餅をついていた。余った五、六本の花が散らばり、乾いた地面の上に並んでいた。
そのうちの1本は、レナの手元にある。ふと呟いた。
「ごめんね。あたし、まだまだ弱いみたいのかな……」
誰にも聞こえない声で呟く。無線からキョウノミヤの呼び掛けが届いたけれど、そんなものは耳に入らなかった。不思議と力が涌いてくる。
大丈夫。まだやれる――そう思っただけで、身体の震えは止まっていた。レナは操縦悍を強く握りしめる。
「でもね。こんなところでは絶対に負けないから」
戦狂<ヴェサリウス>が近付いてくる。槍を振り上げた。トドメの一撃である。
外部回線からノイズ混じりの声が聞こえる。
『じゃあな、アンタは "不合格" だよ。データは渡せませんでしたァ~』
ブザーの口真似をして、槍の尖端が落とされる。
その寸前。ふわり、と浮くものがあった。建物に挟まれた格好で倒れていた深紅の機体が、まるで空気とか風であるかのように、空へ舞い上がっていたのである。
槍は何もない地面へ振り落とされた。戦狂は驚愕の声を上げる。
『何ッ!?』
「あたしは――」
こんな場所で立ち止まっているワケにはいかないのだ。
あの花をくれた女の子に、傷を負わせてたまるものか。それだけではない。戦う力のない人がいる。悔しい想いをしている人がいる。そして、そういった人たちを無下に扱う連中がいる。
不意に網膜へ浮かんだのは漆黒の機体。
「こんなところで――――負けてたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」
激昂する。
感情の高ぶりに呼応して、秘められていたシステムが解放された。
メインモニタに写る数値が振り切れ、やがて示したのは "測定不可" の表示。
視界がブラックアウトした。ズン、と地響きのような衝撃がレナの身体を襲い、視界が真っ暗な闇に閉ざされる。
まただ、とレナは重圧に耐えながら思った。第二形態を使ったときに起こる現象――無意識化とも呼ばれるそれが起こると、操縦主であるレナの意識は途絶されてしまう。
(くっ、駄目――こんな場所で負けてらんないってのに……!)
自分の中の奥底にある部分から、黒い腕が伸びてきた。得体の知れない影はレナの足をがっしり掴むと、再び闇の中へ引きずっていこうとする。
そして次の瞬間には、レナの身体は昏い海の底へと放り出されていた。
身体じゅうの全ての感覚がシャットアウトされる。まるでテレビの電源を切られるみたいに、シートの硬さも、そしてスロットルを触ったときの感覚も、全部が死んでしまった。
息が詰まる。彼女の意識は途絶えたのだ。
戦狂が駆るAOF<ヴェサリウス>との戦闘中、新たにダークグレイの機体<リヒャルテ>が乱入する。見たことのないフォルムを持つ2機を目の当たりにし、疑問を抱くレナ。
(だとしたらコイツらは新型機なの――? でも、そうすると話がおかしい…第五世代AOFの開発はまだ着手されていないのに)
<アクト>へと猛攻を繰り出す<リヒャルテ>を押し返すと、今度は戦狂の声が聞こえた。
『さぁて…そろそろ使うか。悪ィが状況が変わったんでね、本気を出させてもらうぜ』
<ヴェサリウス>の放った一撃をすんでのところで回避したものの、致命傷を受けた<アクトラントクランツ>。
(駄目――こんな場所で負けてらんないってのに……!)
次の瞬間、彼女の意識は途絶えた。
第二形態、展開。