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黎撃のインフィニティ  作者: いーちゃん
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第8話 part-b

 ついに第二形態(セカンドフォルテ)を展開した深紅の機体<アクトラントクランツ>。

 バケモノのようなような機動性を発揮するAOFを相手に、ミオはじり貧の戦闘を強いられることになる。

「くっ、どうなってやがる! コイツ、さっきと全然動きが違うじゃねえか……!」

 ならばバケモノ退治と行こうかと不敵に笑みつつ、少年は敵に向かって吐き捨てる。

「お前は――、お前はいったい誰なんだ……?」

 問い掛けに応じる答えは無い。普段なら個別のオープンチャンネルで聞こえる揶揄も愚痴もない。

 それは間違いなく"異常事態"を意味していた。

[part-B']レナ


 少女は泥だらけの地面に横たわっていた。

(ここは……?)

 自分がどういう状況に置かれているのかレナは理解に苦しんだ。

(もしかして、あたし死んじゃったのかな……)

 さっきまで駆っていた<アクトラントクランツ>はどこへ消えたのだろう。敵も味方も居なくなって、この暗闇の中では<フィリテ・リエラ>の姿も見えなかった。

 通信を送ろうとしたところで、レナは自分の耳からインカムが外れていることに気が付いた。どうやら何もかも失ったみたいだ。外部と連絡を取るのは諦めろということか――なんて思いながら立ち上がると、レナの身体は予想外に重たくなっていた。

 まるでプールの中で動くみたいだ。全身にまとわりつく水たちがレナの一挙手一投足を阻み、少女は抵抗の末にようやく立ち上がる。

(ここは……海の底?)

 真っ暗で何もない空間を見渡して、レナはふと呟いた。言葉は泡となって消えていく。

 この風景はドキュメンタリー番組か映画で見るような海底と類似していた。何もなくて、音さえも失せた寂しい空間だ。

 レナは 茫然とした思いを抱えたまま前へ歩き出した。

 遠くに焔のような緑色の輝きが見える。目を細めて見ると、光は流れ星みたく尾を引いて揺らめいているのが分かった。

(何? 理由は分からないけど……此処は懐かしい感じがする)

 レナは再び緑色の光を見つめた。漠然とした勘にすぎないが、あの光の向こうには何かがある気がしたのだ。

 あの光を目指して歩いていこう、きっと何か大切なものがある。

 少女の足は光の方向へ進んだ。


[part-B]レナ


 目を覚ますと、レナはベッドの上に身体を横たえていた。

 まず視界に入ってきたのは白い天井だ。しかし焦点が合わず、レナは首だけを動かして壁、ドア、床を順にぼんやりと眺める。

 ――敵は!?

 反射的に身を起こすと、病室には自分しか居ないことが分かった。

 10メートル四方の部屋だ。他にも空きのベッドが2つ残っていたが、きれいにシーツが敷かれているだけで患者の姿は見えない。

(あたしは――)

 両の手を握って拳をつくり、花を咲かせるようにひらく。

 生きている感触が得られた。足は……ちゃんと付いてる。

 パイロットスーツの代わりにレナが纏っているのは、青みがかったクリーム色の病衣だ。ここへ運び込まれる際、強制的に着替えさせられたのだろう。幸いにして深い傷は負っていないようで、痛みは感じられなかった。

 レナは起き上がると床に素足をつけた。冷えた感覚が足裏を通って伝わり、それは痛覚になる。

 ズキン、と脳を突き刺すような痛みがレナを直撃した。

「痛ッ…!」

 しかしそれは一瞬で治まり、彼女は部屋の奥にある洗面台へ向かった。

 ――生きてる。

 病室の入り口が開いた。

 ガスが抜けるような音がして自動扉が開くと、中へ入ってきたのはキョウノミヤだ。眉根がきつく寄り、口はへの字に歪んでいる。おそらく怒っているんだろう、とレナはぼんやりとした思考で勘繰った。

 後ろには側近として2人の女性士官が控えていた。キョウノミヤは廊下で待機を命じると、ひとりで病室へ入ってくる。

 気まずくなって、レナは思わず視線を逸らした。

 重たい沈黙が満ちる。

「あたしは――たぶん負けたんですよね。それくらい分かってます……」

 抑揚のない声で少女は言った。キョウノミヤは沈黙を保ったまま、レナの表情をじっと見据える。

 どうせ怒るなら、さっさと怒鳴り声を撒き散らして欲しいとレナは思った。最新鋭の新型機を壊してしまったとか、あるいは味方部隊のメンバーを亡き者にしたとか、理由は何でもいい。自分はきっと<オルウェントクランツ>に負けたのだ。大声で喚かれる直前の、あたかも怒りを蓄えるような無駄に長い時間は心底嫌になる。

 しかしキョウノミヤが発したのは、レナの予測と正反対のことだった。

「いいえ、あなたは勝ったわ。<オルウェントクランツ>を中破に追いやってね」

「え、え……? でも、あたしは――」

「憶えていなくても当然だわ。だって無意識のまま戦っていたのよ? 第二形態(セカンドフォルテ)が起動したんだもの」

「第二、形態……?」

 レナは理解が追い付かずに思わず首を傾いだ。キョウノミヤが何を言っているのかサッパリで、頭の中には疑問符が幾つも踊り狂っていた。

 ――自分は無意識のまま戦っていた?

 夢の中でもあるまいし、意識がないまま戦うなんて不可能に決まっている。だが、面白いくらいに記憶が抜け落ちているのは事実だった。敵を中破させたと言われても、どのように自分が立ち回ったのかさえ憶えていないのだ。

 しばらくして時間が経つと、レナの頭脳は不明瞭な靄の中から抜け出した。

「ど、どういうことですか? 納得のいく説明をお願いします」

「我々が開発した最新鋭機、<アクトラントクランツ>と<オルウェントクランツ>の2機には特別な機能が搭載されているの。バイオセンサーの一種である感情素子応答システム。簡単に例えるなら――そうね、アルファ波とかそういった類の言葉は知ってる?」

「なんとなくですけど。心が落ち着くやつですよね?」

「人間は、感情に応じて色々な波長・周波数を身体の奥から発しています。イライラしている人が近くにいたら雰囲気だけで分かるでしょう? それらを信号素子として機体に感知させ、本来を上回る性能――つまり操縦主の覚醒状態を無理やり引き出すシステムよ。そして覚醒した状態を我々はヒトの "第二形態" と呼んでいるわ」

 キョウノミヤは指でVの字を作った。

 第二形態(セカンドフォルテ)――レナは唇の裏側で言葉を反芻する。

 <アクト>が覚醒していた間のことはレナの記憶に残っていない。狭苦しいコクピットの中で、なんだか身体を内側から食い破るような咆哮がした直後、気づけば病室のベッドに横たわっていたのだから。

 だけど憶えていることがある。

 意識を失う瞬間、レナは水の中へ飛び込んだような感覚を味わったのだ。高い場所から落とされて、何も身構えないまま着水するような――それから、しばらく暗い水の中を、重力に囚われながら彷徨った気がする。周りには何も見えなくて、冷たいのと温かいのが入り混ざって肌に当たる感覚だ。遠くに緑色の輝きが尾を引いているのが見えて、その方向を目指して歩いていった。

「第二形態に覚醒すると、操縦主の意識は "無意識の海" へと引きずり込まれます。何が原因なのか技術的には分からないけれど、おそらく神経や脳が関わっていると考えられるわ。もちろん科学の観点から逸脱すれば "心" ね」

「心? あの海が自分の心だっていうんですか」

「心象風景を見たのね」

「ええ……まぁ」

 呟く。

 あの昏い海の底が自分の心の中だと言うのなら、レナは二度と行きたくないと思った。まるで自分ひとりだけが取り残されるような、胸をぎゅうぎゅうと締め付けるような感覚――もう御免だとレナは思う。あんな場所に閉じ込められるのは嫌だ。

 キョウノミヤは手元にあったボールペンを軽く運指で回すと、白衣の胸ポケットにしまい込んだ。

「今回は最初の覚醒ということで面白味のあるデータが取れたわ。上々といったところかしら。上層部の連中は最初から興味を持っていたみたいよ。覚醒時のデータは送っておいたから、あのサルどもは静かになるでしょう」

「おもしろい……?」

「えぇ、世界で初めての技術ですもの。あなたをモルモット扱いしたことについては謝罪するわ」

 そんな謝罪なんて要るか、とレナは思う。

 <アクトラントクランツ>にそんなシステムが積まれていたなんて初耳だ。マニュアルとして規定された文書には目を通したが、そんな項目は1文字たりとも見つけられなかった。生命に危険性が無いとはいえ、搭乗者の知らない場所で勝手に搭載されるなんて心外だ。

 そういえば、最初に「説明しても意味がない」ようなことを言っていたなとレナはぼんやりと思い出した。あの現象がセカンドフォルテなのだとしたら、たしかに説明しても意味が無いことになる。記憶が一切残っていなければ、重要な情報は生きているか、死んでいるかのいずれかだ。

 キョウノミヤは目を細めて、

「2年くらい前かしら――とあるフランスの学生がヒトの無意識と覚醒状態について論文を書いたことが発端でね。そこから応用されるのは早かったわ。医学、脳科学、そして工学の分野でも、その論文で生まれた概念が利用され始めている。今ではネット上へのフルダイブシステムにも応用されつつあるわ」

 どこか愉しげに語るキョウノミヤの前で、レナはムッとしたように眉を立てた。

 それだけじゃない、とレナは思う。どのように崇高な論文かなど知るところではないが、人間の無意識が戦争にも応用されたということだ。釈然としない苛立ちを抱きながら、レナはベッドの脇へ腰掛ける。

「ひとつ訊きたいです。科学者たちは……どうしてそんなものを作ったんでしょう」

「さぁね、AOFへの応用を思い付いたのは私じゃないもの。我々は作って使うだけよ。もしかして私に八つ当たり?」

「そういうワケじゃないです。でも、なんだか世界がおかしい方に向かっている気がして。このご時世、何か新しい技術が生まれるとすぐに戦争に応用されるじゃないですか。それってどう考えても変な気がするんです。口では巧く説明できないけど……なんでもかんでも人殺しの道具に投資するなんて、きっと狂ってますよ」

 吐き捨てるように言うと、キョウノミヤはふと視線を足元へ落とした。

 決して彼女に八つ当たりしてやろうとかいう不純な理由ではない。世界がおかしな方向に進んでいるのは事実だ。金と力さえあれば何事も思いのままになるなんて、やはりおかしいに決まっている。そして、人を幸福にするはずの技術が戦争ばかりに使われているのを目の当たりにすると、やっぱりレナは反吐が出そうになるのだ。

 白衣の女性は溜め息して、

「でも、そうしなければ多くの人が死ぬのも事実よ。最新の技術を取り入れ続けてきたからこそ、今の兵士たちの死傷率は減りつつある。誰かを傷付けたり殺す力は強くなったけれど、同時に守る力も強くなっているのよ。判る?」

 AOFの外殻となる超高硬度鋼も然り、コクピットブロックに採用されている強化プラスチック-シリコン融合型緩衝材、そして操縦主(パイロット)の着る保身性スーツなど、どれも最新の技術であることは間違っていない。そのお陰で、AOF操縦主たちの死傷率は数年前と比べて激減しているのも事実だ。

 それを鑑みれば、AOFに最新の技術が取り込まれるのは間違いではない。優先されるべきパイロットの命を守るための技術だ。

 しかしレナはなんだか狐に摘ままれたような心持ちがしてならなかった。

 キョウノミヤはこれまでの話題を振り切るように両の手を打ち、

「そうね、映像を見せてあげましょうか。あなたが無意識下にいる間の戦いを」

 白衣の内側ポケットから8.6インチのタブ端末を取りだし、軽くパネルを操作してからレナへ手渡す。

 中央の三角を押すと、ムービーは自動的に流れるようになっていた。どうやら遠距離から録画していたものだろう、映像を拡大すると予想外に画質が粗くなったのが分かる。

 画面の真ん中で激しい攻防を繰り広げているのは2機のAOFだ。漆黒と深紅は互いの近接武器を何度も衝突させ合い、距離を置き、互いにライフルを撃ち、再び接近――漆黒は右腕から鋼糸(ワイヤー)を振り回すが、深紅は残像とともに軽々と攻撃を避け、潜り込むようにして懐へ飛び込む。レナの記憶には残っていない光景だ。

「この戦ってるのが、あたしなんですか? こんな動きが出来てるなんて……」

 信じられない思いだった。

 <アクトラントクランツ>は、背面に大きな白い翼を広げていた。まるで大天使のようにも見える異形の姿は、彼女が意識を失う前までには無かったものだ。スラスターの性能が格段に伸びていて、左右のステップを踏むと残像さえ浮かぶ。どうやら白い羽を大きく広げ、そして小さく折りたたむ伸縮を繰り返すことで機体の大きさを誤認させ、それが残像のように見えているらしかった。

 圧倒的な性能差だ。ちょこまかと逃げ回る漆黒を追い詰め、<アクト>は最後の一太刀を振るう。青白い大剣は相手の脚部、ちょうど足首のあたりを切断した。バランスを崩した漆黒は羽根をもがれたカラスみたいに宙を落ち、海面すれすれでようやっと姿勢を取り戻す。しかし反撃する余裕はなさそうだった。

 レナは素直に感嘆していた。何度挑んでも勝つことの出来なかった相手を、こうも造作なく追い詰めてしまうとは――と思いながら、どこか虚しいような気分をおぼえる。

 少なくとも映像の中であの機体を駆っているのは自分ではない、自分以外の「何か」なのだ。それによって<オルウェントクランツ>を倒したとしても、レナはまったく嬉しくなかっただろう。あの敵だけはどうしてもレナ自身の手で討たなくてはならないのだから。

 彼女はグッと握り拳を作る。

 敵が母艦へ撤退するのを見届けると、<アクトラントクランツ>は脱力するように姿勢を崩した。背面の翼にある真っ白な羽根が散り始め、バーニアやスラスターの出力が落ちて自由落下を始める。

 映像はそこで止まった。レナはキョウノミヤへ端末を返す。

 彼女は白衣の裾に片手を突っ込み、

「<アクト>は内部にエネルギーを生産する(コア)を保有しています。これにより長時間の稼働が可能になっているわ。だけど第二形態時のエネルギー消費量は異常だった――本来ならば60分以上は持続可能なエネルギーを、わずか200秒で使い切ってしまったの」

「そんなに短時間で……たった3分じゃないですか」

「ええ、セカンドフォルテ時で長時間の戦闘は不可能よ。機体の操縦も強引なものだったから、関節部の緩衝材(ダンパー)がズタボロになっていたわ。<アクト>はいま格納庫で部品の交換作業が行われています。幸い、すぐに終わりそうだけど」

 レナはふと息を吐いて視線を落とした。

 <オルウェントクランツ>に勝つことが出来たたのは良報だ。だが、心の内側で発したざわめきのようなものが次第に大きくなってくる。

 ……アレを討たなきゃいけないのは、ほかでもないレナ自身だ。それ以外の力が彼を討つなど言語道断である。

 彼女は唐突に問うた。

「あの、質問なんですけど、戦闘中に無意識状態から立ち直る方法はあるんですか?」

「実験したことがないから分からないけれど。でも、意識を呑まれないようにすれば、有意識下でも戦える可能性は充分にあるわ。そこらへんについては私よりも上層部の連中が詳しいハズだから、ちょっと探りをいれてみようかしらね」

 それはさておき、とベッドの縁へ腰かけていたキョウノミヤは不意に立ち上がった。

「本題に入るわ。指揮官として相応しくない行動についてです。貴女は自分自身で撤退命令を下したあとも戦闘行為に及んだわ。お陰で指揮系統はメチャクチャ――まぁ、最後は結果オーライだったんだけれど。半分は私に責任があるとしても、貴女にも責任の一端がある。とても上に立つ者のすることではないわ」

 だって、とレナは言い訳を吐きそうになって踏みとどまる。

 撤退していく僚機に向かって<オルウェントクランツ>が攻撃を加えたのだ。それさえなければ、レナだって間違いなく指示に従ったハズである。

 彼女は口を噤んで、

「……はい」小さな声で応じた。

「どうするの? 今後も指揮官を続ける?」

「みんなは何と言ってますか。自分ひとりの意見じゃ決められないです」

 レナが再び問う。キョウノミヤは黙り込んだ。

 訊かなくても分かる。やはり17歳の自分に指揮官なんて大役が務まるワケがないのだ。

 例の敵に固執してばっかりで部隊をまとめられず、しかも最後には機体を暴走させてしまう――そんな状態で指揮が執れるハズがない。

「……やっぱり無理ですよ、あたしには。向いてませんから」

 絶望に似た黒い感情がレナの胸を押しつぶしてくる。何が「みんなを守ってみせます」だ、とレナは胸の内で吐き捨てた。こんな状態じゃ、守るどころか味方(メンバー)を危険な目に遭わせるのが関の山だ。そんな指揮官ならば必要ない。

 レナは唾を一飲みして意を決した。

「……私を指揮官から外してください」

「いいのね」

「やっぱり私には指揮官なんて似合わないですよ。強い人が上にいれば良いワケじゃない。もっと、みんなを引っ張れる人を選ぶべきだったんです」

「なるほどね。では今後は独立遊撃部隊として行動を共にしてもらうわね。仲間は――」

「要りません、そういうの」レナはキッパリ言い放った。「1人でやれますから。そっちの方が都合もいいですし」

「でも1人で<オルウェントクランツ>の相手をする気?」

「人間関係とか、あんまり上手じゃないですし。アイツを押さえるだけの役目なら、出来ますから」

 レナは弱々しく笑うと、病室の外へ出た。

 指揮官に昇格し、その日のうちにバッジを取り消されるなんて――統一連合の歴史上ではレナが間違いなく最初の1人だったろう。きっと笑いの種にされるに決まっている。

 ドアが閉まる寸前、キョウノミヤが少女の背を追うように声を上げた。

「……あなたは作戦の成功よりも人命を優先したわ。その行為を評価している人間がいることも、忘れないでね」

 扉は閉まった。

 レナが病衣のままやってきたのは格納庫だ。

 目の前には、深紅色をした鋼鉄の巨人<アクトラントクランツ>が膝を折った姿勢で佇んでいる。足元を含めた周囲には、真っ白な羽根が何枚も散っていた――ふと見上げれば、背部骨格にはまだ翼の断片が残っている。

 脚部の装甲に触れれば、それはまだ温かい熱を持っていた。AOFの高速戦闘においては、ただの空気摩擦だけでここまで熱くなるのだ。

「よォ、アンタか? たった1日で指揮官をクビにされたってのは」

 レナは振り向いた。

 気づけば、こちらへ歩み寄ってくる人影がふたつ。声を発したのは男の方だ。狼を思わせるような銀のボサボサ髪、背は高い――男は頭の後ろで両の腕を組んで、口の端はあたかも愉快そうな笑みに歪んでいた。

 その隣に要るのは黒髪の少女だ。ベリーショートの髪型で目つきは鋭い。まるで抜き身の刀をイメージさせるような、凛とした態度の少女だ。

 レナは問う。

「あなたたち、誰?」

「俺はイアル。イアル・マクターレスだ。よろしく頼むぜ」

 握手を求められたが、レナは手を取っていいものかと峻巡した。隣の少女が前に名乗り出る。

「フィエリア・エルダ・ベルツヘルムです。お見知り置きを」

 少女はペコリと一礼しただけで終わった。

 自分も名乗るべきだろうか……と迷った挙げ句、レナはおずおずと口を開く。

「あたしは――」

「知ってるぜ。"連合二強" 、真っ赤に燃えるような赤髪のレナ・アーウィン。半年前、休戦状態になるまでに撃墜した敵機は186機にものぼる、統一連合最強のエースストライカー。まるで化け物(バケモン)級の数字だ。それによってネイピア勲章2号を受賞してるが、北米ラングレー基地で行われる式典を腹痛でキャンセルした。違うか?」

「ちょ、ちょっと待って……なんでそこまで知ってるの」

「他にもあるぜ。たとえばサイズは上から順に――」

「コラコラ言わないで言わないで! ってかアナタ何でそんなこと知ってるのよ――ッ!!」

「当たり前だろ? 美少女が相手なら下調べして当然ごふぁッ!?」

 すごい音(たぶん骨が折れたような音)がして、イアルは床へ倒れ伏せた。直前にフィエリアの足が鳩尾を直撃したような気がするが……疾すぎて見えなかった。おそらく見間違いだろう、と納得して、レナはさらりと流した。

 黒髪の少女は凛と脚の姿勢を正して、

「コイツが貴女に関して詳しいのは、直前までPCにかじりついて下調べしていたからですよ。あと、何枚かの画像もダウンロードして大事そうに保管していました」

「そ、それストーカーって言うんじゃ…」

「さっさとコイツを突き出して死刑にでも」

「ま、待てよ…。俺は何もやってねーぞ……」

 苦しまぎれの声で喘ぎながらイアルは応じた。まだ床へ這いつくばっているのを見た限り、蹴りが大ダメージだったのだろう。御愁傷様です。

 フィエリアが脇へ横たわる物体を無視して続ける。

「私達は本日付けで同じチームに配属されました。まだまだ未熟者ですが、何卒」

「えっ? でも、あたし――そんなつもり全然ないですよ。むしろ1人で全部やれますから」

 両手をジタバタと振ってみせる。フィエリアは疑問を浮かべたあと、すぐに表情を固くした。

「私達とはチームを組めないと? ですがあなたは、以前にフェルミ氏とタッグを組んでいたと伺っています。我々とて歴としたAOF乗りです。私達の技量が信用できないという意味でしょうか」

「違います違います! ただ、あたしは人間関係とか……あんまり上手じゃなくて。多分すぐに嫌になると思うわ。今だって、失敗しちゃったもの」

 だから――ごめんなさい、とレナは静かに頭を下げた。

 自分は単独でも充分に戦える。それだけの技量と機体性能を併せ持っているのだから。大丈夫、1人だって今まで通りやれる。

 首を元に戻すと、目の前にはイアルが腕を組んだまま仁王立ちしていた。

「……アンタ何やってんの?」

「ったく、ごちゃごちゃうるせー奴だなオマエ。――ほれっ!」

「きゃっ!? な、何すんのよイキナリ! 放してよっ!」

「ハハッ! 放すワケねーだろバーカ!!」

 わざとらしくレナの長髪を掴み上げると、イアルはそれを右へ左へと引っ張った。レナは金切り声で叫びながら、痛みを和らげる方向へと逃げ回る。そうしないと危うく頭部が脱毛処理されそうだったからだ。

 イアルが手を放す。痛みから解放されたレナは乱れた髪を慌てて(くしけず)り、

「他人の髪の毛で何やってんのよ! オモチャにしないでよ!」

「楽しかっただろ?」

「えっ?」

「1人じゃ出来ないだろ、こういうこと。お前は1人のが好きだったとしても、それじゃあきっとツマラナイと思うぜ。じゃ、俺は行くから」

 踵を返すと、イアルは背中越しに軽く振りながら去っていく。

 1人じゃつまらない……と、レナは言葉を口の中で転がした。

 たしかにそうかも知れない。

 去っていく男の背中は、どこか大きく、そして頼もしく――

「……んなわけあるかぁ!!なに勝手に髪の毛引っ張ってんのよ――――――ッ!!!!」

 レナは全速力で走っていくと、その背中へ強烈な蹴りを叩き込んでやる。


 どうやらすぐに仲良くなれそうだった。

 第二形態(セカンドフォルテ)を展開させたレナは暗闇へと意識を引きずり込まれた。

 そこに身体はなく、視点だけが浮いている。

 まるで海の底だ。遠くに焔のような緑色の輝きが見える。目を細めて見ると、光は流れ星みたく尾を引いて揺らめいているのが分かった。

(何? 理由は分からないけど……此処は懐かしい感じがする)

 気がつけば少女の細身はベッドへ横たわっていた。どうやら戦闘は既に終了したらしく、キョウノミヤが詳細を伝えてくれる。

 記憶に残っていないムービーを見て目を見開くレナ。

「この戦ってるのが、あたしなんですか? こんな動きが出来てるなんて……」

 しかし指揮官に相応しくない行動を選択したことに対して責任を負い、初日にして任を解かれることになる。

 甲板に出たレナに、2人の仲間が新たに加わった。

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