第8話 part-a
インド半島・カタックで行われているASEEの物資輸送を断ち切るべく、深紅の機体<アクトラントクランツ>で出撃するレナ。それを迎え撃つミオ。
「アンタはそうやっていつもあたしの邪魔を……!」
互角の性能ゆえ、空中で繰り広げられるハイスピード・高火力の戦闘。
『指揮官サマのお手並み拝見と行こうか』
突如、<オルウェントクランツ>は別方向へと飛び立った。
追うレナへ見せつけるように、漆黒の機体は次々と<エーラント>たちを撃墜し始める。作戦は崩壊するも、レナの感情は増幅する。
「アンタだけはッッ! 今、ここでぇぇェ―――ッ!!」
少女の怒りと同時に、【何か】が覚醒を始める。
[part-A]ミオ
光が空間を埋め尽くした瞬間、ミオには何が起こったのか分からなかった。ただ真っ白な色の輝きが深紅の機体を飲み込んだ直後、レーダーに映らなくなったのは事実だ。
ハッとした刹那、ミオは背後を取られていた。
わずか一瞬の動きである。<アクト>は背部にある翼を拡げ、横へ疾駆する動きで漆黒を捉えた。
(――疾い!? 畜生ッ……!)
ミオはサーベルを横薙ぎにして自機の背中の方向へ振るう。それは防御の構えだ。
しかし深紅の機体は、次の瞬間には<オルウェントクランツ>の下を潜り、再び背後を取っていた。
異常なほどのスピードだ。それだけでなく操縦も精確で精密さが伴っており、ミオは奇妙な違和感のようなものを得た。これまでの戦い方とは何もかもが異なる――今まであの女がこんな戦い方を見せたことは一度も無かったのだから。
当たり前だ、とミオは思う。一番近くで見ていたのは間違いない。相手のことは知り尽くしているも同然だ。
どうなってる――とミオが自問するより早く強烈な足蹴りがヒットし、漆黒の機体は慣性に飛ばされた。
まっすぐ海面へ叩きつけられる直前にバーニアを噴かし、泡を食って姿勢を制御する。
「くっ、どうなってやがる! コイツ、さっきと全然動きが違うじゃねえか……!」
深紅の機体は再び迫っていた。背面に純白の羽根を広げた異形の天使は、残像を伴いながら左右のステップで肉迫――その左手には大型のエネルギーサーベル、しかも高出力を示す青白色の剣が握られていた。
ハッと息を飲む。不穏な文字が脳裏を掠め、ミオは思わず圧倒されかけた。
<アクトラントクランツ>は強烈な光を放つとともに、先刻までの動きとは打って変わり――まるで別人格のような機動性を示している。こちらの動体視力が辛うじて追い付ける程度のスピードだ。
ミオはモニターの映像内で敵機の姿を追い求める。
深紅色をした機身は、今では光の塊を拡げたように伸びた白い翼を纏っていた。大きく展開されたそれは、内側に折れば鋼鉄の身体をすっぽりと覆ってしまうほどのサイズがある。
ガッ、と深紅は漆黒の喉元を拳で掴んだ。
切り揉みしながら飛翔を続けていた<オルウェントクランツ>は、深紅の片腕でいとも簡単に持ち上げられてしまった。至近距離で見えるのは<アクト>頭部の精密な構造だ。マスクのような覆いが今は解放状態に剥がれていて、緑色に輝く眼は4つの複眼に増えている。
何かを問うように4つの眼でじっと見詰められ、ミオは思わずたじろぐ。
(コイツ……本当にあのレナ・アーウィンなのか? 途中でパイロットが入れ代わったみたいだ。機体の動きが違いすぎる)
正直なところ何が起こっているのか分からない。
危険を察知したレゼアがマイクの向こうで怒鳴った。
『ミオ! 大丈夫か!?』
「見りゃ分かるだろ。さっきとは圧倒的に動きが違う! しかも原因が分からん……!」
『待ってろ、いま援護に向かう!』
「駄目だ下がってろ! コイツは――」
ヤバい、と言おうとして、ミオは踏みとどまる。
至近距離で押さえられ、まったく身動きが取れなくなった<オルウェントクランツ>では歯が立ちそうになかった。徐々に近づいてくる青白い光刃を見ると、ミオの表情も思わず引き攣る。
――本気で死ぬかもしれない。
警告音が鳴り響く。
レゼアの駆る<ヴィーア>が小型のガトリング砲を連射し、それに気付いた<アクト>は敵を掴んでいる腕部から力をほどいた。
(――助かった!)
緊急ブースト展開。落ちるような背面飛行でミオは一気に距離を取った。
やや離れたところで体勢を整える。メインモニタに映る耐久値は少しだけ減っているが、まだまだ充分に戦えるレベルだ。
「コイツは一体どうなってやがる。まさか覚醒したっていうのか? だけどそんなシステムが存在するなんて聞いたことないぞ」
『分からん。急に動きが変わったことしか情報が……ぐぁッ!』
ミオがぼやいていると、次に悲鳴を上げたのはレゼアだった。
<アクトラントクランツ>が攻撃目標を変えたのだ。深紅の機体は特機仕様の<ヴィーア>へ肉迫すると、大剣を素早く横薙ぎにした――その隙間へ漆黒の機体が緊急で割り込み、最高出力した白いビーム刃で受け止める。
「レゼア、やっぱりお前は下がってろ。コイツの相手はお前じゃ無理だ」
『だ、だが! いま私が後退したら――』
「……俺が押さえる。それと後衛に伝えとけ。前には絶対に出てくるなって」
後衛の部隊では全く歯が立たないだろう。支援のため前に出てきたとしても、暴走した状態の<アクト>に屠られるのが関の山だ。
それを聞いてレゼアは一瞬だけ迷ったが、
『分かった後退する。死ぬんじゃないぞ』
それだけ言い残すと、同僚の<ヴィーア>は機体を翻してその場を去った。
ミオは沈黙。
死ぬなよと言われても、戦場で死なないという保証は一切できない。別れを交わしてから二度と会わない、なんてことは珍しくなかったし、次の瞬間には無惨な姿に豹変している場合だって充分に起こり得る。
――俺たちが立っているのはそういう不安定な場所だ。
ミオは思い、それと同時に舌打ち。敵を真正面から見据える。
深紅の機体は終始<ヴィーア>が去っていく様子を眺めていたが、暫くすると興味を失ったのか、やがて目の前の<オルウェントクランツ>へと視線を向けた。
今の操縦主はあの娘じゃない。少なくともレナ・アーウィンが出せる機体の動きではなかった。
左右への残像を伴ったステップ、目まぐるしく進化した機動性など、まるでバケモノか何かと戦っているような感覚である。
ならばバケモノ退治と行こうかと不敵に笑みつつ、少年は敵に向かって吐き捨てた。
「お前は――、お前はいったい誰なんだ……?」
問い掛けに応じる答えは無かった。普段なら個別のオープンチャンネルで聞こえる揶揄も愚痴もない。
それは間違いなく"異常事態"を意味していた。
<アクト>が一瞬の加速とともに肉迫する。その手には青白い光刃が取られていた。
「チッ……あえて近接戦闘を選ぶなんて。俺の得意分野を忘れちまったのか?」
光の翼を纏った深紅の機体は左右へフェイントを入れ、非直線的な動きには幾重にもわたって残像が連なる。ミオの判断力と予測力を撹乱する動きだ。跳ねるような動きで挙動を濁しつつ翼を振り、こちらへ身を飛ばす。
少年は対峙する姿勢でサーベルを抜いたが、しばらくは防戦一方になりそうだった。
ついに第二形態を展開した深紅の機体<アクトラントクランツ>。
バケモノのようなような機動性を発揮するAOFを相手に、ミオはじり貧の戦闘を強いられることになる。
「くっ、どうなってやがる! コイツ、さっきと全然動きが違うじゃねえか……!」
ならばバケモノ退治と行こうかと不敵に笑みつつ、少年は敵に向かって吐き捨てる。
「お前は――、お前はいったい誰なんだ……?」
問い掛けに応じる答えは無い。普段なら個別のオープンチャンネルで聞こえる揶揄も愚痴もない。
それは間違いなく"異常事態"を意味していた。