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タイムトリック・パニック 6

 同窓会って初めて行くからどんな格好をしていったらいいのかわからない。

 と須佐くんに言ったら、クローゼットから一着のワンピースを出してくれた。

「それ着ていけば間違いないだろ」

 こんなところまでデキる男過ぎる。


 須佐くんとともにお店に入ると、どよめきがおこった。と共に猛ダッシュで近づいてくる女性が二人。

「佳奈!あんた須佐くんと結婚したんだって!?」

「え、ま、まあそうかな…?」

 詰め寄られてしどろもどろになる。このひと達だれだろう。必死に頭をフル回転させるが思い当たらない。

 女性ってメイクすると顔変わるから、なんてぼんやり思っていたら肩を掴まれ前後に揺すられた。

「信じられない!」

 頭を抱えて叫んでいるけど、当事者である私のほうがいまだに信じられないのですが。

「どうやって落としたのよ!」

「そうよ、どうしたら結婚なんてできるのよ!」

 須佐くんがさっと前に出てきた。

「あんまりいじめんなよ、うちの奥さんを」

「奥さん!」

 会場中が唸る、なんてこと滅多にないだろう。

「行こうぜ」

すっと腰に手を回すところなんか手慣れている感じである。

「うひゃぁ!」

 当然私は馴れてないので変な声を出してしまった。


 同窓会会場は立食式パーティだ。壁に沿って椅子が用意されているが、食事をとったり談笑したりと立っているひとの方が多い。かくいう私も食事をとるために机の間をうろうろしている。

 ここに来る前、「できるだけそばに居ろ」との須佐くんの命令により、そばに居ようと努力しているのだけど、人気者の須佐くんはすぐにひとに囲まれてしまった。その中を掻き分けて「妻ですけど何か?」みたいな顔で立つことはどうしてもできないので、少し離れて須佐くんの動向を見守る。呼ばれたらすぐ側に行くつもりだ。

 お酒は飲めないのでその分食事で元を取ろうともぐもぐ食べながら会場を見渡していると、ひとりの男性と目が合った。にっこりと笑った顔は記憶の波の中で、見たことがあると言っている。笑顔だったので笑顔で返す。

「久しぶり」

「…えーとごめんなさいどなたでしたっけ」

「伊藤だよ、伊藤圭介」

「あー!伊藤くん!」

 クラスメイトでムードメーカーだ。男子だけではなく女子も気さくに話せるひとだからいつもひとに囲まれていた。須佐くんとはタイプが違うが、人気者であることは間違いない。

 親しい男子が居ない私でも気負わずに話せる数少ない男子だ。

「佐藤は変わってないな」

「ウソ、伊藤くんのほうこそ変わってないよ」

「とか言いつつ俺のことわからなかったくせに」

「あははは、男前度がアップしていていたからわからなかった」

「佐藤はお世辞のひとつも言えるようになったんだな」 

「お世辞じゃないよ、ほんとだよ」

「ありがたーく受け取っておくよ」

 伊藤くんと私の背丈は変わらなかったはずなのに、数日で見上げるほどに成長しているのは不思議な感じだ。

「いやでも佐藤が須佐と結婚するとはなあ」

「…私も驚いたんだけど」

 しかもつい数日前に事実を知ったのですが。

「5年前の同窓会で会ったとき、きれいになったな、これは誰か狙うな、とは思ったけどまさかあの須佐とは思いもしなかったよ」

 きれいになったって。人生初、誉められた。

 しかも誰か狙うって。ウソでしょう。

 目を丸くして驚いているのが伝わったのだろう、「ほんと、ほんとだって」と返された。

 伊藤くんに「何か飲む?」と訊かれたので「ウーロン茶を」と答えると、カウンターからグラスを二つ持ってきた。ひとつを受け取って、話を続ける。

「しかも須佐って佐藤にベタ惚れなんでしょ?」

「ベタ惚れ…!」

 冗談でしょう。開いた口がふさがらない。実際ウーロン茶を零しそうになってしまった。あぶないあぶない。

「信じられないって顔しているね。でも実際そうなんだから」

 伊藤くんはグラスを口に運んで面白そうに言った。

「どこがですか」

「んー聞いたことなかったっけ?結婚するときにいろいろあったでしょ。許嫁との結婚が決まっていたのにそれを蹴ってまで佐藤を選んだってことは相当なことじゃない?」

「許嫁…」

 このご時勢に許嫁。と思ったけど、須佐くんならありえそうな話だ。

 だけどもそれが私であることが信じられない。だれかと間違えているんじゃないだろうか。

「ええ、まあいろいろとありましたよ…」

 ここ数日で、とは言わないけど、その言葉を受けて伊藤くんはさらに爆弾を投下した。

「告白もプロポーズもみんな須佐だしね」

「!ごふぉっごふぉっ」

 飲んでいたウーロン茶が気管に入ってむせた。

 な、なんだと!

 いやそう言われると私から告白なんて到底できそうにもないから、その流れは自然というか当然なのだけど、改めて言われるとその違和感たるやはんぱない。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫」

 慌ててバックからハンカチを取り出し口元に当てる。このバックを選んだのも須佐くんである。幸い服にはかかっていなかった。

「いやーそうだっけ?」

 いまの私には分からないことだらけだから、とぼけた振りして話を聞きだそう。そのあたりの話には興味がある。

「噂で聞いたけど、許嫁との婚約を破棄したから勘当寸前だったんでしょう?あの大きな家を出てマンション暮らしだって聞いているけど、それって本当?」

 勘当寸前。一体どんな修羅場だったんだ。それでマンション暮らしか。それは当たっているので曖昧に頷く。

「それで?うまくいっているの?」

「?それはどういう意味で?」

「須佐との生活だよ」

 生活か。順調といえば順調だと思うけど、まさかいまの私は中身だけ15年分飛んできましたなんて言えやしない。私だって信じられないのだから。

 それ以外は順調ではないだろうか。須佐くんは率先して家事してくれるし。もっともいまの私は何もできないから率先も何もするしかないのだろうけど。

「うまくいっているよ。須佐くん、料理上手だし」

「へーいまだに『須佐くん』呼びなんだ」

 面白そうに私の顔を覗き込む伊藤くん。あ。まずかったかな。

「よぉ伊藤」

 そのとき聞きなれた声が降ってきた。

「お、須佐。久しぶり」

 須佐くんだった。ほっとして胸をなでおろす。なんだかこれ以上伊藤くんと話をしているとボロがでそうだったし。

「ずいぶん楽しそうじゃねぇか」

「うん、楽しいよ。さすが佐藤って感じ」

 なんだか須佐くんの眉根が寄っているように見えるのは気のせいだろうか。伊藤くんはにこにこしているままだし、気のせいかもしれない。

「…行くぞ佳奈」

「え?」

「帰るんだよ」

「もう!?」

 まだ始まったばかりだと思うんだけど。私はまだ伊藤くん以外のともだちと会っていない。

と思っていると須佐くんが耳元に口を近づけて囁く。

「あんま長くいると困るのはお前だろ」

 くすぐったくて身じろぎしてしまうが、確かにそうだ。よくわからないままここにいて、なにか失態をしてしまったら後々困るだろう。須佐くんにも迷惑がかかるかもしれない。

 まあ須佐くんと実家のことが聞けただけいいのかもしれない。

「つーことで、顔も出したことだし、帰るか」

「えーもう帰っちゃうの」

 すっと伊藤くんの腕が伸びてきてわたしの腕を掴む。伊藤くんは相変わらずにこにこしている。 

 ものすごい速さで須佐くんが伊藤くんの手を払いのけた。そのあまりの速さに、私は汚いものですか、と思ってしまうほどに。

 びっくりして須佐くんを見上げると不機嫌丸出しといった顔で伊藤くんを見ていた。

「触んな」

「怖い怖い。そんな顔しなくても手を出さないよ」

 いや実際手を出しているんじゃないですか。そういう意味じゃないのだろうか。

「ほら、行くぞ」

「は、はい…」

 若干機嫌が悪そうな須佐くんに連れていかれ、後ろ髪が引かれる想いでその場を後にした。

結局その日話をしたのは伊藤くんだけだった。ま、結婚までの流れが分かったのは収穫だったけど。


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