昼の光 11
前にも同じようなことで言い合いになった。
そのときは須佐くんの愛情を疑っていたけど、今度はもっと深いことだと思う。
須佐くんはそうはとらえていなかったけど、わたしにとっては大きな問題だ。
だって記憶が戻らなかったらこのままなんだろう。
須佐くんに守られ、りっちゃんに守られ。わたしひとりではなにもできない。
そうして生きていくしかないのだろうか。
ずっとこどものままなんだろうか。……わたしだけ。
りっちゃんの家に戻る形になってしまった。けど今日は仕事がある。気が進まないけど、働かないといけない。自分に任された役目はしっかりこなさないと、わたし自身が自分の存在意義を見失ってしまう。
足元がぐらついているいまは、だれかに必要とされていないと、正直しんどい。
「須佐さん、顔真っ青ですよ」
「え、そう…?」
受付で準備していたら、通りがかった他の部署のひとにそう言われた。
「大丈夫です」
ちょっと気分が悪いけど、顔色とは関係が無いだろう。あまり寝ていないから、寝不足なのかもしれない。
と。
さぁっと血が一気に下りていく音がした。
「須佐さん、須佐さん」
まずい、と思った瞬間、体から力が抜けていった。
そこでぷっつり記憶が無くなった。
目を開けたら、そこにはいないはずのひとがいて、一瞬頭がフリーズしてしまった。
「あ。目が覚めたんですね?」
「…壱くん」
ゆっくりとあたりを見渡すと、ここは休憩室で、ベッドに寝ているということがわかった。スーツ姿の壱くんは険しい顔をしている。
「受付で倒れたんですよ」
「倒れた…」
「うん、貧血だろうってことっす。びっくりしたー。久しぶりに会うってことでうきうきしてたら、いきなり倒れているし」
営業の帰り、用があって寄ったところに、わたしが倒れていたらしい。壱くんがおんぶしてきてくれたそうだ。
「…初めて貧血を体験したわ」
よく朝礼とかで倒れている子がいたけど、こんなに一気にくるものとは思わなかった。
「佳奈さん、一応病院に行ったらどうですか?」
心配そうな顔をしている壱くん。ゆっくりと上体を起こして、目線を合わせた。
「大丈夫、大丈夫。寝てたら大分よくなった気がする」
「気がするでは心配ですよ。部長が落ち着いたら帰りなさい、って言ってました」
「…迷惑かけちゃった」
なんだかな。うまくいかないときはうまくいかないな。
大きくため息をついてしまう。
「お互い様。体調が大事っす」
「そうだね」
「送っていきたいけど、このあと予定が入ってて、動かせないんです」
「ありがとう」
「タクシー呼びますから、病院に行ってくださいね」
「…わかったわ」
そろそろとベッドからおりて、シューズを履く。
「じゃあまた、遊びに行かせてください」
「うん」
ぐっと伸びをして大きく息を吸う。壱くんを見送って、掛け布団を元に戻す。休憩室をあとにして、ロッカーに向かう。
廊下を歩いている間も気持ちが悪かった。胃がムカムカする。貧血が続いているのだろうか。
タクシーに乗っている時もずっと続いていて、治りそうもなかった。
以前来た大学病院に到着した。
ほかの病院に行ったことがなかったし、ここなら以前のカルテがあるから一番いいだろう。
総合受付に行くと、内科にかかるには新しく問診票を書かなくてはいけないらしい。
問診票に円をつけて、内科の受付に向かう。
「お願いします」
問診票を受け取ったひとが口を開いた。
「失礼ですが、妊娠の可能性は?」
「えっ…」
「可能性がありますか?」
「可能性…」
そういえば、生理がきていない。
いままで生理はちゃんとした周期できたことがなかったから、気にもしなかった。
こっちの世界に来て一度もきていない。
それって。
「妊娠の可能性があると、薬や診察が変わってきますので」
「……」
思いがけないことに頭がついていかない。
あきらかに困惑しているわたしに、受付のひとが言った。
「…妊娠しているかどうか検査しますか?」
「………はい」
頷くしかなかった。