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昼の光 2

人生は往復切符を発行していません。

ひとたび出立したら再び帰ってきません。

              ロマン・ロラン(小説家)





神谷律は私の母方の従兄妹だ。


歳はふたつ上。家が近いこと、お互いにひとりっ子だったことから、まるで兄妹のように育った。

私の両親は共働きで忙しく、学校から帰る家はりっちゃんの家だった。

りっちゃんの家で遊んで宿題をしてご飯を食べてお風呂に入る。家に帰ってからは寝るだけだった。小さいときはりっちゃんの家から私の家に帰るのが嫌で嫌でたまらなかった。

りっちゃんはいつも優しかった。

今思うとよく遊んでくれていたと思う。私が中学に入るまで、毎日相手をしてくれた。中学に入っても、同じ中学だったからさみしくなんてなかった。

りっちゃんがいたからあの学校を選んだのだ。

りっちゃんは頭が良くてみんなからの人望も厚かった。

率先して前に出るタイプじゃなかったのに、みんなから推薦されてーーりっちゃん以外の適任者がいないということでーー生徒会長になったのだ。

りっちゃんは私の憧れだった。

なにひとつ取り柄がない私には自慢できることがなく、それこそあのりっちゃんの従兄妹ということぐらいだった。

でも中学に入ってから、それは口にしなくなった。

りっちゃんはみんなのりっちゃんになっていたのだ。

私の知らない2年間の学校生活。知っているはずのりっちゃんが遠くなってしまった。ファンクラブ、なんてものもあった。

自然と学校では会わないようにした。りっちゃんは相変わらずのりっちゃんで、私を見かけると声をかけてくるのだ。

最初は嬉しかった。けど周りの視線が痛かった。

ーなんであの子を?

あからさまな嫌がらせもあった。りっちゃんにはわからないような、そんな嫌がらせ。

不特定のひとから悪意を向けられる怖さ。ひとりの悪意よりもずっと怖かった。

りっちゃんと一緒にいることよりも、日常の平穏を選んだのだ。

そうして私はもっと目立たない子になっていった。


「かーこ」

りっちゃんはそんな私を知らない。学校でよそよそしくなったのは、成長している過程のこと、軽い反抗期、ととらえていたはずだ。

りっちゃんが中学を卒業してからは会う機会がめっきり減った。

最後に会ったのはお盆のとき。りっちゃんとは年に何回か会うだけになっていた。

最後に見たりっちゃんは17歳だった。

「大丈夫。もう混乱していない。私はいま30になる歳で、りっちゃんは32歳。ここには私の意思で来た。ここはりっちゃんの家のリビング。うっかり寝てしまって…であってるよね?」

「うん。そうだよ」

姿や声はおとなになっているけど、優しい口調は変わらない。

すべてが変化しているなかで変わらないものがあることは、すごく救いになっている。

りっちゃんがいてよかった。

りっちゃんのところに来てよかった。

ひとりじゃなくてよかった。

「かーこ。困ったらいつでも頼っていいんだよ?」

その言葉に甘えて、今日からりっちゃんのところでお世話になることになったのだ。

「翔太くんがいない間は、ここが家だと思ってゆっくりしていっていいんだから」

「うん」

こくりとうなずく。

須佐くんは昨日から1か月の海外出張に出かけていった。



仕事の関係で、出張に行くとは聞いていた。

けど私がイメージしていたのは2泊とかの短い出張だった。

「1か月!?しかも海外!?」

夕飯で食卓に向かい合って座ってさあ食べようといった時だった。

びっくりして声が裏返ってしまった。慌てて口を手で押さえる。

そういえば。

「須佐くんの家ってなにしているんだっけ?」

「まあ。それはおいおい」

はぐらかされた。なにか怪しいことしているのだろうか。

「んなことねぇよ。色々やってるから説明が面倒なだけ」

ちょっとげんなりした顔になっている。

で。話題は出張に戻って。

「今回はどうしても俺が行くしかねぇし、短くもできない。その間、」

「ん?」

「………………心配だ」

あきらかに信用されてない。

「ちげぇよ、安全面とか心配してんの」

「どうってことないよ、1か月くらい」

「おまえな、なにかあったときどうすんだよ。知り合いいねぇし、俺の実家は当てにならないし」

「うーん」

どうしよう。そう言われると頼れるひとがいない。

「……あのひとに頼むか」

ぽつりと須佐くんがつぶやく。

「あのひと?」

じっと須佐くんを見つめる。

「おまえの従兄妹」

「へ?」

「神谷先輩」

「神谷って………もしかして、りっちゃんのこと?」

「そうだ」

「え、え、え?」

事実に頭がついていけない。

たしかに従兄妹はいる。りっちゃんは従兄妹だ。あれ、なんだか混乱している。

正確に言うと、15歳の私にはふたつ上の従兄妹がいる。

それがなぜ突然でてきたのか。

「だってお父さんもお母さんも死んじゃったって」

目が覚めたらそう言われて。住んでいた家も無くて、それですべてが無くなってたと思ってた。

友達もいなかった。仕事もしていなかった。

いままで繋がっていたものがリセットされてしまったんだと思っていた。

「なんでりっちゃんが生きているって言ってくれなかったの?」

りっちゃんがいたら全然違ってた。

「……だからだよ」

須佐くんはなじるような私の声にため息をついて、視線を外した。

「15の佳奈にとって俺より神谷先輩の方が近い存在だっただろ」

どこか寂し気な声で。

「その通りだよ」

だってここに来た時、正確には記憶が無くなった時は、須佐くんと知り合いでもなかったのだ。

受け入れられなかったけど、結婚しているって言われて。行くところなんてなくて。

仕方なく始まった、のだ。

「最初は神谷先輩のことなんて頭に浮かばなかった。佳奈の家族は俺しかいないんだしな。生活をしていくうちに、考えなかったわけじゃない。あのころの佳奈に一番近い神谷先輩に事情を話そうかって」

「…なんでりっちゃんが従兄妹だって知ってたの?」

「…結婚式で親父さんの替わりにバージンロードを歩いた。それまでは神谷先輩と佳奈が従兄妹だって知らなかったけどな」

「……先輩って、」

「生徒会でお世話になったんだよ。神谷先輩は生徒会長だっただろ」

初めて知った。須佐くんって一年の時から生徒会の役員だったんだ。

三年の時に生徒会長だったのは知っていたけど。

本当に、いまさらだけど、須佐くんのことを全然知らないのだ。

多分、いまでも、須佐くんとりっちゃんなら、りっちゃんのほうのことが知っていることが多い。

だって従兄妹というよりお兄ちゃんなのだ。

「………背に腹は変えられない」

なんだか昔の武士みたいなセリフを口にして、須佐くんはテーブルの上にあった携帯を手に取った。


りっちゃんには私の口から詳しい事情を話すつもりで、ここに来たのだ。

それなのに来て早々ダウンしてしまった。

手短に、これまでの経緯を話す。

「……それじゃあ、かーこ、あのことも忘れているの?」

長い沈黙のあと、りっちゃんはようやく口を開いた。

「あのこと?」

思い当たる節がない。首を傾げる私を見て、りっちゃんは「それなら、」と言葉を続ける。

「僕の口からは言えないね」

え?

その言葉が引っかかる。

「…どういうこと?」

「翔太くんから聞くこと。僕に言えるのはここまでだよ」

この話はこれでおしまい、というようにりっちゃんは立ち上がってキッチンの方へ行ってしまった。

なんだろう。


胸の中にもやもやとしたものが溜まっていって、いっこうに消える気配がしなかった。

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