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コーヒーのたしなみ方 7

 私の進む先にはなにが待ち構えているのだろう。


 週末、壱くんと会う約束を取り付けた。

 壱くんの方が出向いてくれるということだったので、私の家から近い喫茶店で待ち合わせをした。

 待ち合わせ時間よりかなり前に着いてしまった。

「おひとりさまですか?」

 店員さんに声をかけられた。

「あ、いえ、あとでもうひとり来ます」

「ではあちらの窓側の席にご案内します」

 窓際の席に案内されて、上着を脱いで座る。

「ご注文は」

「ホットの紅茶をひとつ」

「かしこまりました」

 店員さんは伝票に書き込んでからカウンターの方へ下がっていく。それをなんとはなしに眺める。周りは本を読んだり携帯を弄ってしていたりと様々だ。

 こんなに早く着くとは思わず、時間を潰すようなものは持ってこなかった。携帯は須佐くん専用になっているし、ゲーム類もしないから鞄の中に入ったままだ。

 通りに視線を移し、足早に歩いているひとたちの姿をぼーっと見る。いつのまにか季節は冬になっていた。

「佳奈さん」

 名前を呼ばれてはっとする。

「壱くん」

「ごめんなさい、遅くなって」

 電車が遅れてて、と言いながら壱くんが目の前に座る。

「コーヒーひとつ」

「かしこまりました」

 壱くんは注文を終えるとコートを脱いでこちらを向いた。

「どうしたんですか?」

「うん、」

 壱くんと会ったのは本店で偶然出会った日以来だ。もう一ヶ月近く会っていなかった。

 その間連絡を取っていなかった。急に連絡をしたから驚いたのだろう。

「佳奈さん?」

 すっと大きく息を吸う。壱くんを瞳をまっすぐ見る。

「ごめんね、壱くん。やっぱり壱くんの気持ちには応えられないよ」

「答えを出すのにはまだ早いと思います。まだなにも知らないじゃないですか」

「知らない、じゃないんだ。知っても知らなくても私は変わらない」

「変わらない?」

「須佐くんが一番なの」

「……」

「それは変わらない。須佐くんと恋したのは運命なんだよ」

「…………あーもー、そこまで言われるともう身を引くしかないじゃないですか」

 聞いているこっちが恥ずかしいですよ、と壱くんは私と交えていた視線を外す。はぁ、と大きくため息をついて、天を仰ぐ。

「そうかな?」

「そうですよ」

 天井を見ていた視線が戻ってくる。

「だからって会わないってのは止めてほしい。わがまま言っているのは分かっているけど、友達までなくしたくはないし」

「友達、ですか。ほんと佳奈さんてわがままですよね」

「うっ」

 でもせっかくできた友達を失いたくは無い。

「だって壱くんがいなければこうやってお茶したり仕事したりって外の世界を見なかった」

 あの部屋の中だけの生活で満足していた。狭い世界。いつだったか、壱くんが指摘した言葉の通りだ。

「その言葉だけ聞いていると熱烈な告白に聞こえるんですけどね」

「えっ」

 全くそういうつもりが無かったので、びっくりしていしまう。思ったままを口にしただけなのだけど。

「そういう、表情がくるくる変わるとことか、見てていいなーって思っていたことの一つなんですけど」

「え、そんなに表情が変わっている?」

「はい。素直でいいと思いますよ」

「そう?」

 意識したことは無いけれど、たしか前に須佐くんも同じようなこと言っていた気がする。

「年上って感じがしないんですよね。素直すぎて危なっかしいっていうか。変なひとに騙されるんじゃないのかって心配してしまいます」

「なにそれ」

 でも年上って感じじゃないって、あながち間違いじゃない。だって自称15歳だし。

「壱くんって鋭いかも」

「?どういうことですか?」

 壱くんには話してもいいかもしれない。

「実は、」

 15歳だったのに目が覚めたら須佐くんと結婚していたことなど、今日まで起こったことをかいつまんでぽつぽつと話した。

 話を続けるうちに壱くんの瞳がまん丸になっていく。

「…というわけなのです」

「……信じられない」

 まあ、そういう反応になるのはわかります。

「信じられなくても現実はこうなんです」

「記憶喪失ってやつですか」

「そういうことになるのよね」

 いまだにしっくりこないのだけれども、その言葉に間違いは無い。

「なんだよ、それ…」

 突然告げられた事実に、壱くんが困惑しているのがよくわかった。

「あ、刷り込みじゃないからねっ。須佐くんのことがすきで一緒にいるんだからねっ」

 須佐くんが誤解していたことを思い出して、念押ししておく。

「須佐くんを選んだんだよ」

「…のろけですか」

「え、そうなるの?」

「無自覚なのが困ったもんですね。ほら、危なっかしい」

「危なっかしい…」

「仕事止めないでくださいよね」

「止めるつもりはないよ!せっかく楽しいって思ってきた頃なんだから」

「楽しいですか?」

「うん。楽しいよ」

 紹介してよかった、と壱くんが呟いた。


「ということで、一件落着です」

「一件落着って言うのか?」

 帰宅して夕飯を食べて、ダイニングテーブルに座ったままの須佐くんに今日の壱くんとの一部始終を報告をした。

「須佐くん、コーヒー飲む?」

「ああ」

 コーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。両手に一つずつカップを持ってリビングへと移動する。

「佳奈も飲むのか?苦手じゃなかったのか」

「うん、砂糖たっぷり入れたけどね。飲んでみようと思って」

 須佐くんの前に座る。

「どんな心境の変化だ?」

「コーヒーっておとなってイメージじゃない?」

「あ?」

「はやくおとなになりたくて。形から」

「……急ぐことはないけどな」

 カップに口をつける。香ばしい香りを胸いっぱいに吸う。

 たしなむほどにはまだ程遠いけど、ちょっと背伸びして飲んでみる。苦味が広がるけれども、しばらくしたらその苦味もうまみに変わるのだろう。

「こうしておとなになるんだね」

 須佐くんが不思議そうな顔をして私を見ている。

「須佐くんと一緒でよかったと思うよ」


 前進していく未来にはなにがあるのだろう。

 けれども一緒に手をつないで歩くひとがいるだけで、未来が明るく見える。

 きっとこれから辛いことも悲しいこともあるだろう。

 だけれどふたりでいれば半分にできる。思い出を享有できる。


 須佐くんの手をぎゅっと握って、笑った。

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