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須佐翔太における佐藤佳奈の存在 7

 首や肩をもんでいるうち気持ちよくなってきたのだろう、すうすうという寝息とともに、首が横にがくんと揺れた。

「おっと」

 あいかわらず眠りは浅いようだった。

 一緒に寝るようになって、それがよく分かった。

 首に置かれていた手をそっと離して、佳奈の正面に立つ。ソファに片膝をついて、膝裏と背中に手を入れて、抱きかかえた。

「よっと」

 佳奈の体を引き寄せて、寝室へと運ぶ。

 ベッドに上にそっとおろして、掛け布団を引き上げる。肩まであげたところで、思い立って反対側からベッドに入り込んだ。そのまま佳奈の体を抱きしめる。心地よい体温に俺も眠くなる。

 そのまま瞳を閉じた。


 実家から戻ってきて、寮でひとり考える。

 どうしたら認めてもらえるだろうか。問題は母親だ。あのひとの頑固さは身にしみてわかっている。ああなったらてこでも動かないだろう。

 だからといって折れるわけにはいかなかった。

 携帯を取り出して履歴欄から一番上のアドレスに電話を掛ける。この時間なら繋がるだろう。案の定、数コールで繋がった。

「佳奈?」

『あ、須佐くん』

「いまいいか」

『うん、ちょっとだけなら』

「…来週末時間取れないか」

『来週?なんとかなると思うけど』

「俺の実家に来て欲しいんだ」

『それって』

「両親に会ってほしい」

『え、ちょっと、待って』

「待てないんだ」

『どういうこと?』

「会ってから話す」

 戸惑いが見える声に強い声で返す。

「大事な話なんだ」


 佳奈は明らかに緊張していた。無理もない。いきなり連れて行かれた先が付き合っているやつの実家なのだから。

 緊張しているが、それを悟られないように努めて明るく振舞っている。 

 リビングで俺の両親と一緒に昼食をとることになった。志田さんが作った料理が運ばれてくる。

「須佐くん、この煮豆おいしい!」

「ああ、うまいだろう?どれもうまいぜ」

 生まれてから大学に入って家を出るまで毎日食べていた料理だ。味は保障する。

「うん」

「ほら、あーん」

「えっ」

「ほら、あーん」

 俺が引かないことをさとったのか、佳奈は目をぎゅっと閉じて口を開けた。その中にチキンのトマト煮を入れる。もぐもぐと口が動くのを確認してから、ちらりと横目で母親を見る。

 案の定、唖然とした顔でこちらを見ていた。

 佳奈は抗議の意味をこめて俺のわき腹をつついてくる。

「翔太…」

 父親が呆れたように俺の名前を呼ぶ。

「ん?なんか変なことしたか?」

 すっとぼける。

「こういうことだから、許嫁との結婚はできない」

 きっぱりと告げる。

「許嫁?須佐くん、そんな話聞いていない」

 佳奈は俺の腕を掴んで揺する。

「言ってないからな」

「須佐くん!」

「翔太!」

 突然佳奈が立ち上がって頭を下げた。

「ごめんなさい、私何も聞いていなくて」

「なんで頭を下げる必要があるんだ」

「だって」

「いま俺と付き合っているのは佳奈だろ」

「そうだけど」

「だから婚約を解消して欲しい」

「婚約…!」

 佳奈が目を丸くしている。

「翔太、お前、話をしていなかったのか」

「機会がなくて」

「大事な話だろう。機会がないなんて言い訳をするな」

「…言ってなくてごめん。だけれどもこうでもしないと、佳奈はこの話から逃げるだろ」

「須佐くん」

「こういうやつなんだ。俺のことを一番に考えて、自分のことなんて二の次。ここで話をしなければ、絶対身を引くような、優しいやつなんだ」

「須佐くん…だって婚約なんてそうそう解消なんてできるものじゃないでしょ。相手の方がいる話だもの」

「する。これはもう決めたことだ」

「…翔太、あなた本気なの?」

「ああ、本気だ。頷いてくれなければ縁を切るつもりだ」

「翔太!」

「須佐くん!」

「佳奈と結婚できなければ勘当されようがなにしようがかまわない」

「翔太!そんなこと許しませんよ!」

「じゃあ婚約を解消してくれ」

「それは…」

「もう、お父さんもなにか言ってちょうだい」

「…翔太。本気なんだな?」

「ああ」

 きっぱりと言う。

「…では、いまの会社を辞めて、うちの会社に入りなさい。そうすればそこのお嬢さんとの結婚を認めよう」

 突然佳奈が立ち上がった。

「須佐くんはそんなことしません。陸上が好きでいまの会社を選んだんです。その陸上を捨てるなんてありえません」

「佳奈…」

「陸上か私かなら迷わず陸上を選びます。そういう須佐くんを好きなったんです」

「佳奈、それは違う。昔の俺だったら一番優先していたのは陸上だ。だけれども違う。いまは佳奈のほうが大事なんだ」

「そんな、そんなこと」

 佳奈は動揺しているようだった。

「会社を継ぐことが条件なら、それでもいい。その代わり、佳奈との結婚を認めろよ」

「そこまで言うなら、認めよう」

「あなた!」

「母さんも翔太の本気をみただろう。陸上を捨ててまで佳奈さんを選ぶんだ」

「須佐くん…そんな、冗談でしょう?」

「本気だ」

 佳奈はぽろぽろと涙を流し始めた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「なんで泣くんだ」

「須佐くんの一番大事なものを奪ってしまうくらいなら、」

「言っとくが別れるのは認めないからな」


 それでも泣き止まない佳奈を見て、やっぱり身を引くつもりなんだと予想通りの展開に、心の中でため息をついた。


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