須佐翔太における佐藤佳奈の存在 2
「やったー!勝った!」
「ま、負けた…」
がっくりと肩を落とす。
これでもスポーツ全般は得意でそれなりの自信があったのに、運動神経が並の佳奈に負けた。しかも俺だけ息が上がっているし。
「ふふん、息上がっちゃって、年なんじゃないのー?」
「うるさい」
俺が年ならお前もだろ、と突っ込みたいが、佳奈は汗一つかいていない。
この違いはなんなんだ。
ゲーム類はやったことはなかったが、運動関係ならなんとかなると思っていたのだ。コントローラーはただの棒だし、複雑な仕組みではなかったのに。
「やっと須佐くんに勝てた!運動も勉強も家事も負けてたもんね。少しは負けるものの気持ちがわかった?」
「お前な…」
「わーいなににしよう。言うことなんでも聞くんでしょ。これはしっかり考えなくては」
負けたものの気持ち?そんなの知っている。
佳奈が知っている俺は無敵じゃないんだ。陸上だって全国の壁が立ちふさがっていた。勉強だって俺の上を行くやつがいる。
ただ見えないだけで。
佳奈に会ったのは偶然の出会いから一か月してからだった。
プチ同窓会という名の飲み会が行われたのだ。
『須佐、だれか連絡先知っているやついる?だれでもいいから人数集めようぜっていう飲み会なんだ』
週明けの月曜、昼休みに伊藤から電話があった。
「ん、まあ何人かに声かけるよ」
『頼むな』
そう言って伊藤は電話を切った。アドレス帳を開いて何人かに電話をかける。
サ行まできたところで、手が止まった。
『佐藤佳奈』
先日の会話が思い出される。
三交代制だからすぐに繋がるとは思わないが、留守電にでも残しておけばいいだろう。
『はい、佐藤です』
「あ、佐藤か。いまいいか?」
すぐに繋がるとは思わなかった。
『うん、いまは大丈夫。どうしたの?』
「週末同窓会と言う名の飲み会するんだ。来られるか?」
『今週末なら大丈夫、行く行く』
「じゃあ詳細はメールする」
『うんよろしく』
「じゃあ」
電話を切って、送信されてきたメールを転送した。
休日出勤したままの姿で急いで居酒屋に行くと、もう会は始まっていた。
「悪い、伊藤、遅れた」
幹事である伊藤に声をかける。
「なに休日出勤?お疲れ」
「あ、須佐くんだー」
「ほんとだ」
人数は20人ほど。5つのテーブルをくっつけてみんなが飲んでいた。
「生一つ」
後ろを通った店員に声をかけて、ネクタイを解いた。そのまま鞄に突っ込む。
「伊藤、これってどこ座ってもいいのか?」
「うん、空いているところで」
「あ、須佐くん!こっち空いているよ!」
声をかけてくれたのは佐藤だった。
「ああ」
佐藤の隣に座ると、ビールが運ばれてきた。
「じゃあこれで全員揃ったことだし、もう一度乾杯しましょう!」
伊藤が立ち上がってグラスを片手に言った。
「はーい」
どこからか返事が返ってきた。
「じゃあ乾杯!」
かちん、というグラスがぶつかる音がそこかしこから聞こえてくる。
「須佐くん、乾杯」
隣の佐藤がグラスを掲げている。
「おう」
グラスを軽くぶつけてから、一気にビールを飲んだ。佐藤もグラスを傾ける。
「電話ありがとね」
「いや、忙しくないのか?」
「まあまあかな」
「命預かる仕事だろ。大変なことも多いんじゃねぇの?」
「そうなんだけど、それを含めていまの仕事が好きだから」
「へー」
大変さも含めて好きというのは意外だった。社会人3年目、一通りのことが出来るようになって、ワンステップ上のことが求められる。仕事で重要なことを任される。転職を考えるやつもいる。
記憶の中に佐藤佳奈という存在はいなかったが、先日の雰囲気からそうはっきりと言うイメージには結びつかなかった。
「須佐くんは?何の仕事しているの?」
「スポーツクラブの営業」
「営業って?具体的にどんな仕事をしているの?」
「ああ。運営しているスポーツクラブ回って業績チェックしたり、新しい人材の発掘をしたり」
「……よくわかんないや」
「まあそうだろうよ」
自分が就いている仕事以外はよく分からないのが現実だ。現に佐藤の仕事、看護師の大変さはまったく分からない。
「陸上は?続けているの?」
「まあ、な」
「へーすごいね。ひとり暮らし?実家?」
「いま寮に住んでいるから、実質は一人暮らしになるんかな」
大学に入ってからも陸上を続けた俺は、寮暮らし7年目になる。
「寮!」
「佐藤は?実家暮らしか?」
「ううん、うち5年前に交通事故で家族亡くなったんだ。だから一人暮らし」
「……それは」
突然の事実になんて言ったらいいかわからなかった。
「あ、気にしないで、昔のことだから」
「…そうか。苦労してたんだな」
「え、」
「あ?どうした?」
「ううん、ごめん。なんでか涙出てきちゃって」
「わりぃ」
「ううん、そう言ってくれたひといないから。なんだか涙腺弱くなってきちゃったのかな」
佐藤はハンカチを取り出して目元を拭く。
その姿がなんだか印象的だった。