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タイムトリック・パニック 14

 帰り際に伊藤くんに「言葉にしないと伝わらないよ」と言われた。たしかにそうだと思う。

 私は、須佐くんになにを伝えたらいいのだろう。


 お茶した後、ぶらぶら本屋さんなどに寄っていたら思いのほか時間が経ってしまった。

 急いでエレベーターから降りて、玄関を目指す。がちゃりと扉を開けると、須佐くんが上がり口に立っていた。

「佳奈?」

「あ、帰っていたんだ」

 朝は顔も見られなかったのに言葉をかけている自分が不思議だ。自分の心の整理がついたせいかもしれない。

「どこか出かけていたのか」

「うん、偶然伊藤くんと出会って、お茶してきた。夕飯どうしようか」

 パンプスを脱ぎながら言う。歩き回ったので足がぱんぱんだ。

「伊藤?」

「そう、伊藤圭介くん」

「……それで」

 急に声のトーンが下がった気がしたのは私の気のせいだろうか。

「それでって?」

「なに話してきたんだ」

「うーん…」

 どう切り出そう。一言では話しきれない。

「とりあえず何か作るよ。それからでもいい?」

 ぱたぱたとふたりで廊下を歩く。リビングに到着したところで、須佐くんが口を開いた。

「いや、たまには俺が作る」

「そう?」

 須佐くんの料理はおいしい。私は料理の本がないと味付けすらあやしい。料理の本も見ずぱぱっと作ってしまう須佐くんはすごいと思う。

 はやく料理が作れる須佐くんに任せてしまおう。

「ん。座って待っていろ」

 スーツを脱ぎに寝室へと入っていく姿を見てから返事をする。

「はーい」

 私はおとなしく座って待つことにした。



 食卓に並ぶさまざまな料理。須佐君は短時間で何種類も料理を作ってくれた。

「ねえ須佐くん」

 須佐くんが座るのを待ってから切り出した。

「ん」

 小さく「いただきます」と言っているところは、やっぱり育ちがいいのだと思う。そういう言動の端々に須佐くんを育ててきた環境が垣間見える。

「考えたんだ」

「なにを」

「須佐くんのこと」

 正確には須佐くんと私のこと。

「俺のこと?」

「うん、私が須佐くんのことを好きだってこと」

 思ってたよりもすらりと言えた。伊藤くんに後押ししてもらったおかげだ。

「…お前、昨日散々否定していといて」

「ごめんなさい。伊藤くんに言われたの。好きだって否定するのは失礼だって。よく考えたらそうだよね」

「俺の言葉は信じなかったくせに、伊藤の言葉は信じるのか」

「そうじゃないよ、気づかされただけ」

「気づかされた?」

「うん。やっぱり須佐くんのことが好きだなぁって」

 他のひとに話をするだけで、自分の気持ちがわかることなんてあるんだ。自分のことは自分が一番知らないのかもしれない。

「……」

 無言が続いて、須佐くんの表情も険しい。

「……昨日あれだけ言って図々しい?」

 恐る恐る訊いてみる。

「…いや、そんなことねぇよ」

「そのわりに不機嫌そうね」

 須佐くんははぁっと大きくため息をついた。

「なんで気づくのが伊藤がきっかけなんだよ」

「……もしかして」

「ああそうだ。妬いてんだよ」

 あ、もしかして。ひとつの考えが浮かんだ。

「同窓会のときも?」

「悪いか」

 ようやく納得した。機嫌が悪かったのは、妬いてくれてたんだ。

「ううん。…嬉しい、かな」

 それだけ私のことが好きってことだと思うし。それってすごいことじゃないのかな。あらためて聞くと嬉しい反面、照れくさいけど。

「……そういう素直に言えることころがすごいと思うぜ」

「そうかなぁ」

「少なくても出会ったときの佳奈は絶対に弱み見せたがらなかった」

「…そういうところも好きなの?」

「まあな」

 素直だっていう私。弱みを見せない私。

「なんか矛盾しているね」

「…矛盾してようがしていまいが、好きなことにはかわかりねぇよ」

「…好きになってくれてありがとう」

 自然と言葉が出た。

「……素直なのも考え物だな」

「なに?」

「いや、こっちの話。で、佳奈は俺のどこが好きなんだ?」

「!そういうこと聞いちゃうんだ…」

 こういうところが須佐くんだ。

「聞いておきたいだろ、そこは」

にやにやと口元が笑っている須佐くんが恨めしい。

「…さしいところ」

「ん?」

「優しいところ!」

 真っ赤になって答える姿が面白かったらしい。須佐くんは、ははっと大きく笑った。

「ちょろいな」

「な、なんだと!」

 ちょろいとはなんだ。ひとで遊ぶのはなんてやつだ。ぷりぷりと怒る。

「いじわるなとこは好きじゃない」

 ぷいっと横を向くと笑いながら「悪かったって」と言われた。笑いながら言うって反省してない証拠だと思う。

「ふくれている顔もかわいいけど、そろそろ機嫌直せよ」

「!」

 こういうところは、まだ、慣れない。ためらわずにそんなことを言うのだから。

「須佐くんっていじわるだよね」

「須佐くん、じゃない」

「え?」

「下の名前で呼んでみ」

「え、は、恥ずかしい」

「夫婦だろ」

 夫婦。いままで何度か言われた言葉だけど、いまが一番重みを感じる。それは須佐くんとの関係を意識したからだろうか。

 だけれども。

「……うた」

 恥ずかしいので下を向いて消えそうな声で言った。

「聞こえない」

 にやにやしているのが見なくても分かった。意を決して前を向く。須佐くんのきれいな顔。

「…翔太」

「よくできました」

 真っ赤になった顔を見られたくないと顔をそらすが、笑って頭を撫でられる。

 その手が目の前で開かれる。

「左手、出せ」

「へ?」

 いきなりのことでぽかんとしてしまう。その姿を見た須佐くんが急かす。

「いいから、早く」

 恐る恐る左手を食卓の上にだすと、須佐くんに手を取られた。左手を手のひらに添えられ、右手が薬指へと伸びる。指輪を外された。

「…し、翔太?」

 驚いて思わず手を引っ込めようとしたけど、その手を掴まれ、ゆっくりと指輪をはめられる。

「結婚してくれますか」

 その言葉にびっくりして須佐くんの顔を凝視してしまう。だけれども須佐くんの顔は真剣そのもので。一つの言葉しか浮かんでこない。

「…はい。私でよければ」


 

 時間がおこしたきまぐれなできごと。戸惑ってばかりだったけど、自分のきもちがゆっくりと変化していくのがわかった。恋愛なんてまだ先なものだと思っていた私に、時間がおこしたいたずらが、ゆっくりと恋を育ててくれた。

 15年分ジャンプしてきた私のことも、30歳の私もどちらも好きだって言ってくれた須佐くん。私のまるごとを好きだって言ってくれているようで、恥ずかしいような、嬉しいような気分だ。

 これからは好きなひととともに一緒に歩いていくんだ。そう思ったら、なんだかくすぐったいけど未来が楽しいものに思えた。


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