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タイムトリック・パニック 13

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 お互い好きなのにすれ違っている。


 翌日須佐くんと顔を合わせるのが気まずくて、寝坊したふりをした。須佐くんはいつもと同じ時間に起き、身支度のために寝室に入ってきて、スーツに着替えているようだった。衣擦れの音がやんで、背中を向けた私のほうをじっと見ているのが、肌で分かった。

 ふう、っというため息が聞こえてきた。須佐くんも私が寝たふりをしているのはわかっているようだった。そのままがちゃり、と玄関が空く音がした。

 そろそろと起きだす。

 須佐くんの姿はなかった。


 このまま部屋にこもっていたらいやなことばかり考えてしまいそうで、思い立って外出することにした。

 スーパーと家との往復しかしていなかったので、思い切って駅のほうへと向かった。

 ぶらぶらとウインドウショッピングを楽しんで、ふと前を見ると見覚えのあるひとが歩いてきた。

「伊藤くん!」

 前から歩いていてきたのはスーツを身にまとった伊藤くんだった。

「やあ。久しぶり、元気にしてた?」

「うん、同窓会のときはごめんね。もっと話をしたかったんだけど」

 なぜかはやく切り上げることになったので、伊藤くんとしか話ができなかった。それも中途半端だった。

「いま、暇?」

 伊藤くんは私の周りを見渡す。須佐くんの姿でも探しているのだろうか。

「え。まあ何もすることがないけど。ひとりだし」

「よかったら一緒にお茶でもどう?次の取引先の約束まで時間があるんだ」

 目の前のコーヒーショップを指差す。

「いいの?」

「佐藤がよければ、だけど」

「もちろんだよ!」

 ひとりでぶらぶらするよりずっといい。それに伊藤くんともっと話をしたかった。

 ふたりでコーヒーショップに入る。

 コーヒーと紅茶を頼んだところで、話を切り出した。

「ねえ伊藤くん、いまから話すこと、気味悪がないで聞いてくれる?」

「うん?」 

 私は階段から落ちたこと、15年後のいまに中身だけタイムスリップしたこと、それから今までにあったことを全部話した。

 伊藤くんは長い沈黙の後、口を開いた。

「俺には記憶喪失としか思えない」

 その反応は予想していただけに、思ったより落胆しない自分がいた。

「そうだよね…普通そういう反応するよね」

「で、佐藤はなにを悩んでいるの?」

「えっ」

 突然そんなことを言われて驚いてしまった。まるで心の中を読んだような。

 びっくりして伊藤くんの顔をまじまじと見てしまう。

「なにか悩んでいるから俺に話したんだろ?ここまで話したんだ、全部言ったほうが楽になると思うよ」

「…うん」

 コーヒーと紅茶が運ばれてくる。

 紅茶のカップを右手で持ち、口に運ぶ。紅茶のいい香りが鼻をくすぐる。

 一口口に含んでから、どう話をしようか考えをめぐらす。

 須佐くんを好きになったこと。須佐くんも私のことを好きでいてくれること。でもそれを信じられずにいること。

 うまく伝えられたかどうか分からなかったが、それでも想いをぶつけた。

「…だっていまの私は須佐くんが好きになった私じゃないもの」

「そう?」

「え?」

 思いも寄らぬ反応にぽかんとしてしまう。

「きっかけはなんであれ、好きなんだろ?簡単じゃない。好きですって一言言えば済む話じゃんか」

「それが言えないから困っているんだよ」

 だって私じゃない私を好きなんだ。

「なんで?須佐は全部ひっくるめて佐藤が好きだって言ったんだろ?」

「……そうだけど」

 イエスとしか言えないけど。だけど。

「俺には惚気にしか聞こえないけど」

「……そうか、なぁ」

「そうだよ。あー羨ましいね、ほんと」

「……」

「別に浮気したとかじゃないんでしょ?好きだって言われてんでしょ?なにを不安になる必要があるの」

「だって、だって、好かれるとこなんてないんだよ」

「そういう自分を卑下するのって、相手にも失礼だよ」

「えっ」

「好きだって言ってくれるところまで全部否定してしまうんだよ。それって失礼だと思わない?」

 伊藤くんがまっすぐ私を見る。

「……」

「俺は失礼だと思うけど」

「…じゃあどうしたらいいの」

「ありがとう、って素直に受け入れればいいんだよ」

 笑顔で伊藤くんは言う。

「そんな自信ない」

「佐藤は魅力的だよ。ほんと。須佐じゃなくても好きになるって」

「……だってそれって私じゃないもの」

「佐藤、だよ。時間と言う積み重ねである経験は確かにないかもしれない。でもいまはそれもいいって須佐は言っているんだろ。惚気にしか聞こえないね」

「…なにを信じたらいいの」

「須佐を信じたらいい」

「……」

「須佐は信用ならないやつか?」

「ううん」

 それは違う。

「信用あるやつがそう言ったんだ。信用しろ」

 強い言葉で伊藤くんは私の心を押す。

「………伊藤くんはすごいね」

「そう?」

「うん、すごい」

 私の悩みを飛ばす力を持っている。

「そうやって素直に自分の気持ちを言えることはいいところだよ」

「そんなの」

 そんなのだれだって持っている。

「おとなになればなるほど、そういうことが一番難しくなっていくんだよ」

「…そういうものなの?」

「そういうものなの」

「伊藤くんも?」

「ん?」

「伊藤くんも難しいの?」

「…そうやってストレートに聞けるほど若くはないってね」

「…若い、の?」

「若くあることは難しい。そういうきらきらしたとこって眩しいよ」

「…眩しい」

「あーもー俺も奥さん欲しくなったな」

「どこをどう聞いて」

「一番の味方でしょ?」

「へ?」

 思いがけない言葉に変な声が出てしまった。

「須佐は佐藤の味方じゃん」

「……」

「佐藤も分かっているんだろ?この状況がおかしいって。だけど俺と違って須佐は佐藤の言い分全部聞いているんだろ?」

「……」

「それって大事なことでしょ?だから安心していられるんだろ?」

 安心。安心していられる…。たしかに安心して身を任せている自分がいた。

「心配ない。俺が保障してやるよ。佐藤は須佐がすき。須佐も佐藤が好き。何も心配することはない」

 にっこりと笑って言う伊藤くんの笑顔は、昔と変わらない顔だった。


 第三者である伊藤くんに強く肩を押されて、心が前を向いている気がした。


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