3, 16歳の事情①
「あっ…んんっ…」
ついに孝の家でヤってもうた。
うちは、この時まだ何も知らんし、知るよしもなく、愛し合っていた。
うちが孝と出会ったのは中学3年の夏。
今から丁度1年前やった。
突然放課後に呼び出しをくらった。
「え?木山に呼び出された?」
阿里沙の表情が少し曇った。「ヤバっ」と声を漏らす。
「あんたさぁー、そんな色気振りまいてっから、木山に呼び出されんだよー。犯されるね、コレ。」
「アホか。どーせ締め上げたいだけやろ。うちらの方が最近盛り上がってんのがごっつうムカつくだけちゃうか?」
「めのこ、あんたヘッドってカンジするもんなー。」
「誰がヘッドやねん!そうやって言いふらすんのやめや!」
木山孝は、当時地元で有名な暴走族のヘッドやった。気にくわへんことがあればすぐ手が出てしまうっちゅー、どーしようもない暴れん坊という噂。ただ、うちの中学に在籍しるっちゅー噂はホンマ。学校では一度も見たことあらへんけど。入学式でさえも登校したことがないらしいわ。せやから、暴走ぶりは学校外での噂がほとんどで、暴走族の名前が出てくるたびに、木山孝の名前も広まってったっちゅーわけや。
そんな不登校ヤンキーが、何でかうちの下駄箱に手紙を入れた。いつ来たんやろ。
『水原めのこ。放課後、学校裏の河川敷にて待つ。』
そう書かれた便箋の裏に、でっかい暴走族のイニシャルマークが貼られていた。ごっつダサ。
「キモい思わん?何で不登校のヤツがうちの名前と下駄箱の位置知ってんねん。おまけに、ごっつダサい果たし状みたいな手紙やで?鳥肌半端ないわ。」
「言うねーめのこ。余裕じゃんか。あんなヤツ、一発蹴散らせて帰って来いよー!」
「待っとって。はよ済ませて戻ってくるさかい。」
うちは何の荷物も持たんと、指定された河川敷まで歩いて行った。
まるで散歩や…。歩きながらうちは思った。
夕方の、のほほんとした穏やかな空気が流れてる。行き交うんは、オカンやら幼稚園帰りのチビッ子やら、犬の散歩してるおっさんやら高校の部活集団やらで、結構人がおる。こない目立つ場所で暴走族のベッドが、うちなんか呼び出して何のつもりやろか?考えてんことがさっぱり読めへん。
更にわからんことがあった。肝心な木山がわからへん。実際会ったことも見たこともないヤツやから、河川敷に来てもどれが木山なんかわからん。それに、「オレは暴走族だぜ!!」って意気がってるような目立つヤツがおらへん。木山って、案外地味なんか?
とりあえず土手から下に降りて、上を見上げた。行き交う人を目でずっと追ってみた。どれが木山や。
「水原さんですか?」
突然、後ろから声をかけられて「ひっ」って声が出てもうた。
「…あんた、木山か?」
振り向くと、うちの学ランを羽織り、中に赤いTシャツを着た男が立ってた。
「そう。木山孝。クレオのヘッドやってまーす。」
うちは意外な驚きをした。噂で想像してた暴走族のヘッドと、今目の前におる男とがあまりに違うからや。
木山はうちみたいに明るい髪の毛なんかやない。綺麗な黒髪や。やや長い前髪の下からは、少し明るめの茶色の瞳がこっちを向いてる。顔も眉毛のない厳ついような感じやなくて、ヘタな男子よりモテる顔や。ただ、耳はゴツいピアスが引っ付いてる。
そして何よりも落ち着いている。噂ではごっつ短気やって話やったけんど、さっきから全然そんな素振りはない。こんなんやったらまるで、うちの方がはたから見たらヘッド感丸出しみたいになってるやん!
「はじめまして。驚いた?」
驚いた表情をするうちの顔を覗き込んで、からかったようににやける。あぁ、なるほど。こいつはバカやない。頭の冴えるボスなんや。うちはそう思った。
「何でうちの名前知ってんねん。」
「あれぇ?覚えてないの?この前廊下で会ったじゃん。」
「廊下?」
意外なワード。廊下って学校のか?
そういえば先日、廊下で知らんヤツにぶっかったことがあったわ。見たこともないし、阿里沙らと誰やろって 話になったけど、捜索することもなくさっと話流れたわ。
あ、ホンマや…。確かにこいつ、よく見たらそん時廊下で会ったヤツや…。
しれっと学校来てんのかい。
「思い出した?オレ、意外とガッコ行ってんだよ?まぁ行ってもすぐ帰るけど。」
「あん時会うてうちの名前覚えてたんか?」
「そ。同じ学年にとーってもグラマーな美人がいるってオトモダチから聞いたんで、どんな人かなー?と会いに行ってみたわけ。そしたらさ、いきなりバッタリ出会えちゃったんだな、これが。」
そう言うと、木山はうちに近づいて、耳元で呟いた。
「しかも、出血大サービスでね♪」
うちは急に恥ずかしくなった。あの日の出来事がフラッシュバック。何やこいつ、ドスケベやんけ!!
「何やねん!ホンマ!何が言いたいんや!はよ用件を言いや!!」
うちは少しこいつから距離をとった。阿里沙の言葉を思い出したんや。身の危険ってやらを感じた。
木山は少しうちが距離をとったことに気づき、顔つきがちょっと引き締まった。片手で頭を押さえる。
「いや、ごめん。別に水原さんをからかいに来たわけじゃないんだ。ちょっと話がしたくてさ。座らない?」
木山はベンチを指した。うちは心の中で何かモヤモヤしたものが渦巻いてた。悪いヤツではない気がする。さっきから丁寧な言葉で話してくれるし、別に締め上げられるようなこともされへんやろとは思う。せやけど、逆にあの丁寧さが何かひっかかる。
木山と出会って何分経つんやろ。
まだほんの数分で出会った男とこうやってベンチで座ってしゃべるなんて…うち、どうかしてるわ。
「キレイな髪だね。」
木山は風になびいているうちの髪の毛を見てそう言った。この痛みきった髪のどこがキレイなんだか。何や恥ずかしわ。
「…あんたの方がキレイな黒髪してるやん。ヘタに誉めんといて。」
「そんなことないよ。ホント、キレイ。オレさ、長くてフワッとした髪型の人好きだから。」
突然好きなんて言葉使うてきたもんやから、ちょっとドキッとした。
「水原さんさ、レディースのヘッドやってるって本当なの?」
「え?」
ビックリだ。暴走族のヘッドの耳まで情報はちゃんと入ってんねんや。
「別にヘッドやないよ。それは嘘。ヘッドは他におんねん。レディースなんは確かやけど。」
あかん、やっぱ締め上げられる。最近うちらも目立ちはじめてきよるさかい、それが気にくわんのや。
しかし、木山の言葉は意外だった。
「やめなよ、レディースなんて。水原さんにはもったいない。」
こいつ何言ってんねん。
今こいつ、有名どこの暴走族のヘッドが、らしからぬ発言をしたで?
「はぁ?何言うてんの。暴走族のくせに何でうちにレディースやめろなんて言ってんねん。」
「確かに変な感じかもしれないけど。レディースって、オレたちからしてもあんまり印象よくないんだよね。よく考えてみ?女のヤンキー集団だよ?品が良くないよ、品が。」
「そんなん、あんたらがやってるよーなことに比べたら、うちらは可愛い方や!うちらかて、あんたらの印象よくないわ!」
やっぱりこういう話か。うちは、うちが出来るだけの批判をするつもりやった。
木山はうちの方に身体を向けた。ベンチや と 、意外と距離が近い。これはあかん。
「…水原さん、オレらと水原さんたちを比べちゃダメだ。だって、こっちの世界は男か女かを比べるものじゃないから。あくまで『弱肉強食』。勝つためにはどんな方法でも勝とうとするヤツらもいる。そんな世界に女がいたってイメージが良くないだけ。別に水原さんたちの仲間を否定してるわけじゃない。オレが水原さんにやめてほしいだけ。」
木山が真面目に答えた。弱肉強食…、確かに強い権力をもったヤツやないとこの世界ではやってけへん。木山はそこんとこがちゃんとわかってる。ただの暴れん坊やないんやってことが少しわかった気がする。
「…何でそんなにうちのこと気にすんの?」
野暮な質問やなぁ、と思いながらも聞いてみた。確信があったわけやない。うちのことを敵として邪魔やから抹殺しようとしてんのか、それとも違う理由で言ってんのか、そこが今一つわからへんかったから聞いてみた。
木山は、じっとうちのことを見た。さっき初めて会った時よりも近くにおるからか、改めて見ると木山はホンマに整った顔立ちをしてる。イケメンと言うより美人という言葉の方が似合う。
木山はじっとうちから目線を放さない。その明るい茶色の瞳にぐっと引き込まれるのをうちは感じた。
「最初は興味本位で会いに行ったんだけど、本当に会ってみたら一目惚れしたんだ。話してみても水原さんといると落ち着くし、キレイな人だし。だからレディースもやめてほしい。俺の傍にいてほしいんだ。オレと付き合ってくれませんか?」
それから、うちらは付き合うことになった。
うちはレディースも足を洗った。すると孝も暴走族から足を足を洗った。学校に来るようになり、たちまちうちらの噂は広まっていったけど、孝は何も気にせんと過ごしていった。
そして今、うちは地元の高校に通い、孝は土木建設会社に就職し働いてる。孝は親元を離れ一人暮らしをしてる。
孝と付き合ってて気づくことは仰山あった。
やっぱ思ってた通り、頭がもの凄くええ。せやから、おんなじ高校に進学しようと誘ったんやけど、「学校生活は自分に合ってない」と言い、結果、土木業に就職した。
それから、ごっつ寂しがり屋やってこともわかった。うちかて、実家で暮らして健全な女子高ライフをエンジョイしてんのに、2日に一回は会わな寂しがる。連絡がしつこいわけではないんやけど、これは意外な一面や。
けどまぁ、なんやかんやうちのことを愛してくれてんのはほホンマ。誰よりも大切にしてくれるし、笑うと可愛いし、意外と心が豊かやし、困ったときには冴えた頭で助けてくれるし、運動神経も抜群やし…
初めて会った時は、ごっつええイメージやなかったし、「付き合ってくれませんか?」って告白された時もほとんど恋愛感情はなかったけんど、孝の傍におるようなって、うちも段々孝の存在がいとおしくなってきた。恋愛て不思議なもんやな。
そんで今、付き合って1年目でうちらは身体を重ねたっちゅーわけ。
うちも初めての経験やったから、この日は気持ちがぐるぐるしながら実家に戻った。気持ちと同時に、心なしかお腹も痛い。家に着いたのは夜10時ぐらいやろか。
「ワンワンワン!」
縁側を見ると、ハチが大きな声で吠えている。うちのこと見つけて吠えてんのやろな。
ホンマ、ちっこい身体でゴツい声出しよるわ。
「しっ!あかんやろ!静かにせぇ!」
この犬は最近しゃこがどこぞで拾うてきた仔犬や。顔を覚えるんが早ぅて、家族を見かけるとすぐ吠えんねん。きっと夜は 誰も相手にしてくれんから寂しがってうちに吠えついたんやろな。まるで、どっかの誰かさんそっくりやわ。
「あ、めのこか。おかえり、遅かったね。」
縁側からハチの声を聞き付けて一番上の姉ちゃんが駆けつけてきた。
「オカンらはもう寝てんのか?」
「うん。銀ちゃんとはりはまだ起きてるけど。ご飯食べる?」
「うん。」
うちは心のどこかでホッとした。何だか今日はオトンやオカンには会いたくない。るり姉が来てくれてよかった。
今日の夕飯もまたハンバーグ…。ホンマ、うちのオカン何でこんな毎晩ハンバーグばっか作んねん。
「どうしたの?こんなに遅く。あんた部活とか入ってたっけ?」
お茶を差し出しながらるり姉はうちの向かいに座った。るり姉はうちがレディースを抜けて以来、一番うちのことを心配してくれる。「別に。何もないで。阿里沙らと買い物行ってただけや。」
「阿里沙ちゃんってあんたと一緒の中学だった子?」
阿里沙はうちがレディースから足を洗った時に一緒に足を洗い、今同じ学校に通ってる。
何やろう、るり姉には話せそうでためらう…
実は、うちが孝と付き合ってることはまだ誰も知らへん。ここでるり姉に打ち明けるべきかべきやないか。箸が気持ちと平行して、思うように進まない。お腹も痛いし…
「どしたの?お腹痛いの?」
るり姉はうちが気持ち悪そうにしてることに気づいた。どうしよう、言うべきか言わへんべきか…
「…あのさ、るり姉…」
「ん?何?」
うちは迷った挙げ句、決意した。
「るり姉は、男とヤッたことある?」
「へ?!」と、るり姉が声を上げた。やっぱこんな話、姉妹にする話やなかったな。
「どういうこと?あんた、誰かとセックスしちゃったの?」
るり姉は焦ってもうた。何が何だかわからないって顔に書いてある。うちは、孝のことも、今日孝の家にいたことも、洗いざらい全部るり姉に話した。
「…で、その孝くんとヤッちゃったってわけね?」
うちはこくんと頷いた。1時間程しゃべったやろか?るり姉はうちが話しとる間、きょとんとした表情で聞いていた。
「どうもお腹痛くて…初めての時ってやっぱ痛いもんなんやろか?」
「それは人によりけりかもしれないけど…。そのこと彼に言ったの?」
「いいや、言うてない。」
孝にはお腹痛いこと言えへんかった。何か、孝を傷付けてるような気分になるから。
「あんた、ちゃんとゴム着けてもらったり、ピル飲むとかしたんでしょうね?!」
「当たり前やん!孝だってちゃんとわかってるわ!」
「なら大丈夫だとは思うけど。初体験はやっぱり女の子側の身体にも、心への負担も大きいのよ。お腹痛いのも様子を見て、気になるようなら産婦人科行った方がいいわね。」
るり姉は落ち着きながらきちんとした助言をくれた。やっぱ、るり姉に話してよかった。ちょっと気持ちの緊張感がほぐれてきたわ。
「なぁ、るり姉、このことは誰にも言わんとってな?」
「わかってるわよ。言いふらせるようなことでもないし。ご飯食べて落ち着いたら今日はもう寝なさいね?」
「うん。るり姉、おおきに。」
るり姉は居間を後にした。ふと耳を澄ますと、微かに銀兄のピアノの音色が聞こえる。うちは、食べかけのハンバーグを口に含み、風呂場に駆けつけた。何となく早く風呂に入りたかった。
大丈夫、お腹もなんともない。
はよ寝よ。そんで、一時孝の家に行くのはやめとこ 。