1,末っ子の日常
本の世界にはそのお話の流れを創る人のことを「主人公」って言うけれども、このお話の「主人公」って誰なんだろう。
よくさ、「世界は自分を中心に回ってなんかないんだよ!」って担任の先生が言ってるんだけど、お話しの中の「主人公」たちは自分たちを中心に進めなきゃ先に進まないよね。ってことは、今は私が「主人公」なのかな?よくわかんないや。
私の名前はしゃこ。変な名前でしょ?
パパが付けてくれた名前なんだけど、パパ曰く、私が生まれるずっと前からこの名前は決まってたらしい。本当はとっても難しい漢字で「しゃこ」って書くらしいけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちに大反対されて平仮名で書くようになったって。うちのパパ、ちょっと変わってるの。だから私も、お兄ちゃんお姉ちゃんたちも変な名前付けられちゃったんだろうなぁ。
そんな変な名前の私なんだけど、今結構ピンチになってる。
数分前の出来事。
「おーい!しゃっこー!!」
私が振り向くと、教室の方から元気よくテンちゃんとソメやん、カヨちゃんにジョーが走ってきた。この4人は私の親友でいつも放課後一緒に遊んでる。テンちゃんとソメやんは同じ5年1組で、カヨちゃんが2組、ジョーはその隣のクラスだ。
「今日はどーする?」
「ん~お化け公園は?」
「えーまた?!」
「じゃあソメやん家だな。」
「え、また僕の家なの?!」
こうやって、放課後は必ずどこで遊ぶかが揉め事になる。こうも毎日遊んでると、遊ぶ場所もお決まりになってきちゃうんだよね。
そして大体溜まり場になっくるのが誰かのお家。この暑い夏日なら、外で遊ぶよりも、冷房の効いた涼しいお部屋で遊びたいからだ。その遊び場候補上位にいつも輝くのが、ソメやん家だ。ソメやんはお金持ちのお坊ちゃんだから家も広くて、鬼ごっこやかくれんぼにはサイコーの遊び場なんだ!それもなんだけと、ソメやん家のキレイなママが出してくれる豪華なおやつが実はみんなの真の目的だったりもする。
「でも今日はママお仕事で出掛けてるからおやつないよ?」
「え~!マジかよ~!」
ジョー、本音出てるよ。
「仕方ないよ。今日は新しい遊び場探してみようよ。」
おっとりしてるカヨちゃんがソメやんをかばうかのように新しい切り口を出してきた。今日もよく三つ編みが似合うな。
「ん~…」
みんな腕を組考え始めた。私も腕を組み、考える。新しい場所…まだみんなで行ったことない場所…
「あ!!」
キター!!とは言わんばかりに、テンちゃんが大きな声でニヤニヤ笑いながら顔を上げた。
「しゃっこの家!!!」
「あ~!!!!」
「えーーーーーッ!?」
ということで、今現在、神楽木商店街の中を通り、途中の駄菓子屋さんでアイスバーを買ってみんなでペロペロなめながら、その足は紛れもなく我が家に向かって進んでいる。これはまずい。まさか我が家に向かうことになるなんて。
「ねぇねぇ、テンちゃーん!まずいよ!」
「ふぇ?ふぁふぃが?」
テンちゃんはアイスバーを加えたまま私の方に振り向いた。
「だって、しゃっこん家まだ行ったことないんだもん。」
「家の場所は知ってんだけどな。」
ジョーまでテンちゃんの肩を持つ…
「だって…」
だって、私の家は…と言うか、私の家族には正直みんなを会わせたくなかった。そう、それが理由で今までしれっと家族の話を上手いことかわしてきたのに。まさか、このタイミングで我が家にご招待することになるとは…。
私は知っている。我が家には子どもが嫌いな人たちが多いことを。みんな、私を末っ子だと侮ってるけど、私への接し方を見ていれば大体わかるもんだ。そして、子どもが一番元気なこの放課後の時間に家にいる人物も把握している。把握した上で出た結論は、「家へ向かってはいけない。」
「そういえばさ、しゃっこの兄ちゃん、サッカー上手だよな!」
「え?あぁ、うん。そうだね。」
ジョーとテンちゃんは地元の少年サッカークラブにいるから、一番下のお兄ちゃんのことを知っている。お兄ちゃんも2人のことは多分知ってると思うけど。
「しゃっこちゃん、お兄ちゃんいるんだね。会いたいなぁー。」
さっきまでソメやんのフォローをしていたカヨちゃんまで、私の家に関しては興味津々で気合いが入っている。はぁ、こうなればもう何を言ってもダメだ。
その時、
「ワンワン」
と、声が聞こえた。テンちゃんたちも振り向く。
「犬だね。」
「どこだろう。」
「あ、あの段ボールの中だよ!」
ソメやんの指差す方向を見ると、大きな段ボールの中にちっちゃな仔犬がいた。
「うぁー!かわいいー!!」
私が頭を撫でると、ちっちゃな鼻で指をクンクン匂った。これはたまりませんなぁ。
「こいつ、アイス食うかな?」
ジョーがアイスバーのかけらを手のひらに乗せて口元に近づけると、ペロペロとなめ始めた。かわいい!!!
実は、私は無類の動物好きなんだ。このちっちゃな声も鼻も舌も手も、まさにどストライク !!
「ねぇねぇ、この仔、しゃっこの家に連れていってもいいかな?」
「えっ?!しゃっこ、連れてくの?!」
「うん!この仔1人じゃ可哀想だもん。きっと家族探してるんだよ。」
ということで、私は仔犬を抱えて家に向かった。とんでもない道草を食った挙げ句、とんでもないお土産だけど、この時はただただこの仔犬が可愛くて、我が家に友達を呼びたくなかった気持ちや、お姉ちゃんが犬嫌いだったことも頭から消えちゃってた。
きっとこういうところが、マイペースで自由すぎるっていう末っ子独自の悪い性格なんだろうなぁ。後々考えたんだけど、多分お兄ちゃんやお姉ちゃんにいつも怒られるところだ。でもきっと、パパが私のおねだりを何でも聞いてくれるところは、末っ子の特権なのかもしれない。大人のお兄ちゃんお姉ちゃんたちには無い、「パパー!」と甘える必殺技が私にはある。だから仔犬もきっと連れて帰ってオッケーだと私は確信していた。
まぁ、しょうがないよね。
仔犬、可愛いもん。
気がつくと家の前まで帰りついていた。やっと「はっ!」と気づいた。やばっ、家着いちゃった。
「しゃっこちゃん家大きいー!!」
我が家を初めて目にしたソメやんとカヨちゃんはキョロキョロ見渡しながらそう呟いた。テンちゃんは通学路が一緒だから我が家がどこにあるか知っていた。ジョーもサッカー帰りとかで何回か家の近くで会ったことがある。
「ザ・日本人って感じだね。」
カヨちゃんは我が家の庭にある盆栽や池、縁側を見てそう感じたのかな。私には古くさいオンボロ屋敷にしか感じないけど。
その時、ふと車庫の方に目がいった。白い軽自動車の隣に、赤い外車が止まってある。一番上のお兄ちゃんが帰ってきてる…まさか、今日に限って…
「ねぇねぇ、上がっていい?」
テンちゃんとジョーが早く早くと促すように玄関前で構えている。でも、車が気になってしょうがない。一応肝心な自転車の台数を数えておく。よし、パパとママはいないようだ。
「うん、入ろっか!」
私は仔犬をカヨちゃん預けて先に玄関を覗いた。
「ただいま~…。」
辺りはしーんと静まり返り、返事は無い。
「お邪魔しまーす…。」
あまりの静かさに、後の4人も声を潜めて入ってきた。
「もしかして、しゃっこの家誰もいないの?」
「ううん、お兄ちゃんが帰ってきてるよ。」
「お兄ちゃんって、サッカーのお兄ちゃん?」
カヨちゃんはどうも燦ちゃんのことが気になるらしい。大人しそうで結構ミーハーな部分があるもんな、カヨちゃん。
「帰ってきてるのは一番上のお兄ちゃんだよ。多分、残業明けで寝てるからこっちで遊ぼ!」
そう言って私は居間に案内した。今日珍しいかもしれないが、我が家はピアノが置いてある部屋意外、部屋の床は全部畳である。
「しゃっこん家、忍者屋敷みたいだな!」
テンちゃんが興奮して叫んだ。
「で、何して遊ぶ?!」
そう、肝心なポイントはそこ!我が家に来たところでソメやん家のようにズバ抜けて面白いことがないもの。
「かくれんぼかな、やっぱ」
「えー?うち隠れる場所すくないよ?」
「じゃあ何かゲームとかないの?」
「あー、テレビゲームとかはないなぁ。」
困った。これだから我が家は面白くない。基本的に無駄な娯楽品は買ってもらえないのが我が家のルールなんだ。それゆえ、末っ子の私が遊んだオモチャと言えば、お姉ちゃんたちが見事に使いこなした ボロボロのおままごとセットや、お人形ばっかりだった。
今学校で流行ってる最近のゲームソフトなんて持ってるはずがない。
「あっ、こらこら!」
カヨちゃんが抱いていた仔犬が急にジタバタしだした。どうやら歩き回りたいらしい。
「かして、カヨちゃん。」
私が仔犬を抱こうとした瞬間、仔犬がカヨちゃんの手をスルリとすり抜け、地面にぼてっと着地した。
「あー!待って、わんちゃん!!」
仔犬は、テンちゃん、ソメやん、ジョーの股の間を次から次へと走り去り、居間から出ていってしまった。
「どうしよう…」
「見つけなきゃ!」
「あ!思いついた!」
テンちゃんがまたしてもニヤニヤ笑っている。これは悪賢いことをひらめいたに違いない。
「あたしらが鬼でさ、あの仔犬を誰が一番最初に見つけ出せるか勝負しよーぜ!!」
ほーらね。でも、何だか楽しそうな企画でもある。
「いいね!面白そう!!」
ソメやんはちょっと困った表情だったが、ジョーとカヨちゃんは俄然やる気である。
「じゃあ見つけた人は仔犬と一緒にここに集合で!時間は15分な!」
「オッケー!よーい、ドンっ!!」
テンちゃんの掛け声と同時に、みんな各々の思う方向へ走り去っていった。これはまたえらいことになりそうだ…と思いながらも、私は金ちゃんの部屋に向かって走っていった。
小さな少女は、初めて訪れた友達の家での鬼ごっこに心臓を高鳴らせていた。勝手に拾ってきた仔犬を探すのである。誰かにあったらどうしようという焦燥感と、自分が手を放してしまったという罪悪感とを掛け合わせた気持ちで、あちらこちら見て回った。
ふと、耳を澄ますとピアノの音が聞こえてきた。しゃっこちゃん家はピアノがあるのかと思いながら音を辿った。
「しゃっこちゃんのお友達のカヨです。おトイレを探してるのですが、どこに行けばいいですか?」
もし、誰かに遭遇したら、あるいはピアノを弾いてる本人に見つかったらそう言おう、彼女はドキドキしながら音を追った。
居間より離れた奥の方に見える部屋から音は聞こえてきた。
全体的にザ・日本人という印象のこの家に不釣り合いといってもよい程、キレイなガラス張りの大きな洋式扉の向こう側にピアノを弾いている人の姿が見える。そっと気づかれないよう近づいてみると、更に驚いた。ピアノを弾いていたのは、男だったのである。しかも、荒れ狂ったように体を唸らせ、鍵盤を物凄い目付きで睨み付け、叩きつけていた。聞こえてくる音とはまるで正反対の光景に、少女は思わず身震いをした。
「誰だろう…しゃっこちゃんのお兄ちゃんかな。」
見つかったらあの目で睨まれるかもしれない…そんな不安が頭の中に過ったにも関わらず、何故か少女は、その場から動こうとはしなかった。
「…きれいな曲だなぁ。」
扉を背にしてそっとしゃがんだ。扉から微かに鍵盤の響きが音になって振動するのが伝わってくる。その振動が妙に心地よく、そして、聞こえてくる音色がとても気持ちいい。
少女は 目を閉じ、男の弾くピアノの世界にのめり込んだ。
少年は、初めて友達の家を訪れたにも関わらず、まるで秘密の冒険に旅立ったかのようなしびれる好奇心を抱いていた。お祖母ちゃんの家に遊びにきたような、懐かしい匂いが風になびき、広い廊下と襖は奥深く伸びている。ふと縁側に目をやると、中庭があった。小さな池や、きちんと整えられた盆栽がお行儀よく並んでいる。よく、時代劇や歴史アニメなんかに出てきそうな場面だと、少年は思った。今にでも床下から本当に忍者が忍び出てきそうである。そう思うと、自分が着ている青いサッカーティーシャツがとても違和感であった。少年は、そんな不思議な世界観に一層心を踊らせ、廊下をひたすら歩き回った。丁度、突き当たりに出たので右へ曲がろうと思ったその時、
ドスン。
「痛っ!」
誰かにぶつかり尻餅をついた。はっと顔を上げると、自分と同じ姿勢で腰を擦っている女の人がいた。急に手汗が湧き出てくる。
「あんた、誰?」
「あ、はい。水原の同級生です。」
振る舞い方や顔を見る限り、この人は友達のお母さんではなさそうだった。彼女は気だるそうに立ち上がり、腰に手をあてた。そのタイミングと同時に少年も立ち上がった。
「名前は?」
「ジョーです。」
「ジョー?変わった名前なのね。」
「城ヶ崎充です。」
「…それがあんたの本名?」
「はい。」
「じゃあ最初からそう言いなさい!」
まるで担任の吉松先生みたいだ、と彼は思った。雰囲気が似ているが、低く静かに響き渡る声は全く別人だった。
「…ごめんなさい。」
「で、何をしているの?」
何をしているのかと尋ねられて、初めて思い出した。そうだ、犬を探していたのだ。
「犬を探してて…」
「犬?」
女の人が眉をひそめた。腰に当てててを手を腕組みに変える。何となく目線を周囲にくばませながら再び少年を見下げた。
「うちに犬はいないの。わかったらとっとと部屋に戻りなさい。」
「でも…」
「いないっていってるでしょ?勝手にほっつき歩かないでよね。」
そう言い残すと、彼女は自分の元来た道を歩き始めた。
少年も、自然と足を後ろに向け、元来た道を走り始めた。
少女と少年が出会ったのは台所であった。
「あっ」
「あ。」
少し間が空いた。こっそり忍びこんだつもりだったのに…とお互いに思ったに違いない。
「テンちゃん見つけた?」
「見つけたわけないじゃん。今ここで探してんのに。」
「そうだね、ごめん…。」
少女は少年のことが少し苦手だった。嫌いではないのだが、反応にいつも困ってしまう。
「あんたさ、何でもとりあえず謝るよね。」
「えぇ本当?」
「自覚ないの?」
「うん、ごめん…あっ。」
またこれだ。このやり取りが続くから困るのだ。まるで自分が意地悪しているかのような気分にされてしまう。思わずため息がでる。
「おおっ、何しとるんじゃ?」
気づくと後ろにおっさんがいつの間にか立っていた。しかも、自分たちよりも背の小さな おっさんである。悲鳴が2つ上がった。
「そんな怖がるなっつーの。おめーら、しゃっこの友達か?」
「は、はい。」
少年が頷いた。少女は、自分よりもちっちゃなおっさんの突然の登場に驚き、立っているのがやっとである。
「あの、しゃこちゃんのお祖父さんですか?」
少年が尋ねた。おっさんは目を細めて笑った。
「おおおおお!ちげーよ。オラ親父。」
「あ、お父さんなんですか。すみません。」
少年は丁寧に謝ったが、内心もの凄く驚いていた。少女は更に驚きを増し、後退りをして少年の後ろに少し隠れた。見た目からしても、自分のお祖父ちゃんとそう変わらないのに…本当にしゃこちゃんのお父さんなのだろうか。
「で?おめーら、ここで何しとる?」
「あ、あの、お水を。お水を貰おうと思いまして。」
「あぁ、ならホレ、注いでやろう。」
そう言うと、おっさんは持っていた杖をブンッと振りかざした。短かった杖が一気に伸び、少年たちの真後ろにある食器棚に向かって引っ掛けた。カチャッと器用に戸を開けると、中からグラスを2つ重ねて取り出した。そのまま杖先でクルクルグラスを回しながら、おっさんは机の上に飛び乗り、ペットボトルのふたを開け、杖を跳ね上げ空中でグラスをキャッチし、机の上でコプコプと水を注ぎ始めた。
「ほれ、飲め。」
少年も少女も、今の一瞬の出来事に声が出なかった。ただ、ジーっと机の上のおっさんを眺めるのが精一杯である。
「お?飲まんのか?」
少年は少女が先程から一言もしゃべっていないことに気づき、少女の手を掴みながら体をおっさんに向けたまま、静かに後退りし、台所を去っていった。
コンコンコン。
金ちゃんの部屋の明かりが付いてたからまだ起きてるだろうなと思いノックしてみた。
「はぁ~い。」
と、中からゆるい声が聞こえてきた。
ガチャっ。
「あれ、しゃこじゃないかぁ!久しぶりだなぁ!元気してたか?!」
私の目の前に現れたこの男は、我が家の長男・金ちゃんである。金ちゃんはほぼ毎日と言っても過言ではない程、会社に缶詰め状態なので、私のような健全な小学生がこうやっておしゃべりするような相手ではない。
「うん、元気だよ。あのさ、金ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「ん?何だ?」
金ちゃんは何だか嬉しそうに私の話に耳を傾けている。そりゃそっか、2週間ぶりぐらいに話すもんな。
「あのさ、金ちゃんは犬好き?」
「犬?んー、割りと好きだけど。ところでしゃこ、お菓子あるんだけど食べてかないかい?」
とてもにこやかな表情をしている…これは長居すると気が治まるまでずっと会社の愚痴を聞かされるに違いない。きっと2週間分のストレスを夜までぶつけられるだろう。
「うーん、いいや!また今度来る。じゃあね。」
私は友達が来ていることは内緒にしてすぐさま部屋を去った。もし、友達がいるからなんてしゃべったものならテンちゃんたちまで人質になってしまう。愚痴を聞いてくれる彼女の1人でもつくればいいのにね。
とりあえず私はそのまま居間に向かった。
テンちゃんたちが我が家を後にしたのは、頃よい夕陽がキラキラしていた時である。
居間に帰ってみると、テンちゃんとソメやんが異常にパパのことについて質問してきた。
どうやら台所で遭遇したらしい。家に入る時に自転車確認したのに…、さすがパパ、
侮れないや。
ジョーは、はりちゃんに怒られたらしい。経緯を聞くと、犬を探していることを伝えたらしい。はりちゃんに犬の話をしたのは大きなミスである。
更に驚いたのがカヨちゃんだった。何故か毛布を羽織って床で寝ていたのだ。揺すってお越し、何故寝ていたのか聞いてもあまり覚えていないらしい。
そんなこんなで、結局仔犬がどこへ行ったのかはわからないままになってしまった。庭の開戸から外へ逃げたのかもしれない。とりあえず、私が心配するような大きな事件は起こらず(色々あったみたいだけど)みんな無事に家に帰って行った。
そう、このまま無事に終わると思ってたのに…。
夜になって、この日は久しぶりに金ちゃんが帰ってきたので家族全員揃っての晩ご飯だった。
「今日は母さんの特製ハンバーグだってよ!」
「何!?マジでか!!」
「何が特製やねん、ほぼ毎日ハンバーグやんけ。」
「ほーら、早く運びなさーい!!」
金ちゃんがいようがいなかろうが、我が家の食卓は毎日賑やかだ。(ごめんね、金ちゃん)特に晩ご飯の時間は、今日1日の話が会話の流れを気にせず飛び交う。私は結構この時間が好きだったりする。
「しゃこ、あんた今日友達連れて来てたんだって?」
るりちゃんがご飯をよそおいながら聞いてきた。
「うん、来てたよ。」
「えっ!お友達来てたのか?!何で金ちゃんに教えてくれなかったのー?!」
いい大人が自分で金ちゃんて…少し引いた。
「あんたね、勝手に友達ウロウロさせんじゃないわよ。いい迷惑だわ。」
ジョーはよっぽどはりちゃんの機嫌を損ねたみたいだ。まぁ、子ども嫌いってだけでジョーは既にアウトだけど。
「ねぇねぇ、そう言えばさ、カヨちゃん運んでくれたの誰?銀ちゃん?」
ワイワイ賑わう中、会話に入らずただひたすらブスッとハンバーグを頬張っていた銀ちゃんに尋ねた。
「さぁ。」
…銀ちゃんだな、確信した。
こうやって、賑やかにご飯を食べていた時だった。
「わぁあああ!!!」
突然台所から悲鳴が上がった。
「え、何?どうしたの?」
すぐに反応した銀ちゃん 金ちゃんが駆け出したのを合図に、みんな立ち上がり台所へ向かった。私も、お姉ちゃんたちの後ろに引っ付いて向かう。何となく嫌な予感を感じながら…。
台所にいたのは、燦ちゃんだった。
燦ちゃんは食品棚の方を凝視しながら、駆けつけた銀ちゃんたちにしがみついた。
「い、い、犬!犬がいるんだけど!!」
次の瞬間、はりちゃんの大きく響き渡る悲鳴が上がったことは言うまでもない。私はゆっくりと騒然とする現場の先頭に出てきた。
「へっへっへっ」
そこには、紛れもなく、例の仔犬が尻尾を振りながら食品棚の中にあったポテトチップスを貪っていた。
その後すぐに緊急家族会議になった。
居間には、パパ、ママ、お兄ちゃんお姉ちゃん、そして私の家族全員が勢揃いし、みんな私の方に目線を集めた。
「しゃこ、この仔犬はあんたが連れてきたの?」
るりちゃんが呆れたような表情で聞いてきた。仔犬はるりちゃんの腕の中で丸まっている。
「うん。」
「どこで見つけたの?」
「通学路の途中で拾ってきた。」
はぁー?と微かに何人かの声が聞こえた。はりちゃんは入り口に立っていて一番遠くにいたのに、一番はっきりと聞こえた。
「アホちゃうの?うちに連れて帰ってどないする気やねん。」
めのちゃんは完全にはりちゃん側だ。こうなったら必殺技を使うしかない。
「この仔犬飼ったらダメなの?ねぇるりちゃん。」
めいいっぱい可愛い妹アピール。るりちゃんがこれに弱いことも周知である。
「そんな、私に言われても…お父さん、何とか言ってよ!」
まるでお母さんのような口調でお父さんに助け船を出した。
「お~、オラはええよ。犬、好きじゃし。のぉ、しな。」
「おぅ。」
意外にもパパとママはあっさり返事した。
これには一同驚きである。
「ちょっと待ってよ父さん!私が獣嫌いなの知ってるでしょ?!」
「別に近づかんかったらええじゃん。」
「散歩とか当番制にすんのはヤダー!」
「しゃこが責任者になればええじゃん。」
「ただでさえ人間が多いのに犬なんか育てて大丈夫なのかよ、うちは。」
「まぁ何とかなるじゃろ。犬じゃし。他、異議あるやつおるか~?」
みんな静まった。基本、パパとママがうんと言えば、私たちが何を言っても変更することはないということくらい、お兄ちゃんもお姉ちゃんもわかっている。
「…まぁ、よく見ると可愛いしね、この仔。」
るりちゃんは、自分の腕の中で丸まって寝ている仔犬を撫でながら呟いた。さすがるりちゃん、理解者である。
「そうだな、俺も撫でるぐらいならやってやるよ。」
燦ちゃんもそう言って、仔犬の頭をなで始めた。
「…ねぇはりちゃん、飼ってもいい?」
私は最後にはりちゃんに同意を求めた。思いっきり、愛嬌と執念を込めて。
「…私は面倒見ないからね。そして、私の部屋には絶対近づけないでよね。」
こうして、道端で拾われた仔犬が新たな家族となった。早速先日、金ちゃんが犬小屋を買ってきてくれた。私はその小屋を縁側の日当たりのよい場所に置いた。仔犬は現在その家の中で暮らしている。
「いってくるね!」
私は毎朝仔犬の頭を思いっきり撫でて学校へ向かう。この日はめのちゃんも一緒に家から出てきた。
「なぁ、あんたその仔に名前付けてやったんか?」
「付けたよ!『ハチ』って言うの。」
「何でハチやねん。」
「だって8番目の兄弟だもん。ねー、ハチ。」
ハチが嬉しそうに喜んでいることが私にはわかる。