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新世界のドア

求めれば壊れる、願えば苦しめる。

全てを受け入れろ!そして全てを背負う覚悟を。


あと数時間で、新しい年が始まる。

今年は勤めていた会社を脱サラして、個人で事業を始めた。

特に決めていたわけじゃないのだけど、自分の可能性みたいなものを確かめたい、そんな単純で曖昧な理由から会社を辞め、嫁を説得し、半ば強引に独立した感じだ。

そこから先は知り合いの助けもあり、何とか生活していけるだけの仕事をもらう毎日。

と言うか、半分以上は嫁の収入で食べていけたというのが本当のところだ。

そういうわけで、今年の年末は何とも肩身の狭い、居心地の悪いものになっていた。

忙しそうに年末年始の準備をする嫁の横を、飼い猫の大吾がにゃ~にゃ~言いながらすり抜けてくる。

「眞子~、そろそろ大吾にごはんあげないと、お腹すいたみたいだよ」

ご機嫌を伺うかのように、大吾をダシに話しかけてみたが、返事がない。

「眞子~聞いてる~?」その言葉と同時に新品のエサが袋ごと飛んできた。

「分かってるならあげればいいでしょ!いちいち聞かないで自分で考えてよ!私は忙しいの!」

いや、忙しいのは見ればわかるんだが、それにしても機嫌が悪い。

「ごめん。だよね、俺あげるからそっちに集中してて。大吾おいで」

とうの大吾はびっくりした顔で嫁を見つめた後、何事もなかったかのようにすり寄ってきた。

嫁が機嫌の悪い理由は分かっている。

俺達には子供がいない、結婚して8年になるが、最初のうちはまだ二人きりでいいね、なんてことを言い小作りをしていなかった。

それが5年を過ぎ、どことなく夜の生活自体もしなくなってきた頃、嫁が急に子供が欲しいと言い出した。

年齢的な部分もあったと思うが、それ以上に俺に対する愛情が薄れ、女としての性を向けるものが欲しくなったところが大きいのだろう。

そのころの俺達は、どちらかというと兄妹みたいな存在になっていた。

よく空気みたいな存在だという人がいるが、そうではなく、楽しく過ごしているのだけど、恋人とも仲のいい夫婦とも違う、そう、仲のいい兄妹、そんな関係だった。

それから3年子供は出来ないままだ、ただ新しい家族に大吾という猫が増えたぐらいだ。

子供ができない理由は、もう一つある。

それは、俺だ。子供が欲しくない訳じゃない、他人の子供を見てると羨ましくなる時もある。

だけど、実際に子供を持つ父親になると思うと、自信が持てなかった。

言葉で説明するのは難しい感情だ。ただ、自信がないそれだけだったと思う。

そのせいもあり、嫁がしっかりつけている排卵予定日にも、何かと理由をつけては逃げていた。

もちろん予定日に合わせ小作りをしたこともあったが、なぜか出来なかった。

嫁の生理が来るたび、少しほっとしていたのは事実だ。

だが、とうとう嫁の我慢も限界に来る日がきた。それは先月の排卵予定日のことだ。

その日メールで予定日を知らされた俺は少し憂鬱になっていた。

「今日が排卵予定日だから、よろしくね♪」

「また、今月もその日が来たのか、いつまで続けるんだろう?」

心の中で呟きながら家に帰宅した俺は、ヤニで茶色くなった台所の換気扇の下でタバコに火をつけ、何か言い訳はできないか考えていた。

「先月は具合が悪くなったふりをしたんだよな、じゃあ今月は何か言い訳ということは出来ないな」

あれこれ考えながら、短くなったマイセンをもみ消し、トイレで用を足しているところに、届け物が来た。

大事な荷物だったので、あわててチャックを閉めたとき、とてつもない痛みが下腹部を襲った。

「いって~~あそこ挟んじゃったよ」

見ると見事に肉に食い込んだ部分から血がにじんできていた。

「すいませんちょっと待ってください」

激痛に耐えながら、何とか声を振り絞り運送屋に声をかけ、玄関のドアを開く。

「大丈夫ですか?顔が真っ赤ですけど」

よほどの顔をしていたらしく、配達のオッチャンに心配されてしまった。

「いや、なんでもないので、早くしてください」

そう言って俺は半ば強引に荷物を奪い取り、ちゃっちゃとサインをして玄関のドアを閉めた。

「なんだよもう。ついてないってゆうか、情けないってゆうか、最悪だ」

そういって、再度傷口を確かめているとき、気がついた。

「これを理由にすればいいじゃんか」

なんとも情けない理由だが、とりあえず言い訳ができることにちょっと安心していた。

その日は、嫁の帰宅が遅く、帰ってきたときには夜の9時を回っていた。

遅めの夕食を済ませ、風呂から上がった時に嫁に今夜の作戦を決行した。

「いって~あたたた。こりゃだめかもな~。ね~眞子今日は駄目みたいだ俺」

「なにが~どうしたんよ。意味が解りませんけど」何事かとテレビのボリュームを下げ聞いてきた。

「いやね、今日トイレでさ~挟んじゃって。あそこ」

その言葉を聞いた嫁は、腹を抱えて大爆笑している。

「何やってんの~馬鹿じゃないの~はははは」かなりツボにはいったらしい。

「今夜のこと?大丈夫よそのくらい、何とかなるって、頑張りゃ出来る」他人事だ。

「でも、痛くて機能しないかも、やっぱやめとくよ今夜は」

そう言った俺の顔を睨みつけるように見た嫁は「だめよ、今夜は作るんだから」

「何のために医者まで行ってると思うの?少ないチャンスを物にする為じゃない、そんなことぐらいで今日を先延ばしなんてできないの」

そう言って、俺と入れ替わりに風呂に入る準備をし始めた。

「だよな。ごめんな、俺先に寝室に行ってるわ」

二階の寝室に入り、温かい羽毛布団の中に入ると、睡魔が襲ってきた。

「いかんこのまま寝てしまったら、なにを言われるかわかったもんじゃない」

そう思い、寝室に置いてあるテレビの電源をつけた。

テレビでは、お笑いタレントが必死に逃げ回っている番組をやっている。

「つまんね~な、やっぱゲームでもしてようかな」

そう思った俺は、少し前にでたオンラインゲームの電源を付け、ログインすることにした。

後に、このゲームが俺の人生を大きく変えていくことになるとはこの時思いもしなかった。

                                         つづく






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